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大石眞先生の「公布再考」への疑問


はじめに

 大石眞先生の「公布再考」は、1979年に國學院法学17巻3号に掲載された論文をもとに、加筆訂正をされ、『憲法制度の形成』260頁以下(信山社、2021)に収められています(以下では、同書に収められたものを「本論文」とし、頁表記は同書の頁を表すこととします。)。同書は、基本的には大石先生の2000年以降の論文を収める論文集ですが、この論文だけは、約40年前の論考を基礎としていて、同書の「はしがき」によれば、「その所以は、これに関連する本格的な研究成果が日本の学界にはきわめて乏しく、多くの憲法教科書における公布制度の簡潔な叙述を深く読み解いたり、例えば、近年の櫻田嘉章=道垣内正人編『注釈国際私法(第一巻)』(有斐閣、二〇一一年)における法律の施行期日に関する沿革や比較法の解説などを十分に理解したりするうえでも、かつて草した論考が今日でも大いに役に立つのではないか、と思われたからである。」(ⅰ頁)ということです。
 初出論文を、刊行後10年以上経って読んだ際にも疑問を持ちましたが、その時点では私の理解力不足かとも思い、それ以上のことは考えませんでした。今回、立法学関係の本の執筆のためもあり、本論文を読んでみたのですが、なお、疑問は残り、一方で、初出時点からの情勢の変化があまり反映していないことになっているように思えることから、その点の疑問も浮かぶということになりました。そのため、以前にもまして本論文についてどう考えればよいかよくわからなくなりました。もとより、私の不勉強と理解力のなさが原因であろうとは思いますが、本論文の一部に疑問があるということではなく、ほぼ全体にわたり疑問があるということになっています。その意味で公開して疑問を述べることがいいのではないか、また以下の疑問を示すことも公布について考える上でも意味があるかもしれないと思い、ここで述べておくこととした次第です。ただ、疑問点が多く、一方でその疑問点が本論文で複数の箇所に関わることになるため、論点ごとに論じることがうまくできなかったので、以下では、基本的に本論文の記述に沿って、問題を提示することにします。そのため、同じ問題を何度も繰り返すことになることもあります。また、私自身がわからないということについて書いているわけですので、そもそも私の論旨がわかりにくいものになっていると思います。これらの点はご容赦ください。
 ここでは、一応まとまったので、掲載しましたが、なお、論じ切れていない部分もあるようにも思いますし、私自身の方に誤り等があるかもしれません。今後の加筆訂正もあると思います。また、私の書いていることについて誤りその他問題がありましたら、ご指摘いただければ幸いです。
 なお、ここでは基本的に初出論文ではなく本論文について論じることとします。

更新情報
 令和5(2023)年4月30日 官報電子化検討会議での大石先生の講演を受けて、改めたところがあります。

1 我が国の法令の制定文について

 1−1 我が国の法令の制定文についての実務

 本論文では、冒頭で恩給法等の一部を改正する法律(昭和54年法律第54号)の官報での登載の仕方を示した上で、次のように書いています。

 ここで第一に気付かされるのは、いわゆる制定文(制定文言)を欠くことで、たんに右法律の場合に限らず、ひろく戦後に制定公布された法律一般についてみられる現象である。これは、諸外国における官報による法律の公布の例に比して特異なものといえる。

261頁

 確かに、一般的には我が国の法律に制定文は付されません。しかし、法律においても制定文が付されるものがあります。また、政令には制定文が付されるなど、我が国においても制定文と呼ばれるものがあります。大石先生は、我が国には制定文がないとし、制定文に関する実務については全く言及されていません。本論文で参照している林修三『法令作成の常識 第2版』(日本評論社、1975)では、第三章第四で「前文と制定文」を扱っていますが、なぜかこの箇所については無視されています。
 では、実際に現在の実務で制定文についてどう扱われているかを見ていきたいと思います。この場合、制定文とは、既存の法律の全部改正法の題名の次に置かれる既存の法律の全部を改正するものである旨を示す文章及び政令の題名の次に置かれる当該政令を制定する根拠を明らかにする文章をいう(法制執務研究会編『新訂ワークブック法制執務 第2版』(ぎょうせい、2018。以下「ワークブック」とします。)とされています。かつては、憲法や教育基本法(平成18年法律第120号)などにある前文を制定文と呼ぶこともありました。しかし、現在では、通常、制定文というと、前文とは区別して、全部改正法の場合と政令に置かれるものを指しています。このように、全部改正法の場合に制定文が置かれるのは、廃止制定の場合と区別できるようにするためです。
 全部改正法律の場合の制定文は、「◯◯法(令和◯◯年法律第◯◯号)の全部を改正する。」とします。この場合、その文自体は一部改正法の場合の改正文と同形で、制定を意味する言葉は使われておらず、これを制定文といえるのかという疑問があります。この点について、林・前掲110頁では、「一時、「国会は、◯◯法(昭和◯◯年法律第◯◯号)の全部を改正するこの法律を制定する。」という形の制定文(前文)が置かれたこともあるが、現在では、この形は用いられない。」としています。この制定文を置く法律には、国営競馬特別会計法(昭和24年法律第42号)があります。この形であれば、制定文と言えるでしょう。結局、この形式の名残で、全部改正の場合のこの文章を制定文としたということであろうと思います。このように、制定文という場合、法律制定の主体、日本国憲法下では国会ですが、制定することを宣言するものだということです。なお、この制定文は、法律案の段階で付されています。
 政令については、既存の実施政令を廃止する政令などを除き、題名の次にその政令を制定する根拠を示す制定文が置かれます。行政手続法施行令(平成六年政令第二六五号)で見てみましょう。題名の次の文が制定文です。

   行政手続法施行令
 内閣は、行政手続法(平成五年法律第八十八号)第四条第二項第二号、第十三条第二項第五号及び第十九条第一項の規定に基づき、この政令を制定する。

 全部改正政令の場合の制定文は、次のようになっています。

    スポーツ基本法施行令
 内閣は、スポーツ基本法(平成二十三年法律第七十八号)第九条第二項及び第三十三条第一項の規定に基づき、スポーツ振興法施行令(昭和三十七年政令第百七十六号)の全部を改正するこの政令を制定する。
 (審議会等で政令で定めるもの)
第一条 スポーツ基本法(以下「法」という。)第九条第二項の審議会等で政令で
 定めるものは、スポーツ審議会とする。
第二条 〔略〕

 政令は、憲法上、法律の規定を実施するため、又は法律の委任に基づいて制定されるものであることから、制定文を置いて、その根拠となった条文、どの法律を実施するためのものかを明らかにするのです。この場合、制定文の書き方で、委任命令の場合には「~の規定に基づき」とし、実施命令の場合には「~を実施するため」とすることで、両者の区別がなされています。また、両者を併せたものもあります。また、この場合には制定権者である内閣が政令を制定することを示していることにもなります。
 もっとも、政令に制定文を置くことになったのは、ポツダム命令の制定にあたって、「ポツダム命令であることを明らかにする趣旨で、「内閣は、ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件(昭和二十年勅令第五百四十二号)に基き、この政令を制定する」旨の制定文が付けられることになったが、一般の政令に制定文〈問55 参照〉が付けられるようになったのも、これを契機とするものであった。」(ワークブック62頁) ということです。
 これらの制定文は、法令の一部をなすものです。しかし、政令の制定文に引用されている法律の題名、条名等がその後の改正で変わっても、制定文の変更は行わないものとされています。
 一方、府省令や外局の規則についても「政令にならって制定文が付けられることが多い。」(ワークブック163頁)し、裁判所規則についても制定文が付けられます。ただ、「府省令、規則等については、制定文<問55 参照>から始まる形で公布される」(ワークブック22頁)のです。この場合には、公布文を置かずに制定文から始まることになるため、題名の前に制定文が置かれます。裁判所規則も同様です。その意味で、これらの制定文は、法令の一部と言えるかは疑問があります。
 府省令の制定文の場合も、委任命令の場合には「~の規定に基づき」と実施命令の場合には「~を実施するため」とし、両者を併せたものもあるとされています。また、府省令の場合には、政令とは異なり、府省令の制定主体が明示されず、「〔省令の題名〕を次のように定める。」という文章となっています。これは、制定主体が大臣であり、大臣の署名があれば主語として出ていなくても、制定主体が明らかだということであると思います。
 このように我が国においても実務としては法令の制定文というものがあるといえますが、本論文では、基本的にこうした実務について考慮していないということがあります。本論文では、法律の公布、制定文、施行といった実務に係る事柄を論じているので、実務を否定するにせよ、肯定するにせよ、実務を踏まえた議論がなければならないと思うのですが、そうはなっていないように思います。もちろん、実務を批判することがあってもよいのですが、本論文ではそういう意味での批判もなく、論じられているので、実務との関係をどう考えるのかがよくわからないように思います。その結果、少なくとも、現在の実態を適切に反映していないことになってしまっていると思います。このことは、我が国についてだけでなく、諸外国についての記述でも同様の問題があるように思います。

 1−2 制定文の欠如は法律の公布の問題か?

 我が国の法律が一般的に制定文を欠くことについて、「諸外国における官報による法律の公布の例に比して特異なものといえる。」とされています。しかし、フランスの法律に制定文があるかは、この後述べるように疑問があります。また、1−1で述べたように我が国の法律・政令の制定文は、案の段階で付されていますし、後述するようにドイツ、イギリス、アメリカでも同様に案の段階で付されています。つまり、制定文が付されるかどうかは公布の問題ではなく、法律の備えるべき形式の問題ということになると思います。大石先生は、制定文が公布の問題となることの理由について、述べていただきたいと思います。

2 制定文の意義

 2−1 フランスの制定文?

 大石先生は、「一九七七年度予算の決定的規制を内容とする法律(一九七七年七月一二日第五九〇号)」の冒頭部分を示した(261頁)上で、次のように書いています。

 (2) 右に示された制定文の形式は、法律の種類によって少しずつ異なるが、いずれも法律の公布にあたって必要とされる。フランスに限らず、一般に諸外国はこうした制定文を不可欠とするのであって、これによって、立法府あるいは国会が憲法所定の手続きで適式に法律を議決したことを明示するわけである。冒頭の例が示すように、しかし、わが国ではそうした制定文がなく、たんに「‥‥‥法(律)をここに公布する」旨の公布文(公布文言)が用いられるにすぎない。すなわち、「当該法律が国会の議決によって成立したことが表示されて」いないわけで、「他に類例なきもの(1)」として、日本国憲法施行後早くから立法論的考慮の対象とされてきた所以である。

261〜262頁

 しかし、ここで示されたフランスの法律に付された文書は、制定文ではないと思います。この文書は、大石先生の言葉では「公証」をする文書で、もしいうとするならば、「公証文」というべきものではないでしょうか。本論文においても、「この公証の形式は、第三共和制のもとでは、一八七六年四月六日の「法律の公証形式を定めるデクレ」、第四共和制では「大統領による公証形式に関するデクレ」(一九四七年第二三七号)によって、それぞれ規律されたが、第五共和制にいたって一九五九年五月一九日の命令の改正するところとなった。本章の冒頭に示したものがそれである。なお、法律の日附も、この公証のそれである。」とあることからも分かるように、これは公証の文書であることは明白のように思います。この文書を制定文とするということが全く間違いということではないと思いますが、そうだとすると、我が国、ドイツ、イギリス、アメリカで制定文とされているものは、この意味での制定文ではないというべきです。しかし、大石先生は、この点について特に問題とはされていません。この点はどのように考えているのでしょうか。
 このように考えると、制定文について、大石先生がいうような意味の制定文か私のいうような意味の制定文か、いずれと考えるにせよ、「フランスに限らず、一般に諸外国はこうした制定文を不可欠とする」ということにはなっていないことになると思います。

 2−2 制定文の意義

 2-1でも制定文の意義について疑問を述べましたが、通常、制定文は制定権者が制定を宣言するというものをいい、この点は我が国や諸外国でも同様であると考えます。フランスについては、例えば岡村美保子・古賀豪/訳「官報に掲載される法文の作成、署名及び公布の規則並びに首相所管の特別手続の実施に関する1997年1月30日の通達(翻訳・解説 フランスの法令制定手続―法令案作成から公布まで)」外国の立法210号52頁以下(2001)では、「1. 4. 3」が「制定文」を扱っています。ここでは、'visa'を「制定文」と訳しています。その意味で、この「制定文」が我が国やドイツ・アメリカ・イギリスなどでの制定文と同じなのかは問題ですが、そこでは、フランスでは、政府提出法律案には制定文はつけませんが、デクレやアレテには制定文をつけることとされています(同59〜60頁)。その上で、この記事では、「公証」ではなく「審署」と訳していますが、法律の公証について「5.1.16. 審署」で規定しています(同99頁)。この場合、大石先生は、注29で「公証の性質上、それが行政府の命令について行われないことは当然であり、そのために「法律の公証の形式を定めるデクレ」なのであって,大統領は法律を公証するなどと規定されるのである(一八七五年七月一六日法律第七条、第四共和制(一九四六年)憲法第三六条、第五共和制(一九五八年)憲法第一〇条参照)。」(293頁)としているので、デクレやアレテに制定文を付すこととされている以上、ここで制定文とされているものが法律の公証とは関係していないものであるということが理解できると思います。この場合、大石先生は、公証が制定権者ではない第三者の公証、フランスの例では議会ではない大統領の公証、ということにしているようです。制定文に公証の意味があるという場合、制定権者が法令の成立を自ら公証するというように考えることはありえます。しかし、大石先生は、公証について、制定権者ではない第三者による公証ということに限定しているように思えます。大石先生は、この点をどう考えているのでしょうか。
 なお、現在のフランスでは、上記の通達によるというよりも、Guide de légistique(現在のものは、2017年に更新された第3版)という憲法院の判例、コンセイユ・デタ及び行政機関の意見、首相の通達、実務で検証された慣例などを参考に一つの文書としてまとめられた手引きにより、実務は行われています。なお、このGuide de légistiqueにおいても"3.1.5 Visas d’une ordonnance, d’un décret ou d’un arrêté"があり、その最初の"Considérations générales sur les visas"の冒頭(273頁)で、”Les projets de loi ne comportent pas de visas.”「法律の案は,制定文を付けない.」とした上で、オルドナンス、デクレ、アレテの案に制定文を付けることについて説明しています。
 一方、我が国の制定文の実務では、先述したように、案の段階で付されます。このほか、ドイツ、イギリス、アメリカでも、法律の制定文は法律案の段階で付されています。この意味で、制定文を付けるかどうかは法令が備えるべき形式の問題であり、公布の問題ではないことは明らかです。
 また、法形式の問題であるとすると、我が国では制定文を付するかどうかは法令で定めるべきことというものではなく、内閣法制局の例規で定めることができるものであるといえます。法律に題名を付することと同様の問題であるといえます。また、先述のように全部改正法律に制定文を付すことになっていますが、これも特に法令の規定を必要とするとは考えられていません。また、我が国においても法律に制定文を付すことが検討されたことがありましたが、それも法令の起案の例規によるものでした。具体的には、国立公文書館のデジタルアーカイブで「法令起案例規」と検索すると出てくる文書ですが、行政文書>内閣官房>内閣総務官室関係>閣議・事務次官等会議資料>芦田内閣閣議書類(その3)昭和23年5月1日~昭和23年5月18日の中に「法令起案例規(その1)法制長官説明」という文書があります。

