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首切りと企業解体で巨万の富を手にした男

ずいぶん前に買っていて,何年も(時には10年以上も)経ってから,ふと手にしてやっと読んだ本というのがたまにあります。今回はそんな一冊を紹介しましょう。

タイトルは『悪徳経営者』です。副題はこの記事のタイトルになっている,『首切りと企業解体で巨万の富を手にした男』です。著者はアメリカのジャーナリスト,ジョン・A. バーンです。出版年は2000年ですので,もう20年以上前の本となります。


チェンソー・アル

この本は,1990年代に株式市場で有名な経営者として名を馳せた,アルバート・ジョン・ダンラップ(Albert John Dunlap)を中心としたストーリーを描いたものです。

1990年代半ば,ダンラップはアメリカ最大の紙製品会社スコット・ペーパーの経営者となります。サバティカル中にアメリカに滞在していたとき,スコットのトイレットペーパーがいちばん経済的だったのでよく購入していました。また,台所に欠かせないキッチンペーパーを開発したのもこの会社です。

そしてこの本では,家庭用電気製品メーカーのサンビーム社の経営を任されます。今では電気毛布関連の製品を打っているようですが,1960年代や70年代くらいの「これぞアメリカ」といった感じの台所にある電気製品を思い浮かべると,イメージが掴みやすいように思います。

この会社の経営を任されていた短期間の様子が,この分厚い(500ページ近く)本に「これでもか」と書かれています。そして,この経営のポイントは「とにかく首を切って,工場を閉鎖して,ダウンサイジングしていく」という方向性です。そして,株価をつり上げて,あわよくばその会社を「売り払う」(そしてストックオプションで自分が大もうけする)というものです。

誰かれ構わず首を切っていくので(ただし自分ではほとんど手を下さずに,部下に切らせるのですが),ついたあだ名が「チェンソー・アル」でした。

ナルシスト

この本の中で描かれるダンラップの様子は,自己愛性パーソナリティ障害の記述にとても当てはまる印象があります。そういう観点から読み進めても興味深い事例でした。たとえばこんな記述もそうですね。

彼はイメージを巧妙に作り上げ,影と問題の多い私生活を隠蔽した。ダンラップは支配欲が強く常に注目を求めてやまないばかりか,とてつもなく短気で巨大なエゴの持ち主だった。そしてなぜか,しばしば過去を誇張したり捏造せずにはいられないようだった。

ジョン・A・バーン 酒井泰介(訳) (2000). 悪徳経営者:首切りと企業解体で巨万の富を手にした男 日経BP社 pp. 133

手がつけられない

さらに,怒り始めると手がつけられなくなる様子も描かれています。

ダンラップの前では誰でも膝が震え,胃が痙攣した。部下たちはいつダンラップの逆鱗に触れるかと怯えた。重圧はひどいなどというものではなく,残忍といってよかった。「きつい人間と汚い人間は違います」。あるサンビーム幹部は言う。「きつい人間とは,部下に夜半まで仕事の心配をさせる者です。汚い人間は,相手を恐怖で金縛りにします。とにかく骨の髄まで相手を脅し続け,暴力的です。人を打ちのめすのです。アルは汚い男でした」

ジョン・A・バーン 酒井泰介(訳) (2000). 悪徳経営者:首切りと企業解体で巨万の富を手にした男 日経BP社 pp. 203

そして,部下を自分がコントロールしやすいような状況をつくっていきます。何でも言うことを聞くように。

しかしダンラップの気前のよさは,場合によって悪影響も及ぼした。並外れた報酬のおかげで,従業員は通常ならやらない行動にも手を染めやすくなった。幹部の中には数百万ドル規模のオプションで自らの誠実さを売る者もいた。オプションのベストメント機関(与えられたストックオプションが100%発行する期間)は三年間だった。途中でクビになれば未消化期間分のオプションをすべて失ってしまう。多くの場合,それは百万ドル以上もの株の売却益を棒に振ることを意味した。ダンラップはアメをムチに変える工夫をこらしていた。

ジョン・A・バーン 酒井泰介(訳) (2000). 悪徳経営者:首切りと企業解体で巨万の富を手にした男 日経BP社 pp. 205

とにかくイメージ優先で,無茶をしてもインチキをしても投資家のイオン相をよくすること,さらに自分自身のイメージを高めることに躍起になっていく様子が描かれます。その一方で,実際の経営については,あまりよくわかっていなかったようなのですよね。

「こういう人が世の中にいるものなんだな」というひとつの例としては面白い本でした。とにかく「長い」ですけどね。

ダンラップほど傷つきやすく,それでいて巨大なエゴを持つ人物は稀だった。

ジョン・A・バーン 酒井泰介(訳) (2000). 悪徳経営者:首切りと企業解体で巨万の富を手にした男 日経BP社 pp. 346

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