淡雪みさ

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淡雪みさ

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マガジン

  • 『人魚隠しし灯篭流し』

    怪異が渦巻く島の謎を解き明かす、因習村×和風ホラーミステリー。

最近の記事

「人魚隠しし灯篭流し」第十一話(完)

【第一話はこちら】  :  燃え盛る炎は屋敷の古い木造の骨組みを次々と飲み込み、崩れ落ちる梁の音が空気を震わせていた。  橙色の炎が猛烈な熱を放出している。火の手は屋根裏から屋敷の門まで、まるで生き物のように全体を包み込み、まだ燃え残っている戸や畳までもが次々と火に巻かれていく。周囲には焦げ臭い煙が充満しており、中を突っ切る千代子は咳き込んだ。 「珊瑚さん! 珊瑚さん、どこ!?」  目が霞んでなかなか前が見えない。 「珊瑚さん!」  千代子が珊瑚を呼ぶ声も、がたが

    • 「人魚隠しし灯篭流し」第十話

       【第一話はこちら】  気がかりなことはまだまだある。  珊瑚のうなじにあった鱗について、おそるおそる医者に問いかけた。 「珊瑚さんは……」 「発症してしまっているので、もうだめですねえ」 「…………」  文は俯き、膝の上の拳を握り締める。  病というのはどうしてこうも残酷なのだろう。こちらの意思に関係なく、誰にでも襲いかかっていく。  虎一郎が心配そうに覗き込んできた。 「文、何でそんな顔してるの? あんな女、どうでもいいじゃん」 「……そんなことない。私にとっては

      • 「人魚隠しし灯篭流し」第九話

        【第一話はコチラ】  帆次がぐいっと文の肩を掴んで引っ張ってきた。 「おい、文ちゃん。そいつが約束を守ると思ってんのか? そいつは怪異なんだろ」 「……分からない。でも、一度は信じてみなければ何も始まらないと思う」  文たちから見れば殺生の罪でも、虎一郎からすればただ食事をしただけ。その認識の違いをこれから改めていければ、虎一郎と島の人間が共存する未来も来るかもしれない。 「文に触るな」  虎一郎の目がつり上がったため、慌てて帆次を庇うように立つ。 「虎一郎、この

        • 「人魚隠しし灯篭流し」第八話

          【第一話はこちら】  少しだけ銀鱗島の祭りに興味が出た文は、盛り付けをしながら意気込んだ。 「ちょっと怖いけど、祭りまでには怪異をやっつけられるように私も頑張るよ」 「……ええ? 文ちゃんが頑張る必要なんてないのよ? 怪異については家の人達が対処してくれているから」 「実は、私も今夜見張りを頼まれてるんだよね」  そう打ち明けると、珊瑚の表情が分かりやすく曇る。 「それ、大丈夫なの、文ちゃん」 「命じられちゃったから仕方ないよ。どうにか頑張ってみる」 「どこ? まさか

        「人魚隠しし灯篭流し」第十一話(完)

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        • 『人魚隠しし灯篭流し』
          11本

        記事

          「人魚隠しし灯篭流し」第七話

          【第一話はこちら】  医者は紙とペンを取り出し、ウイルスと細胞の絵を描きながら文に説明し始めた。 「ウイルスが感染する時は、ウイルスの表面抗原と人の細胞の表面抗原が合致する必要があります。例外はありますが基本は細胞の表面に結合しないと入り込めないですからねえ。鱗生病の原因となるウイルスの表面抗原が、ある遺伝子を持っている人に感染しやすいような抗原であるとしたら、特定の一族にのみ異常に感染するというのも理論上は成立する。例えば白血球に感染するとして、白血球の表面抗原のうち人