これは、芦田内閣閣議書類(その3)昭和23年5月1日~昭和23年5月18日の簿冊中の「5月1日(土)案件表」により昭和23(1948)年5月1日の閣議に出されたものであることが分かります。つまり、佐藤達夫法務庁法制長官による閣議での説明のための文書であるということだと考えられます。この文書では、法律及び政令に制定文を付することとしています。抜粋して示します(原文は縦書き)。

    法令起案例規(その一)
 今後法律及び政令には、左の例により制定文を附すること。
  第一 法律の場合(通常の場合)
(1)新たな制定の場合
   ・・・・・・法
 國会は、ここに・・・・・・法を制定する。
第一條
(2)全部改正の場合
  ・・・・・・法
 國会は、ここに・・・・・・法(   年法律第   号)を改正する法律を制定する。
第一條
(3)一部改正の場合
   ・・・・・・法の一部を改正する法律
 國会は、ここに・・・・・・法(   年法律第   号)の一部を改正する法律を制定する。
 第   條中「   」を「   」に改める。
(4)廃止の場合
   ・・・・・・法を廃止する法律
 國会は、ここに・・・・・・法(   年法律第   号)を廃止する法律を制定する。
 ・・・・・・法は、これを廃止する。
   第二 法律の場合(参議院の緊急集会による場合)
〔略〕
   第三 政令の場合(通常の場合)
〔略〕
   第四 政令の場合(ポツダム政令の場合)
〔略〕
(備考)
〔略〕

ここでは、まず、起案の例規であることから、起案の段階で、つまり法律案作成の時点で制定文が付されることが分かります。そのことは、この制定文を付する主体は、立法権を有し、法律を制定する主体である国会であることを示しています。
 しかし、法律に制定文を付することは例規とはならなかったようです。というのも、昭和23年5月22日付で「法務庁法制長官総務室主幹 高辻正己」名で各省に「今般当部において、別紙のような法令起案例規を作成したから、貴部内関係の法令起案に際し、ご参考にせられたい。」として送付された文書では、法律の制定文についての部分は落とされています。具体的には、国立公文書館デジタルアーカイブで上記のように「法令起案例規」で検索すると上の文書とともに出てきますが、次の二つのものがあります。
①行政文書>*内閣・総理府>太政官・内閣関係>第一類 公文雑纂>公文雑纂・昭和23年>公文雑纂・昭和二十三年・第三巻・法務庁・外務省、大蔵省、厚生省、農林省、商工省、会計検査院の中の「法令起案例規参考トシテ送付ノ件」

②行政文書>農林水産省>*農商務省農林行政関係~農林水産省文書>一般文書・昭和23年の中の「法令起案例規について」

 この2つの文書には、この送付された文書が出ています。この送付された文書では、「法令起案例規(その一)」と「法令起案例規(その二)」があわせて出ていますが、そのうち前者は、先の「法令起案例規(その1)法制長官説明」に相当するものです。しかし、この「法令起案例規(その一)」には、「法令起案例規(その1)法制長官説明」の冒頭の「今後法律及び政令には、左の例により制定文を附すること。」が「今後政令には、左の例により制定文を附すること。」と改められ、その上で「第一 法律の場合(通常の場合)」、「第二 法律の場合(参議院の緊急集会による場合)」及び「(備考)」のうち「(1) 法令の制定文は、法令制定の目的を加〔味する〕等その法令の性質に照らし、これを装飾することを妨げないこと」(引用者注。〔〕は、手書きで加えられていた部分)の部分を落としたものとなっていることが確認できます。このことは、その経緯や理由は不明ですが、法律に制定文を付することは断念し、政令に制定文を置くことだけが決まったことを示していると考えられます。ただ、先述したように、法律でも全部改正の場合には制定文を置くことになっています 。

3 公布と公証

 けれども、問題はこれに尽きない。制定文を欠くことは、これまで充分な注意を払われていないが、フランス・ドイツその他の諸国で広くみとめられる公布と公証(審証・審署)との区別が、わが国ではほとんど意識されず、現行法制のもとでも行われていないという事情は、この点に大いに関係しているようである。先学が指摘するように、「審証が特別な法的制度をなしていないところにおいても、立法行為と公布に関連して法令の合法的成立の確認と法令原本の確認を内容とする行為の存在は否定されな(2)」と考えられる。本章がとくに「公布再考」と題するいわれはここにある。

(2) 園部 敏「法令の公布」同『行政法の諸問題』(有信堂、一九五二年)一一九頁

262頁、291頁

 日本国憲法は、立法権は国会にあるとし、天皇は法律を公布するとのみ定め、フランスやドイツとは異なり、その公証については定めていません。このフランスとドイツの公証については、論者によって審署や認証という訳語にしていますが、山本浩三「法律の審署権(一)」同志社法学36巻6号1頁以下(1985)、同「法律の審署権(二)」同志社法学37巻1・2号38頁以下(1985)、同「審署権と裁判所の審査」同志社法学37巻5号1頁以下(1986)、加藤一彦「ドイツ連邦大統領の法律審査権―連邦法律認証権の意味とその限界問題」現代法学14号73頁以下(2007)があります。フランスやドイツで、この公証についてどのような議論があるかはこれらの論文を見ていただきたいと思います。
 問題は、日本国憲法では、公証ということを明文で規定していません。少なくとも、制定権者がその成立を宣言するという形での公証はありうるとしても、大石先生が考えるような制定権者ではないものがする公証というものはないと考えるのではないでしょうか。そのため、上記の引用文のようにいうためには日本国憲法上公証をどのように位置づけるか憲法論として論じる必要があると思うのですが、大石先生は本論文でその点について論じていません。この点が私にとっては最大の謎です。先の引用文で大石先生は「制定文を欠くことは、これまで充分な注意を払われていないが、フランス・ドイツその他の諸国で広くみとめられる公布と公証(審証・審署)との区別が、わが国ではほとんど意識されず、現行法制のもとでも行われていないという事情は、この点に大いに関係しているようである。」としていますが、そもそも日本国憲法では公証(審証・審署)が規定されていないので、公布と区別して、公証について論じる必要がなかったということではないかと思われます。少なくとも上記のようにいうのであるならば、憲法上公証をどのように位置づけるのか論じた上でなければならないと思いますが、大石先生はこの点について論じていません。それを論じた上でなければ、公証について論じることのない学説のあり方に疑問を呈することはできないように思います。本論文が「公布再考」というものであるならば、憲法論として「公布」について論じ、その上で公証を憲法上位置付けた上で、「公証」について論じるということがされるべきです。
 加藤先生の前掲論文では、ワイマール憲法での反省から大統領権限を縮小し、形式的機能しかもたないことにしているのにかかわらず、なぜ大統領が法律の審査権をもつのか不思議に思っていたことから、同論文での考察をすることになったとした上で、我が国のことについて次のように述べています。

 一方、日本に目を転じれば、旧憲法 5 条において天皇の立法権が保障され、同 6 条において「天皇ハ法律ヲ裁可シ其ノ公布及執行ヲ命ス」権能をもち、天皇大権の一つとして法律拒否権が天皇に留保されていた。他方、現憲法においては天皇の権能は儀礼的・名目的な行為に限られ、天皇は「内閣の助言と承認」の下、「法律の公布権」(憲法 7 条 1 号)しかもたない。法律にかかわる実質的事項として、「内閣の法律執行権」(同 73 条 1 号) のほか、法律・政令に対する主任大臣の署名及び内閣総理大臣の連署(同 74 条)が法定されている。そこでは行政機関=内閣は法律認証権をもたず、 したがって法律制定過程において内閣が―首相にせよ主務大臣にせよ―国会で議決した法律につき法的効力を付与し、公証する―場合によ っては法律制定を阻止する―方途は存在しない。
*注は略した。

加藤「ドイツ連邦大統領の法律審査権」74頁

 このように考えるのが通常と思われますが、大石先生はこの点について論じることなく、上記のように公証が日本国憲法上認められることを前提としているようにみえます。しかし、そのように考えるのであれば、その点を論証する必要があると思います。
 また、公証を憲法上の制度として位置付けることになるとすれば、先の山本先生や加藤先生の論文で述べられているフランスやドイツで論じられている問題も論じる必要があります。
 大石先生が先学の指摘として掲げている園部先生の議論にあるように、我が国では「審証が特別な法的制度をなしていない」わけですから、日本国憲法では公証が制度化されておらず、憲法論として公証を論じないことは不思議なことではないように思われます。「立法行為と公布に関連して法令の合法的成立の確認と法令原本の確認を内容とする行為」は存在するとしても、それは法的制度ではないことを前提としていると考えられます。この場合に、大石先生はこの公証を法的な制度として考えているのかどうかも明確にしてはいないのですが、本論文を読むとどうも法的な制度として位置付けるべきとしているように思われます。その場合に、憲法上の制度としてなのか、法律で定めるかも明確ではないのですが、いずれにしても、日本国憲法上、公証という制度を位置付けることができるのか、論じるべきではないかと思います。そして、その場合に①法令の合法的成立の確認と②法令原本の確認との2つの行為があるわけですが、これらについてそれぞれどのようにするかを考えなければならないと思います。この点についても、大石先生はどう考えているのか、私には、本論文からはわかりませんでした。
 一方、例えば、最高裁昭和33年10月15日大法廷判決の百選解説(浅野善治「202 法令公布の時期」『憲法判例百選II [第7版]』436頁以下(有斐閣、2019))にあるように「公布の意義として、国民への周知のほか、法令の「公証」の意義も含むものと考えることが適当である。」(同437頁)ということかもしれません。しかし、それでは、逆に大石先生が批判している「公布と公証との区別」を意識しない態度というべきことになるのではないかという疑問があります。
 さらに、①法令の合法的成立の確認という意味での公証が法的な制度として位置づけられるとすると、公証という事柄の性質上、法律が憲法上の成立要件を満たしていない場合には、公証しないことが認められていることになります(こうした場合にも公証することが義務付けられているというのでは、公証を認める意味はありません。)。ということは、その場合には公布を拒否することができるということになると思われます。しかし、公布を拒否することができるというのは、法律の成立要件を定める憲法第59条に、憲法にない「公証」を必要とするという要件を加えることにならないかという問題があります。この点が憲法上問題とならないといえるのでしょうか。少なくとも、この点が論証されていないのは問題のように思われます。
 また、この点は、権力分立の観点からしても、問題があるように思います。公証が公布に含まれるとすると、公証ができない場合に公布を拒否することができるということになると思われます。しかし、公布を拒否することができるというのは、立法権の行使を制限することを、天皇、つまりそれについて助言と承認を行う内閣が行うということになり、権力分立の原則から憲法上可能かどうかが問題となるはずです。少なくともその点を論じる必要があるはずです。しかし、大石先生も、百選の浅野先生も、その点は論じていません。このことが論じなくてもいいほど憲法学界で自明のこととは思われません。では、なぜ、この点について論じないのでしょうか。また、警察法改正無効事件(最大判昭和37年3月7日)で立法手続に司法審査が及ぶことについて議論になっているわけですから、憲法の明文がない中で行政権が法的な制度として公証を行えるとするのは、議論を呼ぶもので、自明のこととは到底いえません。いずれにしても、この点を論じる必要があると思います。

4 フランスの法律の公布と施行について

 本論文では、法令の公布施行のあり方として、官報による形式的公布制度の説明をし、フランスでのその制度化を歴史的に説明しています。そのこと自体は問題というわけではありませんが、フランスの法律の公布施行についての現在のあり方を論じていないという問題があると思います。
 まず、大石先生は、ナポレオン民法典の第1条について書いています(266頁)が、この民法第1条が2004年には改正されていることに触れていないということがあります。大石先生が参照している櫻田嘉章=道垣内正人編『注釈国際私法(第一巻)』(有斐閣、2011)73頁で、制定時のフランス民法第1条は異時施行主義を採用していたが、「(現行のフランス民法1条は、別段の定めがない限り、公布の翌日に施行される旨定めている)」としています。ただ、これでは、公布の翌日が原則のようにもとれますが、実際は「指定する日又はそれがない場合には公布の翌日から施行する」というものです。いずれにしても、現在、フランスでは異時施行主義は採用していないということになります。大石先生は、この点になぜ触れていないのか、疑問があります。

 〔追記1〕令和5(2023)年4月
 令和5(2023)年3月、内閣府に、官報電子化検討会議が設けられ、官報の電子化についての検討が始まっています。その第1回(令和5(2023)年3月14日)に大石先生が招かれ、官報、公布について講演を行っています。その内容は、レジュメ(「公布制度の考え方」大石眞京都大学名誉教授講演資料)とともに、議事要旨17〜24頁で公開されています。そこで、大石教授は、フランス民法の2004年改正について触れています(議事要旨19頁、レジュメ1頁)。では、なぜ本論文ではこの点に触れられていないのでしょうか。本論文は、初出論文に「かなり多くの補正を施したもの」(300頁)なのですから、この点について何らかの言及があってもよかったのではないでしょうか。

 さらに、フランスでは紙媒体の官報は2015年末までで廃止され、2016年からはインターネットを通じた電子媒体の官報のみとなっています(豊田透「短報 【フランス】官報の電子化」外国の立法266−2号29頁(2016)。この点を無視して、フランスの官報や公布について議論することは、少なくとも、2021年時点では問題があると言わざるを得ません。

 〔追記2〕令和5(2023)年4月
 追記1で述べた官報電子化検討会議の第1回会議での大石先生の講演において、大石先生は、この点についても、触れています(議事要旨19頁、レジュメ1頁)。ここでも、本論文ではこの点について触れられていないことに疑問があります。

 いずれにせよ、現在のインターネットの普及ということを考えると、少なくともインターネットによる官報発行や法令の公布ということについては、当然、考慮に入れるべきではなかったかと思われます。インターネットによる法令の公布は、紙媒体のものと併存しているかどうかということはあるにせよ、我が国でも諸外国でも行われていると考えるのが2021年時点では当然のことというべきだからです。本論文でも、インターネットでの官報の発行について次のように触れています。

