くるみの木は、暮らしの美術館だ。
近鉄京都線新大宮駅を降りてしばらく歩き、踏切を渡った先に広がる別世界ーその名も「くるみの木」。
今から35年前、都会でも雑貨屋やカフェと呼ばれる場所がほとんどなかった時代から、オーナーの石村由起子さんが作り上げてこられたお店です。
心のこもった美味しい食事が頂けるカフェ、その隣には石村さんがセレクトされた生活雑貨や服飾雑貨が購入できるお店があります。
わたしが初めて訪れたのは2018年の5月初旬。その時の感動が未だ忘れられず、先日約1年越しに足を運びました。
先日4月中旬の平日、オープンの11時30分より15分早く到着したにも関わらず、カフェの順番を書くボードには既に23組もの名前がありました。
平日なのに、です。
席に着けたのはそれから約1時間後でしたが、その分とびきり素晴らしい食事とおもてなしがわたしを待っていました。
店員さんはステキな方ばかりで、お店に並ぶ民芸品や雑貨も、ずっと眺めていたい、素晴らしいものばかり。
一体、何が違うんだろう。
人々がわざわざくるみの木に足を運ぶのには、何か理由があるはずだ。
それを突き詰めて導いたわたしの結論は、
くるみの木は、まさに暮らしの美術館だ、ということです。
全国的にもとても有名なお店ですし、この素晴らしさを既にご存知の方も多いと思うのですが、ここではわたしが感じたくるみの木の魅力をお伝えしたいと思います。
1,くるみの木に出会ったきっかけ
わたしは大学生の頃からカフェ巡りが好きでした。
社会人になってからも時間を見つけてはちょくちょく足を運んでいます。
数年前、そんなわたしに知人が石村由起子さんのこの本を読んでみたらと薦めてくれたことが、くるみの木との出会いの始まりでした。
石村由起子『私は夢中で夢をみた ー奈良の雑貨とカフェの店「くるみの木」の終わらない旅ー』文藝春秋、2009年5月発行
この本には、1984年に石村さんが一人でお店を始めたきっかけ、これまでの店舗経営での困難や嬉しかった出来事、人生で大切にしていること等が語られています。
わたしはこの本を通して、石村さんのお店に対する姿勢や生き方に感動し、辛いことがあれば何度も読み返し、元気を頂いてきました。
そして、2018年5月のGW、わたしは初めてくるみの木を訪れました。
念願叶っての初訪問でしたが、大型連休ということもありカフェは順番を待つお客さんでいっぱい。席に着けるまで2時間程待ちました。
それでも、待合室に置かれた雑誌を読んだり、ここが石村さんが築いてこられた場所なんだ…と思いにふけっているとあっと言う間に時間は過ぎました。
カフェのご飯は本当に美味しくて、また必ず再訪する!と胸に誓いました。
2,二度目の訪問で頂いた、週替わりのランチ
今回の二度目の訪問では、前回は売り切れで食べられなかった週替わりのランチを頂くことができました。写真とメニューがこちらです。
えんどう豆のご飯、季節の串揚げ、蕗の白和え、新玉葱のふろふき、新じゃがいものサラダ、茗荷のお味噌汁、レモンのゼリー
新じゃがいものサラダは素揚げしたじゃがいもが入っているのですが、
じゃがいもの味が濃く、これがとても美味しい。
茗荷のお味噌汁も、茗荷がシャキシャキと気持ちの良い歯ごたえでお箸が進みます。
蕗の白和えも、蕗の食感が楽しめるよう大きめにカットされています。
柔らかい豆腐が全体をまとめ、あっさりしていてお箸がいくらでも進む味つけです。
新玉葱のふろふきは、玉葱がしっとり蒸してあって、とろんとろん。
甘いふろふき味噌が玉葱を柔らかく包みます。
そして、その中でも特に感動したのが、メインの季節の串揚げでした。
写真中央の茶色のものは蒟蒻の串揚げなのですが、蒟蒻の煮物におかかをまぶして揚げたような一品でした。
衣のおかかがパリパリと風味よく、斬新でとっても美味しい!
