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濃厚昭和エロスの魔女たち ―戸川昌子『蒼い蛇』―

 私は90年代後半に、札幌市内の某大型書店で戸川昌子氏の『蒼い蛇』(太田出版)という題名の本を見つけて気になった。内容は、怪しく過激なエロスを題材にした小説だという。当時の私は、この上下巻の存在が気になったが、なぜか立ち読みすらせず、20年以上無視してきた。表紙絵の鮮やかな色使いが気になったのだが。
 そんな私はある日突然、この小説の存在が気になるようになった。インターネットであれこれ記事を漁っていると、あるブロガーさんが感想を書いていた。問題の『蒼い蛇』とは、怪しい昭和エロスがてんこ盛りの凄まじい小説らしい。元の本は1969年に発行されたものらしいが、私が本屋で見かけたのは、約30年後に復刻されたものだった。その復刻版の表紙絵がクリムトの絵だと知ったのも、文明の利器インターネットのおかげである。
 私はアマゾンで『蒼い蛇』の上巻を注文した。この上巻はさほど高値ではなかったのだが、肝心の下巻がとんでもない高値だったため、手頃な値段の商品が出品されるのを待っていた。そして、ついに手頃な値段の下巻が出品されたので、購入し、読んでみた。

 舞台は1960年代の日本、主人公は最初に登場する女性外喜子ときこ…ではなく、その友人である女性宮子みやこである。彼女たちは、ある秘密クラブの見世物に出演するようになったのがきっかけで、凄まじい体験をしていくようになる。
 ヒロインの「宮子」という名前がまさしく「子宮」を暗示するものならば、小説の題名『蒼い蛇』とはズバリ、その「子宮」をはらませるものの隠喩メタファーになる。思いっ切り「エロス」である。サブヒロインの外喜子は宮子の分身なのだが、彼女たちは「魔女」だと見なされる。しかし、この小説においては、彼女たち以外にも「魔女」的な存在感を持つ女性キャラクターたちが続々登場する。何よりも、作者の戸川昌子氏自身に「魔女」のイメージがあるようだ。
 この小説は官能小説の要素が散りばめられているが、作品自体のジャンルはミステリーともファンタジーとも言える。この物語は、数百年前のヨーロッパの魔女狩りが物語の背景にあり、ヒロインたちは謎のキリスト教系カルト教団によって「魔女」として扱われる。いわゆるエロ場面は、そんなに露骨で無粋な用語はほとんど使われず、残酷描写があっても下品ではない。

 最後は「俺たちの戦いはこれからだ!」みたいな様子だが、戸川氏がこの小説の続編を書く構想があったのかは分からない。敵はいわば「巨悪」なので、たった一人・たった数名が太刀打ち出来る相手ではない。宮子と外喜子が最終的にどうなったのかは、神ならぬ作者のみぞ知る事だろう。
 この濃厚な「昭和エロス」は、文字通り昭和の時代(しかも、いわゆる「軽薄短小」の80年代以前)あってこそ成り立ったものだが、この暗く芳しいエロティシズムは、表舞台の文化ではない。そう、80年代以降は退けられる「重さ」や「後ろ暗さ」こそが、この小説のエロティシズムに通じるのだ。少なくとも私はこの小説を、「健全」でありたい諸氏にはお勧めしない。

【Diamanda Galás - Long Black Veil】


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