 ちなみに、今日におけるインターネットの普及状況を想うとき、インターネット版官報が「印刷物である官報と同じ内容を掲載しており、官報に附属するものとして取り扱われて」いることを踏まえて、公布時点について、官報のインターネット上での公開時点または官報の現物を一般国民が入手可能となる最初の時点のいずれか早い時点」とする立論があり(櫻田=道垣内編『注釈国際私法(第一巻)』(前掲)七六頁)、注目されよう。          

298頁注(95)

 このインターネットによる法令の公布ということは、紙媒体の官報の場合と異なり、地域的な入手可能性について時間的な差を生じることが無くなっているということを意味します。本論文では、紙媒体の官報での公布について地域的な入手可能性を問題としているのですから、この点について当然論じるべきではないかと思います。櫻田=道垣内編『注釈国際私法(第一巻)』で道垣内先生もこの点に触れてはいないのですが、地域的な入手可能性の問題を考える以上、当然考慮するべきはないでしょうか。
 いずれにしても、現行のフランス民法第1条やインターネットでの法令の公布ということを考えると、そもそも大石先生が問題としているような異時施行といったことを現在論じる意味は何なのか示していただきたいと思います。
 なお、上記298頁の引用文では公布時点について論じていますが、この点についても疑問があります。国立印刷局のホームページでの「官報について」のページでは、次にみられるように、通常の官報についてはインターネットでの配信と国立印刷局と東京官報販売所での掲示は発行日の午前8時30分に同時に行われるとしています。いずれにしても公布の時点は発行日の午前8時30分ということになるので、前記最高裁判決を前提とする限り、少なくとも現状では引用文のような議論の実益はないと思います。

官報は、発行日の午前8時30分に、国立印刷局及び東京都官報販売所に掲示するほか、インターネットで配信しています。最高裁判所の判例では、「法令の公布は、官報をもって行うのが相当であり、公布の時期は印刷局本局又は東京都官報販売所における官報掲示時刻である午前8時30分である」とされています。
内閣府の要請を受けて製造する特別号外や、非常災害対策本部設置の告示など、特に緊急性を要する官報の場合は、即時の製造・掲示を行っています。
国立印刷局では、各府省が円滑に政策を実行できるよう、常に適切かつ確実に対応できる体制を整えています。

 さらに言えば、しかし、先述したように官報の発行に関する法律が成立し、同法が施行されると官報はインターネットによる発行が原則となり、公布の時点については、同法第6条により、官報ファイルに記録された官報掲載事項について、当該官報ファイルを電気通信回線に接続して行う自動公衆送信を利用して公衆が閲覧することができる状態に置く措置がとられた時に公布が行われたものとする、つまりインターネット上で国民が閲覧できるようになった時とされています。したがって、同法の施行により、この議論は解決されることになっています。

5 ドイツにおける法律の公布と施行

 5−1 ドイツの法律の制定文と結語文

 古賀豪「ドイツ連邦政府の事務手続ー連邦省共通事務規則」外国の立法214号130頁以下(2002)は、「ドイツ連邦共和国の連邦省の文書取扱、組織、行政府内部の協働、行政府外の機関との協働、政府提出法律案等の立案手続等に関し規律する共通の事務規則」を訳出したものです。以下では、この記事にならって、この連邦省共通事務規則を「GGO」 と略称することとします。このGGOの中で、制定文や法律の認証(同記事では、Ausfertigungを「認証」と訳していますが、本論文で大石先生が「公証」としているものに相当するものと考えられます。)について規定しています。GGOは、同記事の時点のものから、何度か改定されていて、最新版は2020年のものと思われます。ただ、引用部分に関する限り、条文の内容自体に変更はなく、形式的な変更(付録番号の変更など)があるだけのようであることと、この後参照する『法形式ハンドブック』が2008年のものしか見つけられず、それが依拠しているのが同記事の段階のGGOであることから、同記事での訳文を示します(したがって、ここでの頁は同記事の頁で、GGO〜頁と示します)。

第42条 連邦政府提出法律案
(1) 法律案は、法文案(法律案)、法律案に係る提案理由(提案理由)及び付録5に従って前置される概要(表紙)からなる。
(2) 法文は、原則として題名、制定文及びパラグラフ又は条に区分された個別規定からなる(付録6)。法律案は、必要となる他の法律の改正及び法律を整理する目的から古くなった規定の廃止を定めるものとする。
(3) 法律案の準備については、連邦内務省により編集された『法律及び行政規則起草ハンドブック』を用いる。
(4) 法律案の法形式に関しては、連邦法務省により編集された『法形式ハンドブック』及び連邦法務省により個々の場合について提供された助言を用いる。
(5) 〔略〕

付録6(第42条第2項関係) 法文の構成
1. 見出し
〔略〕
2. 制定文
各法律には、制定文を置かなければならない。制定文には、法律を議決した機関、特別多数による議決を要する法律か否か及び連邦参議院の同意を要する法律か否かに関する情報を記載しなければならない。制定文は、見出し及び認証日の行の次に置く。
〔以下略〕

GGO 143頁

 なお、ここで制定文というのは、Eingangsformelの訳です。そして、GGO第42条(4)項にある『法形式ハンドブック』Handbuch der Rechtsförmlichkeitでは、新規制定法に付される制定文について次のように書いています(拙訳ですので、間違いがあるかもしれません。)。

3 新規制定法の制定文
3.1 制定文の意味と位置 
350 各法律には、制定文を置かなければならない(GGO第42条第2項に関する付録6第2項第1文)。制定文は、誰が法律を成立させたかを示すものである。さらに、基本法の規定に従って法律が制定されたことを示すものでもある。したがって、制定文には、連邦議会がその法律を可決し、必要な場合には特別多数による議決でこの法律を可決したという表示と、連邦参議院の同意が必要であり、それが与えられた場合には、連邦参議院がその同意を与えたという表示が含まれる。
351 制定文は、認証日の行の次に置く。(GGO第42条第2項に関する付録6第2項第3文)。それは、法の一部をなすものではない。
352 制定文は、法案の条文の前に予め置かれている。このため、制定文は、その法律が特別多数による議決を必要とするのか、それとも連邦参議院の同意を必要とするのかについて、立法過程において、審議の対象となる。
353 制定文は、内容の変更により法律の同意や特別多数による議決の要件に当てはまることになるか又はこれらの要件に当てはまらないことになるかの可能性があるため、法案が修正されるたびに立法手続において見直されなければならない。したがって、正式の制定文は、連邦議会及び連邦参議院の最終議決の後においてのみ最終的に決定される。
3.2 各制定文
354 制定文は、次のようにする。
▪︎ 特別多数による議決も連邦参議院の同意も必要としない法律の場合:
  „Der Bundestag hat das folgende Gesetz beschlossen: 連邦議会は以下の
  法律を可決した:“
▪︎ 特別多数による議決は必要としないが、連邦参議院の同意がある法律の場合:
  „Der Bundestag hat mit Zustimmung des Bundesrates das folgende
  Gesetz beschlossen: 連邦議会は、連邦参議院の同意を得て、次の法律を可
  決した:“
▪︎ 連邦議会議員の多数及び連邦参議院の同意を必要とする法律の場合(基本法第121条が適用される第29条第7項中段、第87条第3項後段):
  „Der Bundestag hat mit der Mehrheit seiner Mitglieder und mit Zustim-
  mung des Bundesrates das folgende Gesetz beschlossen: 連邦議会は、
  その議員の多数により、連邦参議院の同意を得て、次の法律を可決した:“
▪︎ 基本法を改正する法律の場合(基本法第79条1項):
  „Der Bundestag hat mit Zustimmung des Bundesrates das folgende
  Gesetz beschlossen; Artikel 79 Absatz 2 des Grundgesetzes ist
  eingehalten: 連邦議会は、連邦参議院の同意を得て、次の法律を可決した。
  基本法第79条第2項は遵守されている:“
連邦領域を再編成する法律(基本法第29条)の場合、他の方式も考慮される可能性がある。防衛の際に制定される法律の場合、前述の制定文は想定される立法手続の特殊性を考慮していないため、不適当となる場合がある。

『法形式ハンドブック』110〜111頁

 このように、制定文は法案段階で付され、議会審議の中でも変更があるものです。一方で、GGOと『法形式ハンドブック』では、結語文Schlussformelとされるものについて規定しています。この結語文こそ、大石先生が制定文とされるもの(私は公証文と考えるものですが)にあたるものと言えると考えます。まず、GGOで、「法律の認証及び公布」は次のようになっています。

第5節 法律の認証及び公布
第58条 原本の作成
(1) 主務連邦省は、連邦首相府から法律の成立について通知を受けたときは、直ちに、連邦法律公報編集部に原本の作成を指示する。これに当たっては、議決された法律が主務連邦政府構成員以外の連邦政府構成員により副署されなければならないか否かについて、通知しなければならない。連邦法律公報編集部は、連邦法律公報における法文の構成について責任を負う。
(2) 原本には、法律の題名並びに定められる限りにおいて短縮名及び略称が含まれ、その下に日付が記される。主務連邦省は、最終的な制定文と照応する結語文を書き加える。結語文には、次の各号に掲げる事項が含まれる。
1. 連邦参議院が異議を申し立てた法律については、連邦参議院の権限が守られたこと
2. 基本法第113条に基づく場合には、連邦政府の同意
3. 基本法第138条に基づく場合には、州政府の同意
4. 認証及び公布の命令
(3) 主務連邦省は、所管連邦政府構成員及び、場合によっては、その他の関係連邦政府構成員による法律の副署を求めるものとする。基本法第113条に基づく場合には、法律の原本は、常に連邦財務大臣により副署されなければならない。法律の副署に対しては、連邦政府構成員本人及び連邦政府事務規則第14条の規定により指定された代理のみが権限を有する。
(4) 日付は、認証の際に連邦大統領により原本の題名中及び結語文の後に記入される。結語文の日付の下には、署名及び連邦の大印のための空白を残さなければならない。
(5) 連邦大統領、連邦首相、連邦首相に事故があるときは代理権を有する者、主務連邦政府構成員及び関係連邦政府構成員は、公式の順序で上から下に署名する。
(6) 連邦政府構成員が他の連邦政府構成員に代わって署名する場合には、署名に先立って署名を代理する連邦政府構成員が指名されなければならない。連邦政府構成員が他の連邦政府構成員の職務の遂行を委任されている場合には、「職務遂行の委任による」と書き加える。
第59条 認証
(1) 原本が第58条第1項、第3項及び第5項の規定に基づき連邦政府構成員により副署された場合には、連邦の大印を押印することとし、かつ、原本が複数の頁又は全紙からなるときは、黒・赤・金色の紐を取り付けて、その端を封印で固定しなければならない。原本の連邦首相府への送付に先立って、連邦の大印を最終頁の署名の脇に押印しなければならない。
(2) 連邦参議院により表明された同意にかかわらず法律をその同意を必要としないものとして公布すべき場合には、関係連邦省は、その見解を簡潔に説明しなけれ ばならない。連邦首相府は、連邦首相又は連邦首相に事故のあるときは代理権を有する者による法律の副署を求めた上で、連邦大統領による法律の認証のために原本を連邦大統領府に転送する。
第60条 法律の公布
 連邦大統領府は、連邦大統領により認証された法律を連邦法律公報による公布のために連邦法律公報編集部に送付する。同時に、連邦大統領府は、主務連邦省及び関係連邦省に法律の認証について通知する。連邦法律公報編集部は、公布後に、連邦首相府及び主務連邦省に法律の公布について通知する。原本は、連邦公文書館に移管されなければならない。

GGO 148=149頁

 法形式ハンドブックでは次のようになっています。

12 結語文
12.1 結語文の意義
483 公布の準備が整った法律には、結語文が置かれなければならない。それには、この法律は、基本法の規定に従って施行され、連邦大統領がこれを執行し、公布を命じたと記される。
484 結語文は、以下の情報を含むものとする。
 ▪︎ 連邦参議院が異議を申し立てた法律については、連邦参議院の権限が守られたこと(基本法第77条)
 ▪︎ 基本法第113条に基づく場合には、連邦政府の同意
 ▪︎ 基本法第138条に基づく場合には、州政府の同意
 ▪︎ 認証及び公布命令
485 結語文は、法律が成立した後に追加されるのを例とする。それは、最終的な制定文と一致する必要がある。それは、原本となる法律の版に主務省によって追加される(GGO第58条第2項第2文)。
12.2 個々の結語文
486 基本法第 113 条に基づき、法律が連邦参議院の同意も連邦政府の同意も必要としない場合、結語文は、次のとおりとする。
 連邦参議院の憲法上の権限は守られた。
 上記の法律は、認証される。それは、連邦法律公報に公布されるものとする。
487 その制定文により、法律が連邦参議院の同意を得て成立し、基本法第113条に基づく連邦政府の同意に従わない場合には、結語文は、認証の記述と公布命令のみからなるものとする。
 上記の法律は、認証される。それは、連邦法律公報に公布されるものとする。
488 連邦政府の同意(基本法第113条、手続規則第54条)と連邦参議院の同意の両方が必要な場合、結語文は次のとおりとする。
 連邦政府は、基本法第113条に基づき、上記法律に必要な同意を与えた。
 上記の法律は、認証される。それは、連邦法律公報に公布されるものとする。
489 法が連邦政府のみの同意を必要とする場合(基本法第113条、手続規則第54条)、結語文は次のとおりとする。
 連邦参議院の憲法上の権利は保護された。
 連邦政府は、基本法第113条に基づき必要とされる同意を上記法律に与えた。
 上記の法律は、認証される。それは、連邦法律公報に公布されるものとする。
490 例外として、法律の一部が1つ又は2つの州政府の同意を必要とする場合(基本法第138条:バーデン・ヴュルテンベルク州及びバイエルン州の公証人の制度の改正)、その同意は、認証及び公布命令のすぐ上に以下のように記録されるものとする。
   ...[州の名称] 州政府は、 ... [同意を要する根拠となった法令条文の引用]により基本法第138条で要求される同意を与えている。
491 結語文は、法律の効力を持たない。連邦大統領は結語文を認証し、結語文に対して責任を負う(基本法第82条第1項第1文)。

『法形式ハンドブック』141〜143頁

 ドイツでは、私の考える「制定文」と私は「公証文」とした大石先生が「制定文」と考えるものの二つが法律には付されるということになっていると考えます。大石先生は、この点についてどう考えているのでしょうか。