おかかを衣にする、そのアイディアに脱帽です。
その左隣はたこときゅうりの串揚げ。こちらも既にお味が付いていて、イメージはたこときゅうりの酢の物が串揚げになった感じです。
きゅうりをフライにしてしまうという発想も、自分にはありませんでした。
その他、いか、長芋とオクラ、にんじんとのりの串揚げだったのですが、どれも素材の味がシンプルに生かされていて、目から鱗の連続でした。
その後、デザートにレモンのレアチーズケーキを頂きました。
持ってきて下さった店員さんが「今の季節の一押しです!」と教えて下さり、さらにテンションアップです。
上からレモンのスライス、レモンゼリー、レアチーズケーキという構成で、トップのレモンのスライスは水分が飛ばされ、レモンの酸味と旨味がぎゅっと詰まっています。
レモンの周りにはお砂糖がまぶしてあり、それがシャリシャリシャリ…と楽しい食感が。それがとても心地良く、ずっと食べていたかったです。
そして、レモンゼリーはレモンの風味がしっかり、そしてさっぱりとした口当たり。その下には濃厚なレアチーズケーキ。
本当に美味しく、デザートも大満足でした。
3,カフェのメニューを食べて気付いたこと
カフェのメニューには、上記の週替わりランチだけでなくオープン当初から続く定番メニューもあります。
オムライス、特製けんちんカレー、ひじきと豚肉の混ぜご飯、くるみの木特製焼きそばなどです。
その定番メニューについても考察を深めていきたくなり、以前から持っていたこの本を再読しました。
こちらを再読し、くるみの木の定番メニューは「どうしたらお客さまに喜んでもらえるか」について深く考え込まれていることに気付きました。
オープン当初、お客さんの中には都会的なカフェメニューではなく、「カレーはないの?」「オムライスはないの?」とありふれたメニューを求める声も多かったそうです。
お客さまに喜んでもらいたい。だけれど、どこにでもあるものは作りたくない。
それがイヤなら、自分だけが作れる、自分ならではの定番を作ろう!
そこで、石村さんはくるみの木でしかできないメニューを考案されました。
例えば、定番メニューのオムライス。
試行錯誤を繰り返した結果、細かく刻んだ野菜を混ぜ込んだバター醤油味のごはんに玉子を巻いて、自家製オリジナルケチャップをのせたオムライスが完成したそうです。
よくあるオムライスでは、自分に手抜きをしているよう…。お客さまに「あっ」と言っていただけるようなオムライスはいったいどんなものなんだろう…とよく考えたものです。
(中略)
お母さんが野菜嫌いの子どもに、何とか野菜を食べてもらえるよう、いろいろ工夫しますよね。あの気持ちで、とにかく具を細かく、細かく刻み込みました。ケチャップは、彩りを考えて、最後に上にかけます。 よりおいしいケチャップを目指し、今では、皆さんに喜んで召し上がっていただける、「くるみの木」ならではのオリジナルケチャップも生まれました。
ー石村由起子『奈良「くるみの木」のレシピ』KADOKAWA、2016年より
オムライス一つまで、ここまで創意工夫が凝らされていたとは…。
くるみの木のメニューがどれも本当に美味しくて「わぁっ」と感動するのは、どこまでも愛が込められているからなのですね。
そういえば、昨年に初めて訪れた時、わたしは定番メニューの「ひじきと豚肉の混ぜご飯」を食べていたことを思い出しました。
(写真は昨年訪れた時のものです)
ひじきの煮物と共に、梅肉や刻みネギもご飯に混ぜ込まれています。
具材のバランス加減が絶妙でとっても美味しく、ごくありふれた定番メニューであるひじきの煮物をここまで洗練することができるのか…!と感動したのでした。
ここにも、きっと石村さんの試行錯誤の連続があったのだなぁ…と、一年前に食べた味を思い出し、感動を反芻しました。
このように、週替わりのランチも定番メニューも、一見するとごく普通の献立ばかりです。
ですが、食材、作り方や全体的なバランスにどこまでもこだわって、どうすればお客さんに喜んでもらえるかを突き詰め考えた結果、どこかにありそうでどこにもない、くるみの木だけのスペシャルメニューになるのだと気付きました。
