見出し画像

『天使の翼』第11章(44)~吟遊詩人デイテのネバーエンディング・アドベンチャー~

 これらの初期の捜査(?)から、失踪三日目の段階で、当局は、いくつかの感触を得ていた。
 一つには、公女の失踪に、『政治』は絡んでないようであること。いかなる反政府組織も、レジスタンス・テロ組織も、凡そ広い意味での反対勢力の中で自ら犯行声明を出すところはなかったし、SSIPの苛烈な取調べをもってしても、何も出てはこなかった……。ちなみに、帝国の陰謀説なるものが一部で根強く言われ続けたものの、皇帝――もちろん現皇帝――の性格から言って、絶対にありえない、というのが大方の見方だった。全くその通りであり、何の為にという事も含めて、陛下がそのような作戦を承認するとは到底考えられない。
 二つには、やはり、母君の亡くなってちょうど一年目に姿を消した、という点が重視された。それは、明らかにメッセージである。それが、公女の無意識に発したメッセージであるか、意図したものであるかは別として、母の死が、デラの心の闇を読み解く鍵に違いない。大公に呼び出された公国内でも有名な心理学の教授は、あっさりと――度胸があると言わざるを得ない――公女は母君を心より愛していた、この場合、心よりというのは、自身をこの現世に繋ぎ留める、いわば心のブイとして母君と強く結ばれていた。母君の死は、一時的に――と言っても、もうその死から一年が経過しているのだが――公女の現実感を失わせている。そのただでさえ不安定な状態――自分を見失っている状態――で男としてのアイデンティティを強制された公女は、ますます混乱し、もはや心の中にしか存在しない母親への依存を強め、その反動として、母の死――事実として病死だったのだが――への『責任』を追求するようになる……。
 「それは、大公、殿下なのです」
 心理学教授は、言い切ったそうだ。

この記事が参加している募集

#宇宙SF

6,010件

#SF小説が好き

3,100件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?