 5−2 ドイツの法律の施行

 ドイツの法律の施行期日規定について、法形式ハンドブックは次のようにしています。

11.1 施行期日規定
438 施行日により、原則として、対外的効果、すなわち法令の効力が生じる。法律の存在と適用可能性は、これと区別されなければならない。法律は公布により成立する。個々の事実、特定の評価期間、特定の会計年度など、法律の適用可能を決定する時点は、施行日とは異なる場合がある。適用可能性の規定は、このように、むしろ経過的な規定の機能をより有する(段落番号412等.)。法律のすべての規定と同様に、施行日を決定する必要がある。このため、それらは、施行に関する規定と混同してはならない。
439 すべての法律は、施行日を明記するものとする。施行が明示的に定められていない場合、連邦法官報が発行された日の終了後14日目に施行する(基本法第82条第2項第1文及び第2文)。
440 施行日の決定は、規範制定行為の一部である。したがって、それは立法者のみが負う責任である。法律において、連邦政府又は連邦省庁が施行日を決定したり、法律に規定された施行日を延期したりする権限を与えることはできない。
441 施行に関する規則は、第一稿の段階で規定されているものとする。また、立法過程において繰り返し見直されるものとする。
442 原則的に、立法府は施行日を自由に決定することができる。多くの規制は、その実施に準備(例えば付随する施行命令の制定や行政府によりなされる組織的な準備作業など)のための期間を必要とすることを考慮しなければならない。そのような場合には、公布から施行までの間に合理的なリードタイムを設ける必要がある。基本法第72条第3項後段及び第84条第1項第3文に規定する場合、施行日は公布後少なくとも6ヶ月を経過した日とするものとする(段落番号437)。
443 施行期日規定は、新規法律の最後の条に置かれる。これは、施行期日規定が法律全体に適用されることを確実にする唯一の方法である。新規法律が包括法の一部である場合は、この限りではない(段落番号750)。

『法形式ハンドブック』131頁

 ここで見られるように、ドイツでも形式的公布主義により実質的な周知がなされないのではないかという問題については、施行期日規定において施行期日を適切に設定することにより対応していることが分かります。これは、我が国を含め、どの国でも同様であると思います。この点で、憲法や法律で、特に法律で施行期日を規定しない場合の施行期日を定める規定があるとしても、それが原則であるという議論は実務を無視したものであり、実際とかけはなれたものということになるのではないかと思います。

6 イギリス

 6−1 「出席推定の擬制」について

 大石先生は、イギリスでは施行要件としての官報掲載という制度はなく、「多くの法律は国王の同意を得た日に、しかも公的な印刷が入手できるようになる前に、効力をもつ」というS. G. G. Edger, Craies on Statute Law, 7e 1971, p.33の文章を引用しています(270頁)。確かに、「国王の同意を得た日に、しかも公的な印刷が入手できるようになる前に、効力をもつ」法律があることはそのとおりですが、大石先生も述べているように、現在ではそうした法律が多いとはいえないように思います。とするならば、この点を原則とするのは疑問があります。なお、イギリスで官報掲載の制度ができなかったのは、「そこでは、むしろ、国民は法律の可決を立法時の手続きにおいて知ることができるので、ことさらな形式的公布を必要としないから」(270〜271頁)だとしています。その上で、次のように述べます。

あまりにも有名なW .ブラックストーンの一節によると、「イギリスにおける各人は、法的にみると、その代表者を通じて議会に出席し、法律の制定に参与している(39)」とされる。その思考は、さらに時代を遡って見出すことすらできる(40)ので、これによって議会制定法の周知を推定することになる。そのため、「出席推定の擬制(41)」(the fiction of costructive presence)とも名付けられる。

(39)  William Blackstone, Commentaries on the Laws of England, Book. Ⅰ,
    Chapter Ⅱ, 184.
(40) 一四世紀後半には、「代表制による周知」というものが語られている。See
    Carleton K. Allen, Law in the making, 7th ed, 1964, pp.469-470.
(41) これは「法定存在論」と言ってもよい。Gilbert Bailey, The promulgation
    of Law, The American Political Science Review, vol.XXXV,1941, pp. 1061,
    1064

271頁、294頁

 しかし、この点については、疑問があります。そもそも、我が国の法律用語のあり方として、「推定」と「擬制」は、推定は反証が許され、擬制では反証がゆるされないということで区別されています。ここで大石先生は、本文では議会制定法の周知が「推定」されるとしていますが、注(41)ではこれは「法定存在論」だとして擬制と考えているようです。ブラックストーンの説明では、法律の周知に反証を許すようには思えないので「推定」ではなく、「擬制」であろうと思うのですが、いかかでしょうか。また、the fiction of costructive presenceの訳として、出席「推定の擬制」というのでは、意味が通じません。この場合、fictionもconstructiveも擬制を意味するので訳しにくいのですが、逐語的に訳すとすれば「法定出席の擬制」ということになるのではないでしょうか。
 用語の問題はさておき、ここでの問題は、この出席の擬制について、ブラックストーンは、法的な擬制としていますが、本当にそうなのかということです。大石先生がイギリスの制度の特異性が我が国でも早くに知られていたとする例証として注(37)(293頁)で 挙げている「穂積陳重『法律進化論(第二冊)』(一九二四年)二九七頁」のすぐ後に、次のように書かれています。

 ……「ブラッキストーン」は其理由を説明して、
  是れ、法律上より之を觀れば、「イギリス」に於ては、各人は其代表者に依つ
      て議院に參列するを以て、法律制定の當事者なるが故である。("…because
  every man in England in the judgment of law, party to the making of an   Act of Parliament, being present thereat by his representatives "
  Blackstone, Commentaries. 1. ch. 2.)
と云ふて居るが、是は、例の「ブラッキストーン」の修辭的美文の一例であつて、後ちの學者は、其美文の爲か概ね皆な其儘に之を引用して居るが、「法律の判斷に於て」各人は立法の當事者なりとは、少なくとも普通選擧法が存するか、又は一般人民の直接投票(Referendom)に依つて成立した法律に付てのみ之を言ひ得るものである。「イギリス」に於て特別の公布式を要せざる真因は、同國に於ては古來立法の手続が公けなると、法律が事實上輿論に因つて成立すると、(Dicey, Law and Public Opinion in England, Leet, Ⅰ. 参照)人民が虛式を重んぜざるとに在るのであつて、別段公布式を要せずとも、人民が之を知るに毫も差支が無いから、特に形式を整へんが爲に公布機關紙を設けず、「帝室印刷師」(King's printer)をして所用の部数に印行して、之を公私の直接關係者に配布せしめたものである。故に「イギリス」に於て公布式を要せざる理由は、法律上各人が立法當事者である爲めではなく、事實上差支無いからである。若し上掲「ブラッキストーン」の語中「法律上」に代ふるに「事實上」を以てしたならば、寧ろ其真相に近いものであらう。
 「イギリス」に於て法律の公布式を採らずして、關係者に配布するの便法を用ひた理由は、一八〇一年六月一日に於ける上下兩議院の上奏文中に明記してある。
  人民各自に法を知悉せしむべき公布法を設くるの不能事なることは明かであ
  る。掲示又は朗讀に依る公布は、直接關係者以外の者に無視せらる。獨り新法
  を印刷して之を施行又は遵守に直接關係有る者に配布する方法は最も實効有る
  ものとす

故に「イギリス」に於ては、一般人民に對する印刷公布法を用ひずして、特別關係者に對する印刷配布法を採つたものである。(Blaxland, Codex Legum Anglicanarum. p. 192.)
〔引用者注〕太字は、原文では傍点が付されている。

穂積『法律進化論 第二冊』297〜299頁

 このように、イギリスで官報による公布という方式がとられなかったのは、実際上差し支えないということと、そのためにも関係者への周知をしているという事実に基づくものだということです。この点は、次の6−2で述べるように、実務上は、施行期日の設定により周知を図るとともに、6−4で述べるように印刷配布により法律の周知を確保することを原則とし、印刷配布が効力発生に間に合わない場合には関係者への周知を図ることとしていることにも通じています。
 また、官報による公布ということがないとしても、上に述べたように印刷配布はされ、それをもって公布ということもできると考えられます。佐藤功「法令公布の時期(上)」時の法令260号(1957)32頁以下は、イギリスでの法律の公布について次のように書いています。

 次にイギリスの制度はどうであろうか。たとえば、高柳賢三「英米法源理論」によると、イギリスでは公布を要せず、公布は国会制定法の効力発生の要件ではないということが、英法の原則である、といわれている。すなわち、法律は、裁可の時から効力を生ずる。そして、裁可の時とは、上院の書記官長が両院を通過した法案(ビル)に国王による裁可の日附けを附記した時である。この時から法律は効力を生じ、公布を必要としないというのであるから、このイギリス主義は、いわば徹底した擬制であるといえるだろう。
 といっても、イギリスでは公布がまったくないというわけではない。公布は行われる。すなわち、裁可された法律は、印刷局が印刷して公布される。すると、裁可の時と公布の時との間には期間があり、また一方、「法の不知は宥恕いうじょせず(Ignorantia juris neminen excusat)というのが英法でも不文法的原則であるとされるので、特に刑事法の場合には、違反者に酷なことがあり得る。そこで、国会制定法自身、公布の時から効力を生ずると定めるのが適当であるとされ、実際は、このような例が多いといわれている。

37頁

 したがって、法律は、印刷頒布され、また、施行期日の規定の設定をすることで、実際には、出席擬制の原則ということの実質的な修正がなされているというべきで、その点を考慮しなければ、イギリスにおける法律の公布ということの正確な把握とはならないように思います。
 以下では、イギリスにおける法律の公布や施行について、現在のあり方について、見ていきたいと思います。

 6−2 イギリスにおける法律の施行の実務

 大石先生は、上述のように、イギリスでは、法律の施行について、明示の規定がない場合には、法の施行時期は「国王の同意を得た日の午前零時」となるが、現在では施行日について定める法律が多く、その場合には「その指定日の午前零時から施行される」として、次のように書いています。

 したがって、明示の規定がない場合には、法律の施行時点は、国王の同意を得た日の午前零時となる。もちろん、現在では、施行日について定める法律が多く、この場合にはその指定日の午前零時から施行されるわけで、一八八九年「解釈法」(Interpretation Act)の定めるところと(48)なっている。

(48) 同法第三六条二項

272頁、294頁

 まず「一八八九年「解釈法」(Interpretation Act)」は、現在では、Interpretation Act 1978にとって代わられているということがあります。現在、施行の時について定めているのは、次のInterpretation Act 1978 §4 です(legislation.gov. ukからコピーしたもので、配字は適当です。)。

4 Time of commencement.
 An Act or provision of an Act comes into force—
  (a) where provision is made for it to come into force on a particular day, at the beginning of that day;
  (b) where no provision is made for its coming into force, at the beginning of the day on which the Act receives the Royal Assent.

 1978年法は、1978年7月20日制定で、1979年1月1日施行の法律です。初出論文の時に参照できないとしても仕方がないといえます。しかし、40年以上も経過している以上、現在どうなっているかの確認ぐらいはしても良かったのではないかと思います。それでも、いずれにせよ、上記の引用文の内容自体に大きな変更をもたらすものではないとはいえるでしょう。その意味で、上記の記述が大きく間違っているというわけではないのですが、どういう場合に法律の施行日を定めるのかという点でのイギリスでの法律の施行についての実務について、注意を払っていないので、正確なものとなっていないように思います。
 イギリスでは、国の法律案の作成に携わる職員向けに『立法の手引き』Guide to Making Legislationを策定しています。最新版は、2022年版(2022年8月改訂)のものです。とはいえ、ここで問題としていることについて以前のものと大きく変わってはいないように思います。ここで、イギリスでは、政府提出法案(正確には大臣提出法案)は、各省が法案を出すというときには、各省から指示書(instruction)を議会顧問局に出し議会顧問局で法案を起案するのですが、『立法の手引き』では施行期日について指示書でどう書くかを示しています。

9.58 施行〔Commencement〕:指示書は、起草者〔the drafter〕に要求規定の施行に関してどうしたいかを示すものとする。これには様々な選択肢があるが、通常、各省は、次のいずれかの日に規定が施行されることを指定する。
・国務大臣が作成する規則により指定される日。
・法案で指定される暦日。
・法案の国王の裁可の時;又は 
・国王の裁可から始まる指定期間の終了時。
9.59 要求規定が効力を発生する日は、可能な限り、(法案に基づく規則ではなく)法案自体によって決定されるべきである。このことは、規定の影響を受ける者にとってより確実性をもたらし、また、法律を読む者に規則を調べる手間をかけさせずにすむようにする。しかし、各省が規則で開始日を決定できるように柔軟性を必要とすることがしばしばあるという点は認識されている。
9.60  指示書の作成者は、法案/法律の規定の早期施行に関する習律〔the convention concerning the early commencement of provisions in bills/Acts〕を想起するべきである。この習律は、一定の例外を除き、法務総裁等〔Law Officers〕*の同意がない限り、国王の裁可から2か月の期間終了前に法案/法律の規定を施行してはならない、というものである。(統合法案の規定の場合、その期間は裁可後3ヶ月である)。この習律に関する詳細な情報は、司法長官室、スコットランド法務局、LION上の法務総裁等のページで入手することができる。
9.61 各省が指示書で要求する規定を2か月の期間終了前に(法案自体又はそれに基づき制定される規則によるかして)施行することを提案する場合,指示書には,慣例に対する例外のいずれが適用されると考えているか又は例外の適用は考えていないかを明記するものとする。いずれの例外も適用されない場合には、指示書は、早期施行に対する法務総裁等の同意を求める手続のどの段階に到達しているかを起草者に伝えなければならない。
9.62 指示書の作成者は、要求された条項がビジネスに影響を与える場合、その規定は「共通施行日」(すなわち、4月6日又は10月1日)のいずれかに施行されなければならない可能性が高いことにも留意しなければならない。ビジネス・エネルギー・産業戦略省は、共通施行日に関する詳細なガイダンスを発行しており、同省のウェブサイト又はLIONイントラネットサイトからアクセスすることが可能である。
【訳注】Law Officersを「法務総裁等」と訳しています。Law Officersとは、この『立法の手引き』に付されている用語集によれば、「Law Officers - 法務総裁Attorney General、法務次長Solicitor General及びスコットランド法務官Advocate General for Scotlandの総称。イングランド及びウェールズ法務総裁は、職務上当然に北アイルランド法務官でもある。Law Officersの中核的な機能は、法的な問題に助言し、大臣が合法的に法の支配に基づいて活動することを助けることである。」(『立法の手引』332頁)とされています。このLaw Officersを日本語で訳すに当たって、 法務総裁Attorney Generalといった官職の人たちというニュアンスを出すのは直訳では難しいので、ここでは「法務総裁等」と意訳しました。

