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『天使の翼』第11章(19)~吟遊詩人デイテのネバーエンディング・アドベンチャー~

 「フィリポス大公は、とてもずるい男よ――」
 ローラの歯に衣着せない物言いに、かえってわたしとシャルルの方が、誰かに聞かれていやしないかと、周囲をうかがいたくなる。もちろん、ここは、早朝の、左右に果てしなく伸びた長大な海岸だったから、遠く砂浜を走っている人影がある他は、人っ子一人いなかった。
 「――大公は、実際に戦争になれば、自分が負ける事は、百も承知している」
 ――これは、あくまでローラの見解。実際の戦争では、何が起きるか分からない、結局は予測不可能なのだから……。それに、大公が誇大妄想に囚われていたら、現実は見えなくなっているはず。
 「――それでいて、好戦的なスタンスを崩さないのは、一つにはそれが国民を欺くプロパガンダだからであり、一方で、過度の内政干渉に及べば帝国の側にも相当の被害が出るぞ、という脅しでもあるのよ……。失うものは何もない、お前を道連れにしてやる、と言う訳」
 そういう見方もあるのか、と思うが、わたしとシャルルは、もちろん、聖薬による安全保障そのものに亀裂が入っていて、聖薬神話に思いもしない瑕瑾が生じている、という前提だ。何らかの形で聖薬のストック――それも目を見張るほどのストックを抱えている大公国は、本気で勝ちに来ようとしている。大多数の人は聖薬による安全保障の枠内でしかものを考えることができない……一種の思考停止……

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