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失われた妻のアイデンティティ。

「わたしのこと、絶対にママなんて呼ばないでよ。あなたのこともパパなんて、わたし、絶対に呼ばないからね」

確か、上の子たちが4歳くらいの頃だったと思います。妻がそう言ったんです。

わたしのことは、絶対に、ママと呼ばないでよ。

一語一語をはっきりと力強く発しながら、彼女はそうぼくに伝えました。

それはとても強い感情で、彼女が心の底から「ママ」と呼ばれることを嫌がっていることが、痛いほど伝わってきました。

出会い、結婚し、子どもが生まれ、ぼくらの役割や関係性は大きく変わりました。

ですが、ぼくは一度も妻を「ママ」と呼んだことはありません。

なぜなら、それが彼女のアイデンティティにとって、重大な意味を持つことを知っているからです。

アイデンティティという言葉を聞いて、なにを思い浮かべますか?

自分らしさ?個性?

自分自身がアイデンティティを持っていると、感じることはできますか?

正直なところ、ぼくは自分のアイデンティティに想いを馳せたことはありませんでした。あまりにも当たり前のように存在するからです。

会社で働いていれば、評価を受けますよね?

この仕事が助かった。このサポートが助かった。こういった行動が業績につながった。よくやった。

そんな評価を年に一回は受けますし、同僚との会話のなかでも仕事を通じて「ありがとう」と言われる機会は多いですよね。

働くことで知らず知らずのうちに、自分のどういうところが周りの役に立っているのかが分かるようになります。

そう、周りに密にコミュニケーションを取る人間が何人もおり、自分に対してどういったことを感じているかフィードバックをくれる環境が、会社にはあるんです。

仲の良い友だちとの集まりでも、そういったことって起こりますよね。趣味の集まりでも起こります。

ああ、自分にはこういう長所があるのかと、自分のことを外から認知できるようになりますよね。

でも、女性は出産したとたんに、このフィードバックが突然消えてなくなるんです。

自分はいったいどういう人間なのか?自分らしさとはなんなのか?

急にそれがわからなくなってしまいます。

なぜなら、アイデンティティとは一人きりの時間の中では見つけることが難しく、人々との関わりのなかでのみ発見することができるからです。

今までは名前で呼ばれていたのに、小さな子どもを連れて外出すると「ママ」や「〇〇ちゃん(子どもの名前)のママ」と呼ばれるようになります。

病院、ママ友の集まり、ご近所さん。

どこに行っても、ママという「記号」で呼ばれるんです。

これは男性には理解しにくいかもしれませんが、自分が会社を辞め、周囲のすべての人間から「パパ」としか呼ばれない状況を想像してみるとわかりやすいと思います。

ぼくは妻のママ友から「パパ」と呼ばれ続けた時がありますが、まるで自分が空っぽの箱になったような気持ちになり、控えめに言って、とても不快な体験でした。

その空っぽの箱にはマッキーで「パパ」と雑に書かれており、いろんな人が自分勝手にものを投げ込んできます。

(あなたはパパだから、家に帰るのが遅いんだよね)と、「長時間労働者」というタグを投げ込み、(え?家事とか子育てやってるんだ?)と、今度は「いいパパ」というタグを投げ込んでくる。

かすれた文字でパパと書かれた空っぽの箱は、「パパ」という記号による先入観で作られたタグであふれかえります。

そして、ぼくは思うんです。

ぼくはいったい誰なんだろうと。

これがまさに、出産後の妻に起こった変化でした。

自分が同じ体験をするまでわかりませんでしたが、記号化された存在で認知されるということは、「大切にされていない実感」を生み出すんです。

一人の人間として尊重されていない。

「わたし」のことを見ていない。誰かが勝手に貼ったラベルしか見ていない。

わたしの目の前にいる人は、「わたし」と会話をしていない。

「〇〇ちゃんんのママ」という記号と話している。

そんなそら恐ろしさを感じるんです。

こんな状況では、自分のアイデンティティなんてどこかに消し去ってしまいますよね。

それから、ぼくも妻もそうでしたが、確固としたアイデンティティを出産前に確立できる人はまれで、ほとんどの人は「自分が何者なのか?」なんてわからないまま子どもを産みます。

自分という人間を確立できないまま育児に突入すると、ますます自分が削り取られていくような絶望を感じるようになります。

もちろん子どもは可愛いですが、それは別の話です。

子どもが生まれれば自分の時間は一気になくなりますから、「自分らしさ」なんて考える余裕はなくなります。

その余裕のなさのなかで、「ママ」という記号で呼ばれ続けることで、女性はますますアイデンティティの確立から遠のいていきます。

「君は母親なんだからしっかりしないと。無償の愛で子どもを育てないと」

不安に揺れるある女性が、夫からそんなことを言われたことがあると教えてくれました。

子どもは可愛い。育児は尊い。

確かにそうだとは思います。

だけど、それだけで生きていけるほど、ぼくら人間は単純ではないと思うんです。

子どもを育てるだけで幸せを感じられた時代がかつてはあったのかもしれませんが、子育てを支えるコミュニティが崩壊し、支え合うべきパートナーと心が通じにくい今の時代は、一人で育児で向き合わざるを得ない時もあります。

また、SNSやメディアによって「自己実現」や「個の追求」がもてはやされ、ますますアイデンティティ迷子になっていきます。

そんな時に、ぼくら夫が、妻に伝える言葉の重みをきちんと認識しておく必要があると思うんです。

「母親なんだから、君がしっかりしないと」

そう言われて、妻はがんばろうと思えるのでしょうか?