『立法の手引き』72〜73頁

 このように、イギリスでは、施行に関する習律として、裁可後2ヶ月以上経過をして施行することを原則とし、それより前に施行する場合には、定められた例外となる場合以外は法務総裁等の同意を得ることとして、法的な問題が生じないようにするチェックがあるということになっています。つまり、国民への周知という点で実際上生じうる問題を回避するようになっているということだと思います。イギリスでも法令の周知については施行期日規定を適切に設定することで、問題が生じないようにしています。この点を踏まえなければ、公布と施行に関する制度についての正しい理解とはならないのではないかと思います。 

 6−3 イギリスにおける法律の公証

 この国〔引用者注=イギリス〕では官報登載を法律の施行要件としないことは前述の通りであるから、いわゆる制定文の形式にも、フランス型のそれとは異なる性質があらわれる。まず、両院が可決した法律案は、国王の同意(49)を得て法律となるという制度のもと、大陸諸国にみられる公証行為が、それ自体として表面化することのないのは、当然のことといえる(50)

272 頁

 大石先生は、このように書くのですが、この点は問題があると思います。この点は、公証についての問題としてではなく、立法手続の司法審査の可否という文脈で問題となっています。川﨑政司「立法プロセスの裁判所による統制の可能性と限界」法學研究91巻1号171頁以下(2018)では次のように書かれています。

 例えば、英米においては、議院の自律権(議会特権)が重視され、議事手続については、伝統的に、司法機関である裁判所の審査の対象外とされてきている。すなわち、議会主権を伝統的な基本原理とするイギリスでは、権利の章典(Bill of Rights)が「議会における言論及び討論又は議事手続に関する自由は、裁判所その他の場所において避難され、又は問題とされてはならない」とし、一九一一年議会法(Parliament Act of 1911)三条も「この法律に基づき付与される庶民院議長の証明書については、いかなるものであっても、あらゆる目的のために終局的であり、かつ、裁判所によって問題とされることはない」と規定している。

川崎『立法プロセスの司法による統制の可能性と限界」175頁

 ここでは、議会の立法プロセスの司法審査について論じているためと思われますが、国王の裁可との関係や貴族院の関係などが不明です。しかし、いずれにしても、庶民院議長の証明書が公証の意味を有していることは否定できないであろうと思います。この場合、公証は議会の側が行うということです。この点、大石先生はどのように考えているのでしょうか。

 6−4 イギリスにおける法律の印刷・刊行

 イギリスで、法律が官報による公布ということはないのはそのとおりですが、法律の印刷・刊行はなされています。これは、先に穂積『法律進化論 第二冊』や佐藤功「法令公布の時期(上)」の引用からも明らかでしょう。しかし、大石先生は、イギリスにおける法律の印刷・刊行について次のように書いているだけです。

 さて、官報による印刷公布が法律の施行要件ではないといっても、それは公的な刊行物が全く存在しないという意味ではない。各種の「目録」「索引」などのほか、「現行法規集」がもっとも知られたものといえる。もっとも、その主な狙いは公務員の行政・司法目的に出るものであって、それが原本に代位すると考えるのは疑問とされる。
*注番号は略した。

273頁

 ここでは、制定された法律それ自体の印刷・刊行については論じられていません。本論文の限りでは、イギリスでは制定された法律の「公布」はなく、また、国民に対して効力を有するためには、印刷・刊行が要求されないということにも思えますが、本当にそうでしょうか。田中英夫編代『英米法辞典』(東京大学出版会、1991)のpromulgateの項目は、次のようになっています。

promulgate 1 公布する□イギリスの法律については,国会書記官が原本のコピィをHer Majesty's Stationary Officeに印刷させ,一般人がそれを入手できるようにすることをいう.アメリカでは,個別的な法律のなかでこれについて定められることは,しばしばあるが,憲法にも法律にも一般的な規定はおかれていない.ただし,判例法はpublication*(公示)がなければstatute*(制定法)を強制することはできないと判示している.
 公示する
 宣伝する

『英米法辞典』674頁

 若干古くなってしまったので、必ずしも現在の状況を正確に表しているわけではないようにも思いますが、それでも、イギリスにおいても法律の印刷・刊行が行われていて、官報によるものではないとはいえ、法律を印刷物により公示するということは行われているというべきではないでしょうか。また、このただし書は、イギリスについても当てはまるものかどうかわからないところがありますが、印刷・刊行を行うこととしている以上、その意味で国民への公示が必要と考えられていることは間違いないように思います。
 イギリスの法律の印刷・刊行について、国立国会図書館のリサーチナビでの「イギリス-法令・判例」のページでは、次のように説明しています。

法律は、日本と異なり、国王の批准によって効力を持ちます。制定された法律は小冊子(slip law)として刊行され、後にslip lawを集めた制定順法令集 Public General Acts and General Synod Measures (CG-3-7)がTSO(The Stationery Office)から刊行されます。

 ここで「国王の批准」というのは、'Royal Assent'のことで、本論文では「国王の同意」としているものではないかと思われます。これで分かるように、法律それ自体が法律ごとの冊子として印刷・刊行され、それを集めたものが刊行されています。また、リサーチナビでは、「National Archives (英国公文書館)のlegislation.gov.ukのHPでは、 1988年以降に成立した Public Actsのすべてと、1801-1987年までに成立した Public Actsの一部外部サイトへのリンク 及び1991年以降に成立した Local Actsのすべてと、1857-1990年までに成立した Local Actsの一部外部サイトへのリンク をみることができます。」というようにlegislation.gov.ukでこれらをみることもできることを述べています。
 また、大石先生は、引用文で、公的な刊行物として「現行法規集」をあげています。これは、Statutes in Forceのことかと思いますが、そうだとすると、リサーチナビではこれは「更新が終了しました。」としており、実際、現在では刊行されてはいません。しかし、リサーチナビ自体この点に触れていないという問題がありますが、リサーチナビが制定法をみることができるとしているNational Archives (英国公文書館)のlegislation.gov.ukでは、この現行法規集の1991年の最終更新の版を底本にして、その後の改正を織り込んだもの(Revised Legislation)も提供しています。この意味で、現在では、現行法規集は、印刷物という形ではなく、ネットで提供されているということになります。結局、legislation.gov.ukでは、法律ごとに、制定された法律と制定後の改正を織り込んだ現行の法律との双方を読むことができるようになっているというように思います。詳しくは、legislation.gov.ukのHelp(FAQs)を参照してください。なお、Revised Legislationについては、Guide to Revised Legislation on legislation.gov.ukでの説明もあります。あわせて、参考にしてください。
 なお、この意味で、この「現行法規集」は、その名称からも理解できるように現行の法規の姿を示すというもので、本論文で問題としている法律の制定された形での印刷物というものとは異なるものだということです。つまり、我が国でいえばe-Gov法令検索で示されているようなものだということです。ただ、イギリスの場合には、我が国などとは異なり、一部改正法について、改正法が施行された後も改正法がそのまま存続すると考えられているということがあります。そのため、Revised Legislationとしてlegislation.gov.ukに現行の法律の形で掲載されているのですが、それと併せて、制定時のもの、その後の改正時点ごとのもの(1991年以降のものに限られるようですが。)などがみられるようになっているのです。
 その上で、先述した『立法の手引き』でも、法律の印刷について、次のように書いています。

38 国王の裁可と施行
法律の校正刷り〔Proof prints of Acts〕

38.6 貴族院一般法案室〔The Lords Public Bill Office〕は、法律の印刷物の正確さに責任を有し、法律の校正刷り(the proof prints of the Act)を議会顧問に送付する。校正刷りは、議会顧問〔Parliamentary Counsel〕及び法案チームにより注意深くチェックされるものとする。一般法案室は、多数の校正刷りが必要な場合には議会顧問を通じて早期に通知されるべきである。これらの校正刷りの訂正は、議会顧問を通じて行う。
38.7 全ての訂正が行われた後、その法律は印刷され、正式題名の後に裁可の日付を入れて出版される。法律は、貴族院一般法案室から承認済みテキストを受領した後直ちにPDF形式で、また印刷版が利用可能になると同時にHTML形式で、www.legislation.gov.uk のウェブサイト上で公開される。
38.8 法案の条項が裁可と同時、若しくはその後すぐに実効性があるとする場合、又は他の法案より優先して制定に際しての早期の印刷 / 出版を行うべき理由がある場合は、できるだけ早く議会顧問及び立法業務部に通知するものとする。適切であれば、一般法案室は校正刷りを優先し、及び法制局は承認された本文を受け取り次第、印刷を早める手配をする。
38.9 法律が実効性を有することになる前に出版ができない場合、省庁は、高い関心を有する者又はその代表する者に関連する条の最終的な条文を周知させるものとする。

『立法の手引き』276頁

 ここで分かるように、イギリスにおいては、法律の印刷・出版に関して、法律の周知について配慮する実務が行われています。このような実務を考慮に入れないでイギリスにおける法律の公布や周知について論じるのは問題があるように思います。

7 アメリカ合衆国の法律

 7−1 アメリカ合衆国の法律の制定に関する法制度

 大石先生は、アメリカ合衆国については、公布を法律施行の要件としないことがイギリスと同様であるとし、憲法上の法律の制定手続について紹介した上で、制定文の形式について定める法律について説明するにとどめています。しかし、アメリカ合衆国においては、法律で、promulgation(これをどう訳すかは後述のように問題があります。)、法律の印刷、スリップ・ローslip law・制定法律集Statute at Large・合衆国法典U.S.Codeなどの証拠能力などについて定めており、こうしたことを見なければ、アメリカ合衆国の法律の公布・施行について論じることはできないのではないかと思います。
 まず、合衆国法典U.S.Codeのタイトル1一般規定の第2章から関連箇所の本文のみを見てみましょう。

CHAPTER 2—ACTS AND RESOLUTIONS; FORMALITIES OF ENACTMENT; REPEALS; SEALING OF INSTRUMENTS第2章ー法律及び決議;制定の手続;廃止;文書の印章
§101. Enacting clause 制定文

 すべての連邦議会制定法の制定文は,次のようにしなければならない.“ 連邦議会に集会したアメリカ合衆国の元老院及び代議院により制定される.〔Be it enacted by the Senate and House of Representatives of the United States of America in Congress assembled.〕”
§102. Resolving clause 決議文
 すべての両院合同決議の決議文は,次のようにしなければならない.“連邦議会に集会したアメリカ合衆国の元老院及び代議院により決議される.〔Resolved by the Senate and House of Representatives of the United States of America in Congress assembled. 〕”
§103. Enacting or resolving words after first section 最初の条より後の制定及び決議の文言
 すべての制定及び決議の文言は,連邦議会制定法及び連邦議会決議の最初の条以外のあらゆる条において用いられてはならない.
§104. Numbering of sections; single proposition 条の番号付け; 単一主題
 各条は,番号をふられなければならず,できる限り定める内容が単一の主題となるようにしなければならない.
§105. Title of appropriation Acts 〔略〕
§106. Printing bills and joint resolutions 法案及び両院合同決議案の印刷
 連邦議会の各院におけるあらゆる法案又は両院合同決議案は,当該法案又は決議が一院を通過したときには,印刷されなければならず,当該印刷をされたものは,それぞれ浄書法案又は浄書決議案〔engrossed bill or resolution〕と呼ばれなければならない.前記の浄書法案又は浄書決議案は,下院書記官長〔the Clerk of the House〕又は上院事務総長〔the Secretary of the Senate〕により署名され,他院に送付され,その形式においてその院及びその職員により扱われ,もし通過した場合には,前記の書記官長又は事務総長により署名をされた上で返付されなければならない.当該法案又は両院合同決議案が両院を通過したときには,それは印刷されなければならず,そのときには,それぞれ登録法案又は登録決議〔enrolled bill or resolution〕と呼ばれなければならず,及び両院の議長職にある者〔the presiding officers of both Houses〕により署名され、及び合衆国大統領に送付されなければならない.会期の最後の六日間は,法案又は両院合同決議の当該浄書又は登録は,連邦議会が両院共同決議により定める命令に基づいて,上記とは異なるようにすることができる.
§106a. Promulgation of laws 法律の公布
 法案,命令,決議又は上院及び下院の投票が,大統領により受領され,又は大統領の拒否により返付されることがなかったことにより,法律となり,又は効果を生じたときは,それは,直ちに大統領から合衆国公文書官〔the Archivist of the United States〕に送付されなければならない.さらに,法案,命令,決議又は投票が大統領の拒否により返付され,かつ,再議に付され,連邦議会の両院の三分の二以上により可決され,法律となり,又は効果を生じたときは,最後に可決した議院の議長から合衆国公文書官(The Archivist of the United States)に送付されなければならない.彼は,注意して,原本を保存しなければならない.
§106b. Amendments to Constitution 〔略〕
§107. Parchment or paper for printing enrolled bills or resolutions 登録された法案及び決議の印刷のための羊皮紙及び紙
 連邦議会のいずれかの院の登録された法案及び決議は,印刷に関する合同委員会によって適切な質として定められた質を有する羊皮紙又は紙に印刷されなければならない.
§108. Repeal of repealing act 〔略〕
§109. Repeal of statutes as affecting existing liabilities 〔略〕
§110.  Saving clause of Revised Statutes 〔略〕
§111. Repeals as evidence of prior effectiveness〔略〕
§112. Statutes at Large制定法律集; 内容; 証拠としての許容性
 合衆国公文書官は,合衆国制定法律集を編綴し,編集し,索引を付し,刊行しなければならない.合衆国制定法律集は,連邦議会の各通常会期に制定されたすべての法律及び共同決議〔concurrent resolutions〕,大統領による布告で連邦議会の次の通常会期の開始の日以前に発せられ一連の番号を付されたもの,同日以前に提案され憲法第Ⅴ条により承認を得た合衆国憲法のあらゆる修正についてこのタイトルの106b条の規定に従って合衆国公文書官が発する証明を付したものを登載するものとする.連邦議会の特別会期の場合には,合衆国公文書官は,前述の特別会期中に制定されたすべての法律及び共同決議を,次の通常会期における巻の内容の一部として,統合整理し,刊行しなければならない.合衆国制定法律集は,合衆国並びにいくつかの州,連邦領及び合衆国島嶼領土のすべての裁判所において,そこに登載された法律,共同決議,条約,条約以外の国際協定,大統領による布告,提案され承認を得た合衆国憲法の改正の適格な証拠〔legal evidence〕となるものとする.
§112a. United States Treaties and Other International Agreements; contents; admissibility in evidence 〔略〕
§112b. United States international agreements; transmission to Congress 〔略〕
§113 "Little and Brown's" edition of laws and treaties; slip laws; Treaties and Other International Acts Series; admissibility in evidence法律及び条約の"リトル・アンド・ブラウンズ”版; スリップ・ロー;条約及び他の国際法シリーズ; 証拠としての許容性
 リトル・アンド・ブラウンにより刊行された合衆国の法律及び条約の版,並びに合衆国公文書官の権限により発行されたスリップ形式又はパンフレット形式の法律並びに国務長官の権限により発行された条約及び他の国際法シリーズ条約は,すべてのコモンロー,及びエクイティ,及び海事の裁判所,並びに合衆国,及びいくつかの州のすべての審判所及び官庁において,それ以上の証明又は認証を要せずに,
それぞれに含まれている連邦議会のそれぞれ一般及び個別法律〔the several public and private Acts of Congress〕,並びに条約,条約ではない国際協定,並びに当該条約及び国際協定の大統領による布告の 証拠能力のある証拠〔competent evidence〕とするものとする.
§114. Sealing of instruments 〔略〕