4,くるみの木は、全てにおいて何かが違う
このように、カフェの食事は申し分なく素晴らしいことに加えて、お店の雰囲気もそれに負けない素晴らしい世界が広がっています。
くるみの木がある奈良は、言わずもがなとても魅力的な観光地です。
ですが、正直なところ、お店が佇む地域は観光地から離れた奈良のはずれにあります。
地元の人しかまず通らないような、ごくローカルで単調で平凡な地域です。
しかし、一歩お店の敷地に入った瞬間、そうした日常とは何かが違うのです。
お庭にはたくさんの草木が丁寧に植えられ、眺めているととても癒やされます。
カフェや待合室のガラス窓はピカピカに磨かれ、室内は清潔感に溢れ、お庭の草花がテーブルに飾られています。
待合室は優しい音楽が流れ、座っているだけで居心地が良く、待っている時間も苦になりません。
インテリアには素材の良いものが使われ、カフェで荷物を入れるかごも、民藝品のお店で購入したら一体いくらなんだろう…と感じるほどのステキな一品です。
店内の棚には大きな瓶詰めの果実酒やきれいなかごがすっきりと飾られています。
そして、カフェ横のお店には着心地の良さそうな衣服、使い勝手が良さそうな生活雑貨、作家さんの器、素材にこだわった食材やお菓子…衣食住の様々なものが売られています。
どれも使い続けていくうちに味が出てきそうな、ステキなものばかり。
店内はどこもすっきりとした印象で統一感があり、清々しい気持ちになります。
そして、果実酒の瓶や季節の草花が生活感を演出し、すっきりとした中に、あたたかい雰囲気が加わります。
そこに、石村さんのもの選びのセンスがエッセンスとして加わり、さらなる魅力が包まれています。
その魅力に包まれているうちに、やはり空間作りにおいても「どうしたらお客さまに喜んでもらえるか」がどこまでも追求されているのだと感じました。
5,くるみの木は、暮らしの美術館だ
このように、くるみの木が心底素晴らしいと感じるこの感動は一体何だろうと考えた結果、それは美術館で芸術作品に触れたり、日本庭園や文化財を見た時の感動に似ていることに気が付きました。
どこまでも愛のこもった美味しいカフェのご飯。
素材の良さを際立たせた美味しいデザート。
カフェのテーブルを彩る草花。
ピカピカに磨かれたガラス窓。
手入れの行き届いたお庭。
石村さんの感性、センスが際立つお店の品揃え。
どれも、どの家庭にもありそうなものなのに、どうしてこうも違うのだろう。
そうか、何においても素材が良くて、それを組み合わせるセンスがいいんだ。
まるで枯山水庭園やお茶室にいるような感覚に近いこの感じ、すっきりした気持ちになるのはきっとそうだ。
それに加えて、お店づくりには「どうしたらお客さまに喜んでもらえるか」というお客さんに対する愛情がたくさん込められている。
研ぎ澄まされた抜群の感覚とセンス、そして愛。
こうした要素があるからこそ、くるみの木を訪れた時の感動と発見があるのだなと感じました。
日々の生活、つまり「暮らし」がどこまでも洗練され、愛情がたっぷり詰まったくるみの木こそ、「暮らしの美術館」と言っても過言ではないと思います。
くるみの木そのものが、一つの芸術作品なのです。
世の中本物を見つけるのは難しいし、本物になるのは難しい。
その中でもくるみの木は本物だ、わたしはそう思います。
そして、わたしもくるみの木のように自分の家を掃除し窓も床もピカピカに磨いて草花をテーブルに飾って、愛情込めて料理がしたい!とワクワクした気持ちになります。
くるみの木には、暮らしのヒントが詰まっています。
何度でも足を運びたい、かけがえのない場所です。
ご紹介した石村さんの本もおもしろく、何度読み返しても発見があります。
くるみの木が誕生し、今年はちょうど35周年という節目の年。
本当におめでとうございます。
くるみの木に出会えてよかったと、心から感謝しています。
そして、こんな長文にも関わらず最後まで読んで下さった皆さま、本当にありがとうございました。
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