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一時帰国で感じる違和感の正体

メルボルンからこんばんは、Mikuです🇦🇺

前回の投稿から時間が空いてしまいました。申し訳ないです。
今は大学が冬休みで、一時帰国中(日本満喫中)です🇯🇵

改めて日本の文化や便利さを肌身感じていますが、日本を離れている期間が長いためか違和感を感じることもあります。

この違和感がずっとなんなのか分かりませんでした。

それは、日本の流行りを知らないからとか、人の多さに慣れないとか、漢字がたまに読めないからなどの
いわゆる日本離れからくる疎外感的な違和感ではありません。

目に見えないもので、しかも言葉でも説明ができない。

自分の中でも説明がつかないので、向き合おうにも向き合えず、ずっとむずむずしていましたが、
最近この違和感の謎に向き合えた気がします。


きっかけは、インスタグラムで流れてきた動画で
日本で街中の色んな国籍の方にインタビューをしたものを見た時でした。
そのインタビューの内容は、
外人と呼ばれることに不満を持つかどうか、といつもので。多くの人が不満と答えていました。

私も海外に滞在している身で、考えてみましたが、実際外人と呼ばれた事はないものの、
不満は感じません。
(外の人間という意味で捉えると変わってきますが、、、)


むしろ自分は外人だと分けています。
オーストラリアでは外人という立場で、いいように自分の立場を捉えていました。

他の人と違うことをしても、
外人だから、理解してもらえる。
外人だから、先生にも優しくしてもらえる。
外人だから、相手の許容範囲も広くなる。

この外人というものにすがりついて、無意識に自分のどんな行動も正当化して生活していたのかもしれません。


逆にそれを日本ではできませんでした。
日本では、何事にも日本人レベルの期待は持たれていて。日本人として恥のないようにと、自分の行動を自ら制御していたのかもしれません。


そして、外人と日本人の2つの自分の差が、この違和感を引き起こしていたのだと思いました。

こう考えてみると自分の中で腑に落ちて、モヤモヤがなくなりスッキリした気分になりました。それと同時に、外人として行動することは、良いことではないと思いました。


だって、いいように使えちゃいます。


外人だから、母国を離れて苦労しているから、その分許される。なんてことは当然あってはならないことで、自分は人間として行動にもっと責任を持って生きていかなければ、成長できないままだと気付きました。


最後に
今晩は中々寝付けず、こんな夜中に一気に書き上げてしまいました。最近は、久しぶりにライブに行って盛り上がったり、好きなバレーボール観戦をしたりで、テンション上がりっぱなしが原因かな🥵
それかただ気温が暑いのか。帰国してから梅雨は結局なく猛暑だけになりそうです:(
That’s all we have for you today and see you next week!!


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