 以上のほか、タイトル1の第3章は、U.S.Codeについて規定しています。
 制定法の印刷などについては、タイトル44の公共的印刷及び文書〔PUBLIC PRINTING AND DOCUMENTS〕にあります。その第7章は、「議会の印刷及び製本〔CONGRESSIONAL PRINTING AND BINDING〕」について規定し、法案などの議会関係の文書の印刷に規定しています。このうち、制定法の印刷についての条文を示します。

§709. Public and private laws, postal conventions, and treaties.一般法律及び個別法律,郵便協定並びに条約
 政府出版局長(The Director of the Government Publishing Office)は,スリップ形式で一般法律及び個別法律,郵便協定並びに条約を印刷し,印刷及び製本の議会の割当てを充たさなければならない.印刷に関する合同委員会は,部数及び配付を監督しなければならない。
§710. Copies of Acts furnished to Director of the Government Publishing Office.政府出版局長に供給される法律
 合衆国公文書官は,すべての法律及び両院合同決議の謄本を一部,大統領によって承認された後又は憲法に基づく法律により承認なしで法律となった後できるかぎりすぐに,政府出版局長に供給しなければならない.
§711. Printing Acts, joint resolutions, and treaties.法律,共同決議及び条約の印刷
 政府出版局長は,合衆国公文書官から法律又は両院合同決議の謄本を,国務長官から条約の謄本を受領したときには、正確な謄本を印刷し,及び重複があるときは場合に応じて合衆国公文書官又は国務長官に改訂のために移送しなければならない.重複の改訂がされたものの一つが返却されたときには,注意深く校正を行い,及びこのタイトルの§709により定められた部数を印刷しなければならない.

 また、このタイトル44では、第17章で「公文書の配付及び販売〔DISTRIBUTION AND SALE OF PUBLIC DOCUMENTS〕」、第41章で「連邦電子情報へのアクセス〔ACCESS TO FEDERAL ELECTRONIC INFORMATION〕」といったことも規定しています。
 以上のことから、アメリカにおいては、法律が成立した時にその法律を大統領ないし最後に可決した議院の議長が合衆国公文書官(The Archivist of the United States)に送付するとされ、合衆国公文書官はその法律を原本として保存するということになります。これを1USC§106aではPromulgation of laws と見出しを付していますが、上記では 「法律の公布」と訳しています。これは、“promulgate”が先に見たように英米法辞典では「公布する」としているからです。しかし、§106aを見る限り我が国で「公布」ということで観念されることとは異なるので、この訳でいいかは問題です。大石先生は、フランス語のpromulgationを「公証」としているように、公証とするべきかもしれません。しかし,公証というと、3で述べたように①法令の合法的成立の確認と②法令原本の確認との2つの行為がありますが、ここでは法律の原本の成立とその保存が規定されているだけなので、②の意味があるとしても、①の意味はないので、「公証」という訳にもしにくいように思います。ここでは、法律の原本が成立し、その原本に国民がアクセスすることができるようになったということではあると思います。そのうえで、44USC§710により合衆国公文書官は、そのcopiesを政府出版局長に送付し、44USC §711により政府出版局でそのコピーを一法律一冊子のスリップ・ローとして印刷することとされています。
 一方、このスリップ・ローは、1USC§113により、法律についての “competent evidence” となると規定されています。 “competent evidence” とは、英米法辞典によれば,「証拠能力がある証拠□訴訟における争点の判断に役立つとして許容される証拠.Admissible evidece*と同義.」とされています。また、このスリップ・ローを会期毎にまとめたものがStatute at largeですが、これは1USC§112により、法律についての “legal evidence”となると規定されています。 “legal evidence”とは、英米法辞典によれば,「適格な証拠□広くAdmissible*(許容性のある)な証拠をさす. また、係争事実を合理的,実質的に証明するような証拠というニュアンスでも用いられる.」とされています。なお、U.S.Codeについては,
1USC§204(a)が次のように定めています。

§204.Codes and Supplements as evidence of the laws of United States and District of Columbia; citation of Codes and Supplements 合衆国及びコロンビア特別区の法の証拠としての法典及び追録;法典及び追録の引用
 国内及び国外のいずれにおける合衆国,コロンビア特別区,及び各州,準州又は合衆国島嶼領土のすべての裁判所,法廷及び公的機関において,
 (a)合衆国法典〔United States Code〕.―合衆国の法律の法典のその時点における現行の版において示されている事項は,その時点における現行の追録があればそれと併せて,その立法が含まれている会議期の次の会議期の開始の前日において効力を有し,かつ,それらの性質において一般的かつ恒久的である合衆国の法律を推定する証拠となる〔establish prima facie〕.ただし,当該法典のタイトルが実定法として〔再〕制定されている場合には〔whenever titles of such Code shall have been enacted into positive law 〕,合衆国,いくつかの州,連邦領及び島嶼領土のすべての裁判所において,その条文は,そこに含まれている法律についての適格な証拠とされなければならない〔 the text thereof shall be legal evidence of the laws therein contained〕.

1USC§204(a)

このうち“prima facie”については、英米法辞典は第1の意義として,「一応の,(反証のないかぎり)推定できる」という意義をあげています。ただし書の “enact”の訳として「〔再〕制定」するとしていますが、この場合、一度制定法となった規定をU.S.Codeに編集した後で、タイトルごとに再度制定するというものなので、“enact”という語には「再」の意味はないのですが、上記のように訳しています。
 このように見てきますと、アメリカでは制定法の正文性というよりも、法律の規定の証拠力ということで考えているということだと考えられます。また、現行法の形を示すU.S.Codeも〔再〕制定されれば、制定法律集と同等の証拠となります。
 最後に制定文について書いておきます。上記のように1USC§101で制定文について規定していますが、これは大石先生が「連邦法律の制定文の形式については、一九四七年七月三〇日の法律の定めるところ」(273頁)としているものと同じものを指しています。この場合、実際に法案をみてみれば、法案段階でこの制定文が付されていることが分かります。

 7−2 アメリカ合衆国の法律の公証

 7−1で見たように、アメリカ合衆国の連邦法律の公証については、法律に規定されていません。また、憲法でも法律の公証を規定していません。しかし、判例により法律の公証というべきものが認められています。
 フィールド対クラークField v. Clark, 143 U.S. 649(1892)のアメリカ連邦最高裁判所判決で示されたものです。この事件では、マーシャル・フィールド社その他の輸入業者は、1890年10月1日の関税法について,当該法律の登録法案として両議院の議長により署名され、大統領が承認し、国務長官に送られたものは、連邦議会によって可決された法案にあったある1条を省略しており、そのことは、議会の権限で印刷される連邦議会議事録,委員会報告その他の文書に基いて証明できると主張していました。しかし、最高裁は,これを認めず、“登録法案”にした両院議長の署名は、憲法の要件に従って法律が制定されたことの「完全かつ決定的な証拠」であり、連邦議会議事録又は他の証拠によりこれを覆すことはできないと判決しました.それは,次のように述べています。

 The signing by the Speaker of the House of Representatives, and by the President of the Senate, in open session, of an enrolled bill, is an official attestation by the two houses of such bill as one that has passed Congress. It is a declaration by the two houses, through their presiding officers, to the President, that a bill, thus attested, has received, in due form, the sanction of the legislative branch of the government, and that, it is delivered to him in obedience to the constitutional requirement that all bills which pass Congress shall be presented to him. And when a bill, thus attested, receives his approval, and is deposited in the public archives, its authentication as a bill that has passed Congress should be deemed complete and unimpeachable.
 登録法案への、公開の会議において、下院議長及び上院議長によりなされる署名は、連邦議会を通過したものとしての当該法案の両院による公式の認証である。これは、両院が議長職を通じて、大統領に、このように認証された法案が、正式に、政府の立法府の承認を受けたこと、及び議会を通過したすべての法案は大統領に事前に送付されなければならないという憲法の要件に従って大統領に送付されることを宣言するものである。そして,法案が,このように認証され,大統領の承認を受け,そして公式のアーカイブに寄託されたときには,議会を通過した法案としてのその公証が完全かつ決定的であるとみなされるべきである。

143 U.S. 649,672

 このように、アメリカでは、両院の議長の署名が法律が連邦議会を通過したことの公証であると、判例上認められています。これは、制定文による公証ということとも異なるものかという疑問もあります。いずれにせよ、大石先生はこの判例理論について論じていません。この点についても見解を示していただきたいと思います。

8 日本の公布法制について

 8−1 公文式

 大石先生は、日本の公布法制について、明治初期から論じていきます。そこでは、官報創刊以前から始まり、官報創刊を経て、我が国の近代的公布制度がほぼ確立したことについて述べます。その上で、公文式(明治19年勅令第1号)の制定について論じています。
 しかし、大石先生は、公文式が、それまでの異時施行制を継続したことと、法律・勅令・閣令・その他を区別して法令の形式を定めていることについて述べるのですが、「公布再考」という論文であるにもかかわらず、なぜか公布の根拠規定について論じることはしていません。この点は、後述するような上諭についての不正確な記述にもつながります。公文式について、それに付されている上諭から第3条までを示します。

   勅 令
朕法律命令ノ格式ヲ制定スルノ必要ヲ認メ茲ニ公文式ヲ裁可シ之ヲ公布セシム

  御 名  御 璽

    明治十九年二月二十六日                              内閣總理大臣伯爵伊藤博文
勅令第一號
  公文式
   第一 法律命令
第一條 法律勅令ハ上諭ヲ以テ之ヲ公布ス
 法律ノ元老院ノ議ヲ經ルヲ要スルモノハ舊ニ依ル
第二條 法律勅令ハ内閣ニ於テ起草シ又ハ各省大臣案ヲ具ヘテ内閣ニ提出シ總テ内
 閣總理大臣ヨリ上奏裁可ヲ請フ
第三條 法律勅令ハ親署ノ後御璽ヲ鈐シ内閣總理大臣之ニ副署シ年月日ヲ記入ス其
 各省主任ノ事務ニ屬スルモノハ内閣總理大臣及主任大臣之ニ副署ス

 公文式第1条により法律及び勅令は「上諭ヲ以テ」公布することが定められています。この場合、上諭は、公文式に付されている上諭が「茲ニ公文式ヲ裁可シ之ヲ公布セシム」としていることから分かるように、天皇が裁可し、そして公布を命じることを宣言するものです。この場合、公文式は、大日本帝国憲法制定前であることから、天皇が法律勅令を制定する権限があることを明らかにするとともに、法律勅令の制定の手続をも定め、その上で公布を命じるものであるということを示していると思います。この意味で、上諭は制定権者が制定を宣言する制定文でもあり、公証の意義を有するとともに、公布を命令する文書であるということになります。したがって、大石先生もお書きになっているように、上諭は制定文の意味を有しており、上諭を単なる公布文と考えるのは誤りだと思います。なお、上諭は公文式制定前の法令についても出されることがありました。例えば、明治6年の地租改正条例(明治6年太政官布告第272号)の際の上諭があります。ただ、公文式制定前の上諭は、重要法令について、当該法令に付されるというよりもあわせて出されているというもので、その趣旨に従って当該法令を頒布し、その適切な執行を求めるというものです。この段階では、法を制定するということの宣言の要素はないように見えます。天皇が法を制定する主体という位置付けが明確ではなかったからではないかと思います。
 ところで、この公文式に付された上諭は、「朕法律命令ノ格式ヲ制定スルノ必要ヲ認メ」とあり、この公文式の制定の動機というか趣意というかを述べています。趣意を示すということは、上述の地租改正の上諭でも見られます。しかし、このような上諭を付されるのは公文式制定の前後を問わず、重要なものに限られ、このような上諭が付されるものは少ないといえます。また、大日本帝国憲法制定後は、上諭が帝国議会の協賛にかからないものであることから、法律の上諭でその制定の趣意について述べることはなくなります。公文式制定後の法律として、明治19年8月13日付官報に掲載された登記法(明治19年法律第1号)について、上諭から題名までは次のようになっています。この点については、後で引用するように、美濃部達吉先生が書いています。

朕登記法ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム
  御 名 御 璽
    明治十九年八月十一日
                                                                      内閣總理大臣伯爵伊藤博文
                         内 務  大 臣伯爵山縣有朋
                         大 蔵  大 臣伯爵松方正義
                         司 法  大 臣伯爵山田顯義
法律第一號
  登記法

 このように大日本帝国憲法制定前に公文式により法律に付されることとなった上諭は、通常「朕〇〇ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム」というものでした。この時期の法律で、上諭に趣意を書いたものは、後で引用する美濃部先生の文章にあるように、市制町村制(明治21年法律第1号)に付されたものが挙げられます。それは、次のようになっています。

朕地方共同ノ利益ヲ發達セシメ衆庶臣民ノ幸福ヲ增進スルコトヲ欲シ隣保團結ノ舊慣ヲ存重シテ益之ヲ擴張シ更ニ法律ヲ以テ都市及町村ノ權義ヲ保護スルノ必要ヲ認メ茲ニ市制及町村制ヲ裁可シテ之ヲ公布セシム

 8−2 大日本帝国憲法

 大石先生は、公文式について述べた後、法典論争のため施行延期となったいわゆる旧法例(明治23年法律第97号)を経て、法例(明治31年法律第10号)が制定され、法律について同時施行制となることになったことを述べています。
 ここでも不思議なのは、大日本帝国憲法が明治22(1889)年に制定されたことは触れられていますが、その憲法で立法権や法律の公布について定めていることについては全く触れていないことです。3で引用した加藤先生の記述にもあるように、公布を論じる以上、この点は重要なところだと思います。大石先生は、憲法学の泰斗であり、大日本帝国憲法以前に遡って公布について論じているのですから、当然、この点についても論じることになるではないかと思うのですが、なぜか論じられていません。
 したがって、大石先生がどのようにお考えなのかわからないのですが、大日本帝国憲法の第5条と第6条を掲げます。

