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とりとめのない日々を綴る

日常に浮かぶ言葉たち

今日で10月が始まりました。
来年の手帳は先月購入済み。昨年は浮気して、心機一転と思って
別の手帳に走ったけど、びっくりするくらい書かなかった笑
高かったのにな~~…
結局、今までずっと使ってたデルフォニックスのロルバーンへ
出戻ってきました。
改めて、いいよね、ロルバーン。
表紙も種類がたくさんだし、なによりこのクリーム色の紙質が好きなんですよ。
メモページも多く、後ろにはポケットもついているし。
私は10月はじまりのを買っています。
今日から使えますね~。
新しいノートや手帳ってみるだけでワクワクして好きなんです。
今年は予定を埋めていけるかな~?

本当は9月中に一個、読書感想文というより、作品や作家への感謝とか読んで思ったことをただ綴っている記事を上げようと思っていたんですが…
あまりにも思い入れが強い作品の一つで、何を書くか気持ちが先行しすぎて整理しきれず…
でもいつかは出します^^;
ただ、ここに書いてきたことって煮詰まった思いや、「何かをやりました」「何かをやろうと思います」系ばかりで、そういう内容を書くことに慣れ過ぎて、何もないと更新できないな~って結構硬く考えすぎてたかもと気づきまして。
note記事をもっと気軽に上げていきたいのも、退職前からの願望のひとつであったので、別に特別何かなくても日常の中で浮かんだ、とりとめのない言葉や感情をただ書いてもいいんじゃないかな? と。
そっちの方が文章を書くというアウトプットの練習になりますし。

そんなことを思い至ったのが9月下旬だったので、区切りもいいし、10月からとりとめのない日常を綴っていきます。
中身はあるようでないですよ(保険をかけている)
そもそも日常において、そうそう常に何かしらのイベントがあるわけでも、事件やなにかの「結果」を得る方が多くはないわけですしね。

キャリアブレイクしてから丸1年

会社員というステータスから離脱して丸一年経ちました。
振り返ると、あっという間過ぎて、「1年…???」って感じです。
まだひと月くらい経っただけのような気持ちでもあるし、振り返ると確かにいろんな変化が私個人にはあった充実した時間でもあったな、と。

フィジカルとメンタルの立て直し、これが一番の命題であって、自分を取り戻していく作業でもあったんですが、結構うまくいっていると思います^^

なんというか、一番得たものって、開き直りも大事だなって。

嫌なものは嫌だし、つらいものはつらいし、しんどいものはしんどいのよっていう開き直り。

これは、親友とも話していたんだけど、なんで体の不調を感じたとき、「もっとしんどい人もいるから」とか自分よりひどい状態の人を比較に出してきて我慢してしまうんだろうって。
自分のそういう自虐的な癖って、個々人の性格もあるかもしれないけど、それを当然に求めてくる環境にも由来するよねという。
今、しんどいと感じてる自分を最初から否定するのって、すごい自分への虐待だよな~っていう。
私は、自分を甘やかすと後で大きなしっぺ返しがくるんじゃないかと恐れていたことから自責や自虐な考えが強い傾向にあったけど、それって小学校とか集団で生活していく上で「人のせいにしない」みたいな教育の中で、歪んで育ったバイアスでもあるかも、と認識しだした今日この頃。

もちろん、最初から他責思考は、な~~んにも成長ができないので、これは常にバランスや線引きを意識していかなきゃならないこととは思います。

つまりは、この1年、実働としては国家資格受験やら語学の勉強やら、ほかにも今後書くつもりの色々をしながらも(と言っても、大きな結果はどれも得てはいないし、他者の期待とか結果主義への考え方とかについてはまた別の日に)、そんなこんなを考えて自分を整える1年だったなという話。

これからどうしていくのかなんて私もわからん

1年経った、「で?」と思う自分と、「さあ、どうしようかな~」という
厳しい自分と楽観的な自分がいる感じ。

ただ、本当に自分を取り巻く「人」という環境の大事さは、悪い意味で嫌というほど実感したし、自分はなんでも吸収して疲弊しやすいからやっぱ、自分の吸収するシステムへの働きかけだけでなく、そもそもの環境の構築から考え直す必要があるなとは思ったので、これからお金を稼ぐという側面の生き方でどうしていくかは、その職種、職務の実業務の側面でかかるストレスはある程度しょうがないと思えても、環境ストレスについてはよくよく考慮したいと思っている。

あと、急だけど、「事務」って低給料なの(どの業界にも必要な職種なんだけどね)。
だけど、基本がフルタイムなの。
そして通勤ありなの。
誰でも「なれる」職種かもしれないが、誰でも「できる」職種ではないと思ってる。
田舎は特にそう。つまりは、なかなか自分の健康を考えた環境構築を得ようとすると「事務」という職種は色々と課題が多すぎる。

それでも自分がやってきたことを否定はしたくないし、この業務をこなしていく上で頑張ってきた自分、積み上げてきたものはやはり否定したくない。
あと、この経験、もったいないから活用したいというのも本音。

世の中のこの業種に対する価値とか評価は別として。
そう別なんです。現実とかどうでもよく。
自分が自分のしたことを低評価する必要なんてない。
現実ばっか見ると、ため息つきたくなることばかりですが、それでも、今までやってきたことで、自分の望む環境構築ができるものを探して動いてみようと思います。というか、そういう風に思いだしてきました。
そう思えるようになってきた自分に喜びがあります。
まあ、腰は相変わらずおっもいんですけど~~~(+o+)
少し調べただけでくじけそうですけども~~~~(+o+)

と、同時に「はたらく」ことって、もっとラフで自由でいいはずとも思うのです。
収益化できるかどうかは別として、やりたいこと(大々的なものではないけども)はあるし、そういうものに取り組む時間も大事にしたい。
というか、そういう時間こそ大事にしないと、また迷子になりそう。

ただ、税金、社会保険料、何も買わなくても存在するだけでお金かかりすぎです、まだ増やそうとしてますしね、この国は。
ゆっくりキャリアブレイクする時間も、貯金や支出を抑える工夫など自力だけで得なくてはいけないのもどうかと思う。

ここら辺の現実とも折り合いつけながら、自分を幸せにすることを一番大事にこれからまた新しい明日を過ごしていこうと思います。

なんか、相変わらず硬い内容になったような気がする…。
ま、練習ですね!やわらく書けるよう目指します^^

とりとめのない日々が一番幸福である

明日以降ももっと気楽に、もっと短くてもいいし、書いていきま~す!
そうそう、7月の新聞記事のとあるコーナーで取り上げられていた言葉が素敵だったので、思わずメモに取ったんですが、ここにも記しておきます。

『役に立たない、というのは、価値がないということではない』

『真理の探究とやらでゆうゆうと時間つぶしをするのは、最も人間らしい生き方なのかも知れない』

藤原正彦さん著 「数学者の言葉では」より

『置いてけぼりになったような気がしても、走る理由が分からないうちは
走る必要なんてない』

森達也 映画監督 『いのちの食べ方』より

ここまでお付き合い頂いた方、ありがとうございます。
では、また次回の記事で^^

サポート頂けるんですか???!ありがとうございます! 頂いたサポートは語学等の勉強の教材や筆記具代、あるいは勉強後の休憩のお茶代に充てたいと思います!