          「人魚隠しし灯篭流し」第七話

          「人魚隠しし灯篭流し」第六話

          【第一話はこちら】 (ご遺体をあのお医者さんのところに持っていけば、研究の助けになるかも)  廊下を進み、びっしりと謎の札が貼られた襖を開ける。  そこには凄惨な光景が広がっていた。  珊瑚から老婆が死んだ時の状態のことを聞いていたので覚悟はしていたが、想定以上だ。  畳や布団が血で染まっている。一つの部屋にいくつものむくろが重なっており、顔は綺麗であるのに体はぐちゃぐちゃに荒らされていた。  吐きそうになるのを堪えながら一旦小走りで外へ出た。  ばくばくとうるさく

          「人魚隠しし灯篭流し」第六話

          「人魚隠しし灯篭流し」第五話

          【第一話はこちら】  文は何か目が変になってしまったのかと思って自分の目を擦った。しかし、特に痛みなどはない。 「どうかしたの?」 「……いや。一瞬、色が変わったように見えて」 「何それ、気のせいだよ。星の明るさが目に映ったのかも」  あははと笑って返す。  この島には目の色が人と異なる一族がいて、それは例えば珊瑚や帆次だが、文の目はずっと変わらない黒色だ。  ふと、この場所よりもずっと向こう、土地の低い位置にある民家の間を、何かが歩いているのが見えた。  目を凝らす

          「人魚隠しし灯篭流し」第五話

          「人魚隠しし灯篭流し」第四話

          【第一話はこちら】  庭の石畳の上を歩いて部屋に戻ろうとしていた時、何かがぶつかる音が聞こえた。文は下駄を脱いで廊下に上がり、こっそりと音のした部屋の近くに寄る。 「人間の子を匿いたいだぁ? ふざけるんじゃないよ!」  次に聞こえてきたのは金切り声だった。襖の間から中を覗くと、黒い着物姿の年配の女性と珊瑚がいた。彼女は珊瑚と同じく赤い目をしている。  文はこの屋敷では珊瑚と鱗生病の老婆しか見たことがなく、他の健康な住人を見たのはこれが初めてだった。 「アンタ、昨日は夕

          「人魚隠しし灯篭流し」第四話

          「人魚隠しし灯篭流し」第三話

          【第一話はこちら】  しばらく橋の向こうを眺めていた千代子は、いつの間にか随分遠くまで来てしまっていたことに気付き、袋を持ち直して早足で市場まで戻った。  市場には既に珊瑚が戻ってきており、千代子の姿を視界に捉えるなり心配そうに駆け寄ってきた。 「貴女、どこへ行っていたの?」 「ごめん、もう少し遅くなると思っていたから、川の方を歩いていたの。この島は水が綺麗だね」 「なんだ……橋の向こうに行ってしまったのかと思って心配していたところよ」  珊瑚が胸を撫で下ろす。 「…

          「人魚隠しし灯篭流し」第三話

          「人魚隠しし灯篭流し」第二話

          【第一話はこちら】 「……じょうぶ……でしょうか……違うのに……」 「……おそらく……決まるので……形は関係ありません……」 「よかった…………わたくしの血では駄目かと……」  人の話し声がする。  う、と短く呻き、目を開く。見知らぬ天井がそこにある。  呆然とする千代子を覗き込んだのは、艷やかな長い黒髪を一つに纏めた、紅の着物を着た少女だった。赤っぽい、異人のような変わった色の瞳と桃色の口紅が真っ白な肌によく映えている。見たところ、千代子と同年代くらいだ。 「起きたの

          「人魚隠しし灯篭流し」第二話

          「人魚隠しし灯篭流し」第一話

           【序章 ある老婆の話】  そこの若い衆。見ぃへん顔やね。どこから来はったん。  東京? 新聞記者?……ああ、あの島か。あの島に行くんは、やめといた方がええ。そもそも行く手段がないしな。この距離を泳げるんやったら別やけど。ここから眺めとる分には近う見えるけど、実際行こうとしたらお船がいるで。  それに、先の戦争では少しの間戦地になったみたいやけど、元々あそこは立ち入り禁止や。足を踏み入れると二度と戻ってこれんて噂があって、村の人間はだぁれも入ろうとせん。実際、あそこで戦っ

          「人魚隠しし灯篭流し」第一話