第五條 天皇ハ帝國議會ノ協贊ヲ以テ立法權ヲ行フ
第六條 天皇ハ法律ヲ裁可シ其ノ公布及執行ヲ命ス

 この第5条から、あくまで立法権は天皇にあり、帝国議会は協賛するだけのものであるということになります。この点については、憲法学上、議論があります。しかし、公布という観点からみると、立法権はあくまで天皇にあり、帝国議会はその協賛機関であるということを前提としていることはいえると思います。というのも、上諭では、天皇が帝国議会の協賛を経た法律を裁可したことにより法律の制定がなされたことが宣言され、そのうえで公布が命じられているからです。帝国議会が立法権を有さず、天皇のみが立法権を有しているということは、上諭が、先に見た日本国憲法下の制定文や諸外国の制定文とは異なり、法案段階で付され議会の審議の対象となるものではないということからも理解できます。この点について、大石先生はどのようにお考えなのでしょうか。
 公文式は、大日本帝国憲法制定後も引き続き効力を有していることになります。ただし、大日本帝国憲法の制定を承けて、上諭は次のように変わっています。第1回帝国議会で審議され、制定された法律は次のようになっています。

朕帝國議會ノ協賛ヲ經タル特別輸出港規則追加ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム
  御 名  御 璽
   明治二十三年十二月二十六日
                   内閣總理大臣 伯爵山縣有朋
                   大 蔵     大 臣 伯爵松方正義
法律第百七號
特別輸出港規則追加
明治二十二年七月法律第二十號ヲ以テ定メタル特別輸出港中ニ釧路國釧路ヲ加フ

 ここでは、大日本帝国憲法の規定を承けて、帝国議会の協賛を経ていることを述べ、その上で裁可をし、公布を命ずるという上諭になっていることがわかると思います。この点について、末弘厳太郎・田中耕太郎編『法律學辭典 第四巻』(岩波書店、1936)の「法律」の項(清宮四郎執筆)で、大日本帝国憲法下の法律の公布について、次のように説明しています。

 (1)公布 裁可によつて法律は成立して法律制定手續は完了するが、いまだ外部に向つて表示されぬから國民はこれを知るに由なく、そこで法律が國民を現實に拘束するためには更にそれが一般に公布され、且つ施行される必要がある。公布とは成立した法律を一般に表示する行爲をいふ。法律が國民を拘束し得る力そのものは既に裁可と共に存在し、公布によつて始めて生ずるのではない。公布は唯國民を現實に拘束するための一要件に過ぎない。且つ又、公布は近代の法律については汎く行はれる現象であるが、法がその拘束力を實働的ならしめるための必須の要件ではなく往時の法には公布されずに直ちに現實に國民を拘束したものも随分存したのである。公布を命ずるのは天皇の大權に屬し(憲六條)、命を承けて公布の任に當るのは内閣總理大臣である(内閣所屬部局及職員官制二條)。公布は帝國議會の次の會期迄に官報を以てこれを行ふ(議院法三二條、公式令一二條)。公布に當つては上諭を附し、それには帝國議會の協賛を經た旨も記載し、親署の後御璽を鈐し、内閣總理大臣年月日を記入してこれに副署する(公式令六條)。即ち、天皇の御裁可と公布を命ずる行爲とは形式的手續上は同時に行はれるのである。

『法律學辭典 第四巻』1480頁

 したがって、上諭は、法律については、天皇が裁可したことにより制定され、そして公布を命ずるというものであるということです。そして、上諭は帝国議会の通過後に、天皇が付すことになります。つまり、上諭は帝国議会の審議の対象となっておらず、帝国議会の協賛を経たものではないということになります。美濃部達吉『逐条憲法精義 全』(有斐閣、1927)では、大日本帝国憲法に付された「上諭」について解説する中で次のように説明しています。

(一)大意 總て法律でも勅令でもその公布に當つては常に本文の前に上諭(Preamble, Eingangsformel)を附して公布せらるゝのが例で、公式令(明治四十年勅令第六號)にも帝國憲法の改正を初め、皇室典範の改正・皇室令・法律・勅令・國際條約等總て『上諭ヲ附シテ之ヲ公布ス』と明言して居る。此等の上諭の中には、或は單に『朕何々ヲ裁可シ之ヲ公布セシム』とあるに止まつて居るものも有り、或はその法律や勅令などの制定の趣意を明にする爲の文句を含んで居るものもある。前者が通例で、後者は唯特に重要な法規に付いて稀にその例が有るばかりである。例へば明治二十一年四月に始めて市制町村制が公布せられたとき、大正六年に臨時外交調査會が設置せられたときの如きは、その上諭に制定の目的を説明する文句が附せられた稀な事例である。唯憲法實施の後は總て法律には議會の協賛を要するものとなり、而して上諭は法律の公布に付いての大權の作用として行はるゝもので、議會の協賛を經るものではないから、法律には假令上諭の中にその制定の目的を説明したとしても、それは議會の協賛を經ないもので、随つて法律としての効力を生じ得ないものであることの結果として、憲法實施後に於いては、法律には嘗て上諭の法律の趣意を説明する字句を加へられた實例を見ない。之に反して憲法自身は皇室典範と共に議會の協賛に依らず専ら天皇の大權に依つて欽定したまうたところであり、而もその規定するところは國家の根本法としてその重要さに於いて他に比類を見ないものであるから、その上諭も他に例を見ない程の長文であり、荘重の字句を以て制定の趣旨を明にして居る。それは憲法の本文と同様の効力を有するもので、殊に憲法の施行時期は本文の中には規定せられず、上諭に依つてのみ定められて居る。

美濃部『逐条憲法精義』51〜53頁

 8−3 公式令

 大石先生は、公式令(明治40年勅令第46号)の制定に関して次のように書いています。

 注目すべきは、各種公文に「上諭」を付すこととされている点で、法律については「帝国議会ノ協賛ヲ経タル旨ヲ記載シ親署ノ後御璽ヲ鈴シ、内閣総理大臣年月日ヲ記入シ之ニ副署シ又ハ他ノ国務大臣若ハ主任ノ国務大臣ト倶ニ之ニ副署ス」(六条二項)とされた。先にみた諸国の例に比べれば簡単であるが、いわゆる制定文に相当するものが「上諭」中に含まれていたわけである。

283頁

 まず、引用文中の「御璽ヲシ」(太字は引用者)とあるのは「御璽ヲシ」(太字は引用者)の誤りです。なお、初出論文では正しく書かれていました。その上で、この箇所は正確ではないように思います。上諭については公式令で付されるようになったのではありません。先に述べたように公文式(明治19年勅令第1号)で既に法律と勅令についての上諭は規定されています。また、先述したように「帝国議会ノ協賛ヲ経タル旨」を記載するようになったのは、すでに大日本帝国憲法制定後に公文式の下で行われるようになっていたのであり、公式令はその実務を引き継いだもので、公式令によってはじめてこのようになったというものではありません。
 さらに、「各種公文に「上諭」を付す」とされていますが、上諭を付すのは、憲法改正、皇室典範改正、法律、勅令といった天皇が制定権者である法令に限られます。閣令や省令には、当然のことながら、上諭は付されません。引用文の限りでは、すべての公文に付されるように誤解されかねません。
 上記引用文で、「法律については「帝国議会ノ協賛ヲ経タル旨ヲ記載シ親署ノ後御璽ヲ鈐シ、内閣総理大臣年月日ヲ記入シ之ニ副署シ又ハ他ノ国務大臣若ハ主任ノ国務大臣ト倶ニ之ニ副署ス」(六条二項)とされた」ことから「いわゆる制定文に相当するものが「上諭」中に含まれていたわけである。」としていますが、これも正確ではありません。先にも述べたように法律は天皇の裁可によって制定されるので、「裁可シ」としていることが制定を示しているのであって、「帝国議会ノ協賛ヲ経タル旨ヲ記載シ」というのは、法律の制定が憲法の定める手続を経たことを示しているにすぎません。逆に、大日本帝国憲法制定前の法律に付された上諭であっても、勅令に付された上諭であっても、「裁可シ」とあるので、制定文の意味を有することになるというべきです。

9 現行憲法下での法令の施行について

 9−1 命令の補充的な施行期日の欠如

 大石先生は、日本国憲法制定に際し公式令が廃止され、その結果、公布に関する法的な根拠がなくなったことを述べます。そして、政令以下の命令についての補充的な施行期日の規定がなくなったことを問題にします。この結果、「現行法において政令その他の命令にかんして補充的な施行期日は不明であると考えるほかあるま(87)」(283頁)とし、この注(87)では「この点をはっきり述べるものして林 修三『法令作成の常識(第二版)』(日本評論社、一九七五年)一八八頁。」(298頁)としています。しかし、林修三氏の『法令作成の常識』(私の手元にあるのは、奥付に「1998年6月20日 第2版19刷発行」とあります。)188頁は次のようになっていて、「現行法において政令その他の命令にかんして補充的な施行期日は不明であると考える」ということを「はっきり述べ」ているとは思えません。大石先生が参照したものと私が参照したものが違う可能性もあるので、一概に問題であるとは言いませんが、疑問があったので、述べておきます。

       二 施行期日に関する規定について
 法令は、制定手続を完了することによって、その内容は、確定されて動かし難いものになるが、法令が法規範としての力を実現するためには、それが公布された上、施行されることを必要とする。
 法例第一条には、法律の施行期日について、異なる規定のない限り、公布の日から起算して満二〇日を経た日から施行する旨の定めがあり、最高裁判所規則および会計検査院規則にも、同趣旨の規定がある。また、地方公共団体の条例、規則および各委員会の制定する規則にも、右の満二〇日を一〇日と置き換えただけの同趣旨の規定がある(地方自治法一六条)。そこで、これらの法形式については、必ずしも個々の法令ごとに施行期日を定める必要はないわけであるが、実際問題としては、近頃出るこの種の法令で個別的に施行期日を定めていないものはほとんどないといってよい。政令、府省令、外局の規則、人事院規則などについては、現在、施行期日に関する一般的な準則規定がないから、もちろん、個別的に施行期日に関する定めを置く必要がある。なお、法律の施行期日だけを定める政令にはその政令の施行期日の定めを置かないことについては前述した(第三章第五参照)。

林『法令作成の常識』188頁

 大石先生は、その上で、公式令廃止を受けて、次官会議了解が成ったとして、この次官会議了解を次のように引用しています。

 公式令は、五月三日を以て廃止されるが、これに代わるべき法令は差し当っては制定しないので、公文の方式等については、当分の間左の通りに取り扱うこととする。
 一 日本国憲法第七十四条の規定による主任の国務大臣の署名及び内閣総理大臣の連署は、当該法律又は政令の末尾にこれをすること。
 二 法律又は政令の公布は、前号の署名及び連署のあるものに公布書を附してこれをすること。
 三 総理大臣(ママ)又は省令の形式については、従前の閣令又は省令の例にすること。
 四 政令、総理庁令及び省令には必ず施行時期を定めること。(公式令第十一条の規定に相当する根拠規定がないから)
 五 法令その他公文の公布は、従前の通り官報を以てすること。
 (第六号・第七号は省略)

284頁

 ここで、第3号に「総理大臣(ママ)」とあります。この次官了解の引用は、298頁注(89)により、内閣官房編『内閣制度九十年資料集』(1976)693頁によっているとのことなので、同書の記述に基づくものということであろうと思います。しかし、この場合、この資料しか参照できないとか、「総理大臣(ママ)」となっていることについて議論をするとかならば別ですが、容易に正しくは「総理庁令」であることが分かるのになぜこのように引用するのか分かりません。というのも、298頁注(89)の前の注(88)で参照している佐藤達夫「公文方式法案の中絶」レファレンス72号2頁以下(1957)で確認することができる(同10頁)のです。ここでは、当該文書の内容が分かればよく、というよりも内容が分かることに意味があると思いますので、「総理庁令」と引用すればよいのではないかと思います。また、この文章の文末が「例にること。」(太字は引用者)となっていますが、これも正しくは「例にること。」(太字は引用者)です。これも『内閣制度九十年資料集』の問題なのかとも思いますが、引用文のままでは意味が通りません。佐藤論文で正しいものが出ています。これもこちらで引用するべきではないでしょうか。
 大石先生は、この次官了解の第4号について、次のように書いています。

 この了解事項第四号が、政令その他の命令の施行時期の問題に対するひとつの対応策とも考えられる。しかし、右の次官会議了解の線に沿った実務慣習を不文法の淵源であると判定することができるか、また政令その他がとくに施行時期の規定を設けなかった場合は法的にどう考えるかなど、疑問の余地はやはり広いとみなくてはならない。

284頁

 「次官会議了解の線に沿った実務慣習を不文法の淵源であると判定すること」が必要となるのは、どういう場合でしょうか。「必ず施行時期を定める」以上、この実務が続いている限り、それが不文法の淵源であるかどうかが問題となることがないように私には思われます。どういう場合に問題となるのか、ご教示いただきたいと思います。また、全ての命令に施行期日の規定を置くとする実務は、誤ることが考えにくく、実際上問題が生じることはないという面もあります。
 「また政令その他がとくに施行時期の規定を設けなかった場合は法的にどう考えるか」という点です。これについては、佐藤達夫編『法制執務提要<新版>』(学陽書房、1961)331頁で「実際問題としては、個々の政令、省令等において、原則として、その施行期日をそれぞれ定めているから、無理に解釈をきめる実益もないが、もしそういう例があれば、一般には、恐らく公布の日から施行するものと解すべきであろう。」と述べているものがあるくらいで、あまり論じられていないようです。この点については、同書にもあるように論じる実益はないようにも思いますが、この場合、そもそも公式令第11条に代わる規定がないのですから、施行時期についての補充的規定は存在しないと端的に考え、つまり、政令その他の命令に施行期日の規定がない場合にはその政令その他の命令は公布されても施行されないという立法の過誤となるということではないかと、私は思います。大石先生も不明であるとしているのですから、結局施行されないということになるのではないでしょうか。この場合、「不明である」というのは、解釈で施行期日を決めるとお考えなのでしょうか。しかし、そうだとすると、施行期日規定がない場合に特に正誤等の是正措置をとる必要はないということでしょうか。この場合、施行期日の規定がないと考えるにせよ、施行期日が不明と考えるにせよ、「施行されない」とするのが当然の結果であり、そう考えてはいけない理由もないように思います。そうであるからこそ、先の了解第4号が「必ず施行時期を定めること。(公式令第十一条の規定に相当する根拠規定がないから)」としていると思うのです。また、そのように考える方が実際上も問題は少ないのではないかと思います。少なくとも、正誤等による是正の措置がとられるべきだと考えます。この場合、実際には、官報正誤により施行期日の規定を加える是正の措置が講じられているようです。高橋康文「法令執務雑記帳第5回 法令の誤り(3)」金融法務事情2154号36頁以下(2121)36頁で「平成16年政令第47号は、閣議決定文には附則(施行期日)が記載されていたが、官報には記載されておらず原稿誤りが出された。印刷用の原稿を誤ったものである。」とあります。この平成16年政令第47号は、「廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行令等の一部を改正する政令」ですが、平成16年3月19日に公布され、e-Gove法令検索で廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行令の改正附則をみると、平成16年政令第47号は、「この政令は、平成十六年三月二十九日から施行する。」という附則になっています。さらに、この連載の続きである同「法令執務雑記帳第6回 法令の誤り(4)」金融法務事情2156号58頁以下(2121)64頁に改め文方式の省令で「附則に「この省令は、公布の日から施行する。」と規定することが洩れていた誤り」として、「平成25年総務省令第70号(平成25年8月5日正誤欄)」、「平成28年環境省令第9号(平成28年7月14日正誤欄)」、「平成29年文部科学省令第42号(平成30年1月29日正誤欄)があるとし、同65頁に新旧対照表方式の省令で同様のものに「平成29年財務省・経済産業省令第1号(平成29年11月24日正誤欄)」、「平成29年財務省・経済産業省令第2号(平成29年11月24日正誤欄)」、「平成29年経済産業省令第57号(平成29年11月24日正誤欄)」、「平成29年経済産業省令第60号(平成29年11月24日正誤欄)」があるとしています。確かに、これら省令の場合、公布の日から正誤が出される日までの期間についてこれらの法令が施行されていたのか否かという問題があります。佐藤『法制執務提要』のいうように施行期日規定を欠く省令については公布の日から施行することとなるが、それを確認するために正誤を出したということかもしれません。しかし、平成16年政令第47号のように別の施行期日とすることがある以上、このようにいうことはできないと考えます。この場合、正誤を出す以上、やはり、施行期日規定を欠く命令は、立法の過誤であり、施行がされないが、正誤が出されたことで施行され、その施行期日とされる日以降について遡及適用されると考えるべきではないかと思います。この場合、罰則等に関する場合の扱いをどう考えるかはやはり問題となると思います、
 以上のことから、「現行法において政令その他の命令にかんして補充的な施行期日は不明であると考えるほかあるまい」とされている点については、端的に補充的な施行期日はないということで是正されるべき誤りということであり、「政令その他がとくに施行時期の規定を設けなかった場合は法的にどう考えるか」といえば、是正がなされない限り施行されないということではないかと思います。 

