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墓じまいと彼岸

墓じまいをしたのは、今年の4月だ。
この40年ほど、実家の墓は、私の住まいから片道3時間のところにあった。
近くの霊園に移したいというのが、兄が生きていた頃からの要望だった。
10年ほど前、まだ名義が兄だったときに、一度「改葬」(墓の引っ越し)に挑戦した。

祖母は昔、幼い父を連れて離婚したので、実家にはそもそも墓がない。
祖母が初の「ほとけさま」となり、仏壇は月賦(クレジットという認識ではなかった)で買うことができたが、納める墓地のほうは価格的に無理。

それで、都営霊園の抽選に応募したら運良く当選した。
当時は墓石を買うお金はないので、やはり都営の骨壺の団地みたいな棚に預けて、霊園には卒塔婆だけ立てておいた。
同時に当選した区画のすべてに墓石が建ったのは、5年も6年も過ぎたころで、うちが一番最後だったと思う。

都営といっても都心からは奥まっていて、しかも山の中だ。
遠い。
でも当時は、ようやく中古の家も買い、墓も買って、珍しく一家全体が上機嫌だった気がする。

父が2柱目の遺骨となり、母も老い、兄も私も中高年というくくりに入るようになると「遠さ」が身に染みる。
父の死亡時に、霊園の名義は母でなく兄に移していた。
母でなく兄にしたのは、たぶん母が先に逝くから、ひとつでも手続きを少なくできると踏んでのこと。

都営霊園は何か所かあって、その中でなら1度に限り改葬ができる。
たまたま、私の住まいから1時間ほどのところに別の都営霊園があるので、兄と私でそこに移そうという話になった。
しかし。
改葬後、追加で入れるのは名義本人とその配偶者だけというのが決まりになっていて、母と私は入れない。
意味なくない?

墓石を壊して更地にする費用が8万円と見積もられたことも大きかった。
墓石屋と役所に何度も足を運んで書類を整えたけれど、二の足を踏んでしまった。
改葬後の霊園に再び墓石を建てるつもりははなからなく、共同埋葬にするにしても、霊園に支払う6600円(だったかな)と交通費の予算だったから、撤去代の8万円は、兄と私を「ギョッ」とさせるに十分だった。
あえなく撤退。

その後、母より先に兄が逝って、名義は私のものとなり、ついには母も去る。
兄の遺骨は元のところに納骨したが、母が逝った1週間後に中国でコロナ拡大が報じられる。
どのみち、葬儀にさえ呼ばなかった(呼んでも来れないほどの高齢者ばかり)親戚が回忌の法要に来られるとも思えないが、私自身が納骨に行くのをためらった。
兄のときに感じたのは、骨壺は意外にかさばるし重たいということだ。
これを私一人で抱えて電車に乗り、片道3時間かけて行く自信がなかった。
兄のときに依頼した友人には、コロナ拡大の中ではもう頼めない。

母の遺骨を仮壇に置いたまま、いたずらに時が流れ、私はしだいに「母」を手放したくないと思うようになっていた。

そうして、交通事故に遭った。
私がこの事故で死んでいたら、うちにある母の遺骨はどうなるの?
人間の骨は、許可なく廃棄してはいけないことになっている。
でも、私が死んだら、誰がどうやって納骨してくれるの?
もし納骨できたとしても、その後、墓参したり、年間供養料を支払う者はいないのである。
私の骨は、野良犬に喰わしてもかまわないが、母の骨は、兄と一緒にしてやりたい。

去年の秋、改葬への再チャレンジを決意。
しかし、コロナ収束の目途もつかない中、何度も現地との往復をするのは心身ともにしんどい。

それで、代行業者に依頼することにした。
見積もりの明細を見たら、墓石屋(撤去は墓石屋しかできない、業者が立ち会ってくれるので私は行かなくてもいい)の撤去代は7万円となっていて、前回ふっかけられていたことを知る。

12月に申請して翌4月にようやく実施。
前の霊園にあった3柱と、家においてあった母の分の4柱を、共同埋葬地に納骨した。

その折、ミニ骨壺に4人の遺骨(祖母と父のは、すでに粉状になっており、遺灰というのが正しい)のほんのひとつまみほど取り分けて、手元供養とした。
だから、本当はもう墓参の必要はない。
毎日、仏壇には手を合わせているから、毎日墓参しているようなものだ。

しかし、そうとわかっていても、どこか落ち着かない。
お盆は「熱中症予防」のためという絶好の言い訳があったが、彼岸の雨が上がった後、朝晩はすこし涼しい。
自分の気持ちを落ち着けるため、出かけた。

献花台とは別に、名前を入力すると画面に名前と納骨日が記された「電子墓碑銘」が出る施設がある。
ディスプレイに向かって手を合わせるのは、こんな機会だけだろう。
はたから見ると珍妙な構図だと思ったが、遺族の心情はそういうものらしく、私だけでなく、ほかの人もそうしていた。

久しぶりにツクツクボウシの鳴き声を聴く。
なんだか、霊園に似つかわしい。
道端には曼殊沙華がこぼれ、視界の隅をトンボが横切る。
空がすこし高くなった。

読んでいただきありがとうございますm(__)m