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【読書】起業家の勇気 USEN宇野康秀とベンチャーの興亡 by 児玉博



あらすじ

堀江貴文、藤田晋ら“ヒルズ族の兄貴分”と呼ばれた男。

ネットベンチャーが続々花開いた時代に、USENの宇野康秀社長は、フジテレビからホリエモンのライブドア株を購入したり、プロ野球の新規参入問題などで、メディアの脚光を浴びました。2001年には、平井堅、米倉涼子らとともにベストドレッサー賞も受賞しています。

しかし華やかに見えるその半生は、挫折と試練の連続でした。

父親の元忠は大阪ミナミで有線放送の会社を興し、裸一貫、全国を制覇した立志伝中の人物です。ところが無断で電柱に有線のケーブルを引いたり、ライバル会社のケーブルを切ったりという悪どいやり方は、息子である康秀に巨大な負債となってのしかかります。

やっとのことで有線放送の会社をブロードバンド事業へと導いた宇野の手腕。しかしこれからという時に、リーマンショックによって経営は暗転し、融資を受けた銀行団との壮絶なバトルが始まるのでした。

起業家の資質とは何か、起業精神の本質はどこにあるのか。

壮大な事業に挑んだ宇野元忠、康秀父子の生き方を軸に、若き日の孫正義、三木谷浩史、藤田晋、村上世彰ら、錚々たるベンチャー創業者たちの興亡の歴史を鮮やかに描きます。

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感想1 ハードワークの遺伝子

本のタイトルから宇野康秀氏がメインの内容だと思われたが、実際は宇野康秀氏の人生を軸に様々な実業家について語られる。その中でも、全体の3分の2程は康秀氏の父・宇野元忠氏の経営や人となりについてである。
昼夜土日を問わず働き続け、家にも帰ってこない元忠に、その妻・依月が「社長のあんたが休みの日もなんで、働かにゃあかんの。社員に任せたらええやん。」と言うと、元忠は以下のように返した。

「何をアホな事を言うとるんや。ワシより働くもんがおったらそいつが社長や」

本文より

康秀は、この言葉を忘れず、自身が会社を興し社長になった後も誰よりもハードワークを続け、「宇野さんは24時間会社にいる」と言われるようになったという。

成功した実業家・起業家の伝記的書籍を読むと、洋の東西問わず、すべからくハードワーカーである(孫正義やイーロン・マスク等)。ワークライフバランスという言葉は出てこない。ワークとライフを分けている素振りもなく、ワーク=ライフという印象である。そのことは、事実として頭に入れておかなければならないと思う。ハードワーク無くして、イノベーティブな事業の成功はないのだ。

康秀は、幼少期に父・元忠のハードワークを見ていたことで「起業家の遺伝子※」を受け継ぐことになったのだろう。
※デオキシリボ核酸という物質的な意味の遺伝子ではなく、薫陶として後世に残されたものという意図。

感想2 USENはなぜ今日通信の雄ではないのか

1990年代当時、現USENは(違法に)全国の電柱に張り巡らせた有線ケーブルというインフラを持っていた。
創業社長の元忠は、1995年に岩波新書から出版された「インターネット(村井純著)」を読み、これからはインターネットの時代だと確信し、社員にもUSENはインターネット企業になるべきだと発言している。

そんな時、日本のインターネットの父と言われる村井純が、ゼミ生の伝手で元忠の息子である康秀に面会を打診してくる。USENが持つ全国に張り巡らせたケーブルを使い、インターネットをやる気はないかという誘いだった。村井純は、NTTの大企業的、官僚組織的な「遅さ」に不満を持っており、そんな時にUSENのサービスを契約し、その「速さ」を体感し期待を持っていた。
話を持ちかけられた康秀は、USENの全国に張り巡らせたケーブルは、郵政省の許認可をとっていない違法なものであり、不安定なものであることを村井に説明し、この話に進展はなかった。

康秀は、USENという企業が非常に危ういバランスの上に成り立っており、郵政省が決断すれば容易く崩れ去る可能性があることを知っていた。1998年に父・元忠の急逝に伴い社長に就任した康秀は、最優先事項として電柱の違法使用状態を正常化し、郵政省との関係改善に努めた。社員たちのハードワークにより、わずか1年程度で正常化に漕ぎ着けた。

もし、90年代に村井に話を持ちかけられた康秀がその気になり、村井と元忠を繋いでいたら、今日の通信環境と通信市場はまた別のランドスケープになっていたのではないかと思われる。インターネット(ブロードバンド)は今日、水道や電気と同様と言っても過言ではない、基礎的な生活インフラである。その生活インフラが、所管省庁の監督外で全国に張り巡らされ、業務を停止させようにも、国民のビジネスと生活への影響が大きすぎるために踏み切れないという状態になり、インターネットインフラ環境が無法の戦国時代状態(ロマンある戦国時代ではなく、中国の五胡十六国時代のような無法状態)になっていた可能性も否めない。

感想3 起業家を襲う債権者ハラスメント

USENは多額のシンジケートローンを組むが、リーマンショックのあおりを受け、返済が滞るようになった。すると、債権者からは連日のように罵声を帯びせられたり、社長をやめるように執拗に迫られたり、土下座を強要されたりしたという。また、用事があるからと呼ばれて行ってみると、ビジネスと全く関係ない女性関係の世間話をされて時間を奪われたりと、今日の基準で言えば「ハラスメント」としか言いようがない扱いを受けた。

宇野氏は「借りたものを返すのは当然」として、そのハラスメントに耐えて奮起していたようだが、このような債権者の行動が業界のスタンダートとして許容されるのだとしたら、それは倫理的のみならず経済的に良いことなのか。
債権者である以上、返済を要求するのは当然の権利であるし、社長が返済をするだけの経営手腕がないと思えば、社長交代を要求するのもわかる。しかし、土下座強要や嫌がらせとしか機能しない無意味な呼び出しなどは、むしろその会社の経営を悪化させ、回収を困難にするのではないか。

貸したお金はちゃんと返ってくるという信頼がビジネス社会に必要なことは間違いないが、そのような債権者ハラスメントがスタンダードであるという風潮により、日本のスタートアップが抑制的になり、投資的なビジネスやイノベーティブな挑戦をしなくなるようなことがあれば、それは社会によって有害なことのように思われる。
リーマンショックから15年以上経過した現在は、業界のスタンダードも変わっていることを願う。


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