 9−2 施行期日規定

 大石先生は、施行時期の問題として次のように論じます。

 公布制度をめぐる議論は、従来何よりもまず、その法令施行要件性を前提としたうえでの公布時期の問題、したがって法令の施行時期のそれであった。政令・総理府令・省令には、必ず施行時期を定めるとするのが、先に紹介した次官会議了解となっていたので、これまでの実例もこれに沿っているようである(96)
 これに対して、法律の施行期日のあり方は種々考えられ、これが明示される場合には、通常、当該法律の「本則」に続く「附則」第一条(項)中に規定される例である。その内容に応じて類型化すると、ほぼ次のようになる(97)
(イ)〜(ヘ)〔略〕
 注
(96) 但し、法律によって施行時期の指定を受任した政令に、その政令自体の施
 行期日が定められないことは、言うまでもない。参照、林 修三『法令用語の常
 識』(日本評論社、一九七五年)一四七ー一四八頁、同『法令作成の常識(第二
 版)』(前掲)六九頁。
(97) 林『法令用語の常識』(前掲)五五頁、同『法令作成の常識(第二版)』
 (前掲)一八九頁。

286頁、298頁

 しかし、法律も、実務では、政省令と同様に必ず施行時期を定めることになっています。そのうえで、上記の(イ)〜(ヘ)に掲げられている定め方により、法律でも政省令でも施行期日が定められることになっています。このことは、たとえば、注(97)にある林『法令用語の常識』55頁でも、次のようになっていて、確認できることです。

 ところで、法令が、いつから施行されるかというその時間的始期は、その法令の附則の冒頭に、施行期日に関する規定を置くことによって明らかにされる。法律の場合は、法例第一条というものがあるから、かりに施行期日の規定を置かないでも、公布の日から起算して満二〇日を経過した日から施行されることになるが、その法例第一条のご厄介になるような立法はほとんど例がなく、現在では、法律にも、すべて施行期日に関する規定が置かれている(特殊な政令で施行期日に関する規定をもたないもののあることについては、一四七ページ参照)。
 法令の施行期日に関する規定のやり方としては、公布の日から即日施行するという型、公布の日から起算して一定期間経過した日から施行するという型、その施行期日の定め方を一定期間の範囲を限って下級の法令に委任するという型、及び施行期日を特定の事象の発生(たとえば、他の法律の施行、ある条約の効力発生、次の総選挙の施行)などにかからせる型が行われている。そのいずれをとるかは、具体的な法令の内容、目的等によって決すべきであるが、公布の日から即日施行というのは、施行当局の側にも、施行を受ける者の側にも準備ができていないために、一時的に混乱を生じ、円滑な施行ができないというような事態を生ずるおそれがあるから、国民の権利・義務関係に大きな変更を加えるようなもの、特に罰則を伴うものについては、原則として好ましくない。こういう場合には、公布の日から一定の周知期間を置いた上で施行するようにすべきである。

林『法令用語の常識』55-56頁

 後論の関係もあって、大石先生が参照している部分よりも長く引用しました。ここでは、法律や政省令を含めて、単に法令として、その施行期日について書いています。この箇所を参照しているにもかかわらず、どうして大石先生は上のようなことをお書きになるのか、私には理解できません。大石先生の参照したものと私が参照したものとが違うということなのでしょうか。
 しかし、同書は若干古くなっていますので、現在の施行期日についての実務を示す意味で、ワークブックの該当箇所を示します。

問115 法令では、必ず施行期日を定めなければならないのか。定めるとして自由に定めてよいのか。
答一 法令には、必ずその法令がいつから施行されるのかを定めた施行期日に関する規定をその附則に置くこととされている。施行期日に関する定めを置かない唯一の例外は、法律を定める施行期日を定める政令である。<問105参照>(法の適用に関する通則法(平成一八年法律第七八号)第二条には、法律の施行期日について、法律で異なる定めをしたとき以外は公布の日から起算して二十日を経過した日から施行する旨規定されているが、従来から「公布の日から起算して二十日を経過した日から施行する」個々の法律にも、附則に施行期日に関する規定が置かれている。)
二 法令は、公布によって一般国民に周知がなされ、施行によって、法規範としての効力を生ずる。しかし、法令を公布の日から直ちに施行したのでは、その法令の適用を受ける側に混乱を生ずるおそれがある場合も考えられる。このような点からみて、一般的には法令の公布の時期と施行の時期との間には、一定の期間を置くことが望ましいといえる。例えば、自動車の交通方法を改める道路交通法の一部改正法を公布の日から施行したとすると、いたずらに交通混乱を生じ、交通違反者を増加させるだけの結果に終わることが予想され、やはり、そこには運転者に対する新たな規制について周知させるための期間が必要なわけである<編注 もっとも、取締規則である旧麻薬取締規則(昭和二一年厚生省令第二五号)が公布と同時に施行され、適用された事件において、最高裁判所は、「新憲法下における解釈としても、違法の認識は犯意成立の要件ではないのであるから、刑罰法令が公布と同時に施行されて、その法令に規定された行為の違法性を認識する暇がなかったとしても犯罪の成立を妨げるものではない。されば、被告人が昭和二一年六月一九日麻薬取締規則が公布され同日以降施行されていたことについて、これを知らなかったとしても、かかる法令の不知は未だ犯意の成立を妨げるものではないから、同日以降の被告人の判示行為に対して右規則を適用して判断した原判決は正当である」(昭和二六年一月三〇日第三小法廷判決)と判示したことがある。>。国民に対しある種の規制を加える法令については、同様な配慮を加える必要があり、また、民法・商法のように、罰則を伴わないが国民の経済取引の基本ルールを定めるような法令についても、同様と考えられる。要するに、その法令が規律しようとする内容をよく検討し、その法令の公布の時期と施行の時期との間に合理的な期間を置くよう努めるべきである。<問10及び次問 参照>

ワークブック288〜289頁

 このように、現在の実務では、全ての法律に施行期日の規定が置かれることになっています。また、その施行期日の設定にあたっては、最高裁昭和33年10月15日大法廷判決で問題となったような事態は生じないようにしているわけです。確かにこれは問題の解決というよりは問題の回避にすぎないということかもしれません。しかし、実際上、こうすることによって問題が生じていないことも事実なのではないでしょうか。このような実務となっていることについて、大石先生は論じていないのですが、それでは、実態に即した議論にならないように思います。これは、大石先生だけではなく、憲法学界全体が同じようなものとみえます。大石先生が施行時期に関して紹介している憲法の学説でも、先に挙げた浅野先生の最高裁昭和33年10月15日大法廷判決の百選解説でも、この実務については特に触れることなく論じられています。百選の場合は、判例について論じればいいということからそうしているものとは思いますが、浅野先生は、実務経験もあるはずなので、現在の実務では、この判決で問題となったような事態は起きないようにしていることについて触れてもよかったのではないかと思います。
 一方で、新型コロナウイルス感染症の関係で、罰則を伴うものでも公布からの日数が少ない施行がなされた例があります。高橋康文「法令執務雑記帳第11回 施行期日」金融法務事情2166号44頁以下(2021)で紹介しています。

感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律に基づく、新型コロナウイルス感染症を指定感染症として定める等の政令(令和2年1月28日政令第11号)は、罰則を含むものであったため「公布の日から起算して10日を経過した日から施行する」とされていた(令和2年2月7日施行)が、新型コロナウイルス感染症を指定感染症として定める等の政令の一部を改正する政令(令和2年1月31日政令第22号)により「10日」が「4日」と改められ2月1日施行とされた。さらに、新型コロナウイルス感染症を指定感染症として定める等の政令の一部を改正する政令(令和2年2月13日政令第30号)では、施行日は「公布の日の翌日から施行する」とされ、施行までの期間が次第に短縮されている。

高橋「法令審査雑記帳第11回 施行期日」金融法務事情2166号46頁

 この点については、茱萸坂憲政研究会「第二〇一回国会 国会点描 新型コロナウイルス感染症余話 : 罰則のある法令の施行日ほか」法令解説資料総覧460号4頁以下が論じています。この場合、新型コロナウイルス感染症対策としての緊急性があること、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律に基づく指定感染症の扱いということ自体は制度として認識されていること、この指定感染症として定める政令を定める場合には審議会の審議を経ることが同法上規定されていること、実際に罰則がかかるのが行政の一定の措置がとられてからのものがあるなどのことがあるからではないかと思いますが、いずれにせよコロナ禍の例外的なものだったのでしょう。それでも、これが問題がないといえるのか、もう少し調べてみたいと思います。ただ、施行日にそれとは知らない人に罰則がかかるというようなことがなければ、実際に問題とはならないかもしれません。

 9−3 法律と命令

 これは、行政府の命令が、非公開で代表的地位にない者によって制定されることとの対照に注目するものである。それは、また、議事の公開が、「社会的公布」を充分に可能とする現実をも顧慮した議論とみることができるが、次の記述も、これへの傾斜を示すものであろう。すなわち、「国会の審議は公開され、国民は主として新聞やラジオ、テレビなどで法律の制定を知るのが普通であり、またそれが可能であるから、公布がないと法律の施行ができないと解する必要は必ずしも明確ではない(110)」と言われるからである。

(110) 覚道豊治『憲法(改訂版)』(ミネルヴァ書房、一九七七年)154頁

289頁、299頁

 このように単純にいうことができるのかは疑問です。法律であれ、政省令であれ、先に述べたように施行期日の設定にあたって、国民への周知は考慮されていますし、公布とは別に、法令の周知の措置は実務上様々にとられています。この場合、公布による周知が擬制であるとしても、議事の公開による周知というのも擬制であると思います。そもそも全ての法律の成立が報道されているとは思えませんし、議事の公開として、インターネットでの中継はありますが、全国の国民がそれを知るということが、官報による公布の場合とそれほど異なるとは思えません。この場合、どちらの擬制が優れているかということではなく、こうした擬制を成り立たせるための先に述べたような実務上の措置が重要だということだと思います。公布を施行要件とするのは、公布により施行の起点が確定することが大きいのだと思います。具体的には、公布により施行期日規定の施行がなされるからだと思います。公布日施行の場合の問題はありますが、それは公布の問題というより施行期日規定での施行期日の設定の問題というべきではないでしょうか。
 一方で、「行政府の命令が、非公開で代表的地位にない者によって制定される」と単純に言ってよいのかとも思います。現在では、行政手続法でパブリック・コメント手続が整備され、単純に「非公開」といってよいのか疑問があります。この場合、やはり「非公開」という結論になるかもしれませんが、こうした点についても検討が必要なのではないかと思います。それに、先にも述べたように、実務上、周知については措置が講じられていることも考えなければならないと思います。

 9−4 制定文の欠如

 大石先生は、最後に制定文の欠如について,再度問題にします。しかし、これまで述べてきたように、大石先生の制定文の考え方は通常の制定文の理解とは異なるものなので、私には問題として成立していないように思われます。しかも、実務についての適切な理解を欠いているという問題があります。これまでに述べてきたことと重複することにもなるので、すべて述べることはしませんが、例えば次の箇所についてみてみましょう。

 日本国憲法の成立を受けた公式令廃止に伴って、何らかの措置を執るべきであったが、先にみた次官会議了解もこの点についてはまったく触れていない。そのため、そうした簡素な制定文言すら、実務上も姿を消すことになったのである。他方、公布書中の公布文に公証行為を併読する可能性は、おそらくないにちがいない。形式的にみて、「・・・法(律)をここに公布する」との文言が、簡潔であり過ぎること、理論的に考えても、この公布文が法律・命令のいかんを問わずに用い
られている点で公証の性質に相反することを挙げれば、了知されるからである。

291頁

 ここでも、実務についての認識の誤りがあることを指摘せざるを得ません。1−1で述べたように、我が国でも制定文と呼ばれるものがあります。もちろん、これは大石先生が考える制定文ではないのですが、制定文について論じる以上、こうしたことを無視して論じるべきではないと思います。また、「この公布文が法律・命令のいかんを問わずに用いられている」というのも、事実に反します。1−1で述べたように、府省令や外局の規則などでは、公布文の代わりに私のいう意味での制定文が置かれるので、いずれにしても、法律と同様な公布文が用いられているわけではありません。
 さらにいえば、公布文が公証の性質を持たないのは、日本国憲法上、天皇が公布の権限のみを有し、公証の権限がないからだと思うのですが、その点はどうお考えなのでしょうか。一方、制定権者が公布の権限も有する府省令や外局規則では、公布文に代えて制定文が置かれています。これは、制定文の意義を考える上で意味があると思います。


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