妻と同じく、記号化された存在で認知された身からすると、どうしてもそうは思えません。

夫からは、せめて自分の夫からだけは、「自分という人間」を真正面から受け止めて欲しいと、願っているのではないでしょうか?

少なくとも、ぼくの妻はそうでした。




この記事は「男性向け夫婦関係改善本」のための下書きです。

下の目次の(←ここ)とある箇所の記事です。記事を書き足していき、最後は一冊の本にします。

本が完成するまで記事を書き続けますので、応援していただけると嬉しいです。

第一部:なぜ、あなたは妻から嫌われたのか?

◾️第一章:恋から愛への移行不具合

恋のメカニズム
○産後の妻の変化への無理解
産後の妻の変化1:オキシトシン分泌によるガルガル期突入
産後の妻の変化2:肉体と精神がズタボロになる産褥期
産後の妻の変化3:産後女性の性欲減少メカニズム
産後の妻の変化4:圧倒的な社会的孤立
産後の妻の変化5:失われたアインデンティティ(←ここ)
○絆を構築する共同体験の欠如

◾️第二章:無から愛の生成不良

○「Who you are? 」ではなく「What you have ?」であなたが選ばれた場合

◾️第三章:夫への恨みの生成過程

○未完に終わった夫婦の発達課題
○非主張的自己表現の呪いから抜け出せない妻
○攻撃的自己表現によりエスカレートするネガティブループ
○妻の不信感を募らせる、夫の非自己開示
○時限爆弾となる「夫への恨み」
○増加する”婚外恋愛”願望

◾️第四章:セックスに関する無理解

○産後にセックスに興味を失う理由
○生理周期に伴う性欲の変化
○性に関する夫婦の話し合いの不在

◾️第五章:現状把握と事態の受け入れ

○妻の恨みの根幹を知る
○思い込みにとらわれず質問を恐れない
○客観的に自分たちを見つめる

◾️第六章:妻から嫌われる3つのパターン

○家庭より仕事を優先してきた
○家族の幸せより自己実現を優先させてきた
○妻への思いやりより自己の欲望を優先させてきた

第二部:では、どうするか?

◾️第一章:皿洗いをする前にやるべきこと

○夫婦の絆の土台となる”親密性”
○「受け止めてもらえる」安心感を妻に与える
○柔らかな感情の掘り起こし

◾️第ニ章:愛着の形成が二人の絆を作る

○柔らかな感情の共有
○相互理解という快感
○夫婦に恋愛は必要ない
○ドーパミンではなく、オキシトシンが愛を作る

◾️第三章:自分も相手も大切にするアサーティブコミュニケーション

→詳細考え中

◾️第四章:セルフコンパッションで関係改善の努力を継続

→詳細考え中

◾️第五章:セックスは愛の最終形態

○セックスは手段、目的は親密性への触れ合い
○性の話し合いを恐れない

第三部:フェニックスマンの特徴

○夫婦関係を改善できる男性の特徴とは?

◇あとがき◇

前回の記事に書いたように、いったん相談業務はやめ、今ぼくは、自分を大切にする訓練をしているところです。

ちょっと意味がわからないと思いますが、今までの人生で、ぼくはあまり自分自身を大切に扱ってこなかったことがわかったんです。

それは、子どもや妻を優先してきたという意味ではなく、「自分の心が喜ぶことを避けてきた」というと、わかりやすいかもですね。

美味しいものを食べたり、行きたいところにいったり、やりたいことをやったり。

そういった願望があるにはあるのですが、ずいぶん長い間フタをしてきたんです。まるで、自分がそういった感情を抱くことを禁じるかのように。

妻はそのフタが完全に弾け飛んだ人だから、ぼくは惹かれたんだと思います。

今のぼくは、自分を縛り付ける紐をゆるめ、楽しく生きる練習をしていこうと思っています。と言っても、学ぶことは好きなので、心理学や英語の学習はずっと続けると思いますが。

とりあえず、近いうちに座禅の体験に行く予定なんです。

子どもが戦国時代にハマっていることと、座禅によってセロトニンが分泌され、マインドフルネス的効果があるそうなので、試してみようと思って。

先日の記事のコンパッションもそうですが、感情をスローダウンさせることが、現代人の生きやすさにつながっていると思うんです。

座禅を体験したら、感想をnoteでもシェアしますね。

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