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できない、違和感と塩梅、文学的な言い方

できない

「できない」っていろんなことを思っているのだけれど。
その現状の受け止め方を困り続けている。
頑張らないとか、頑張れないとか、世間知らずとか、世間知らずでいれて特権だねとか。。。いろいろある。
自分を苦しめる言葉はたくさんかけれる。
そして、食べる。たくさん食べる。
過食ではないけれど。

でも、はたと気づく。
こんなに自分を苦しめて、いいことあるの?
でも、自分は変わらないじゃん、、、というところに戻ってくる。
変わらなきゃいけないのか?という問いになる。

変わらなくてもいいし、変わってもいい。でも、変わりたいと願っている自分がいることを認識する。
なんで変わりたいと思っているの?

すぐに返信できたり、ものをつくれたり、さっと形にできたり、したほうが物事が進んでいくから。
なんで進めたいの?

進んでいくのが気持ちいいから。溜まっていくのが気持ち悪いから。
溜まっていく、できないって言うって、できない人みたいだから。
できないんだから、誰かの手を借りたらいいんじゃないの?

誰かの手を借りても、自分で考えてやるところはやらなきゃいけないでしょう。。。?
本当にそうなんだろうか?
果たして、ここを疑うことはいい方向へ向かっているのだろうか?

ちょっとずれてる。
きっと、進んでいくのが気持ち良くて、溜まるのが気持ち悪いのであれば、溜まらないために少し工夫を考えてみるというのはとてもあり。とか考えたらいいんじゃないか?

短く分ける。そして、やる場所を変える。が今の所の自分の答え。
あとは、もらってすぐやる。できるだけ、すぐ。(これを極めていきたい)


違和感と塩梅

お金ないって言うのやめようかと思ったけれど、やっぱりお金なかった。

仕事とか、テンプレとか、わかりやすさとか。うーーんと。

いくちゃん(友人)の言うことには、「人はみななにかしらのネジが外れている」らしいのだけれど。
ちなみに私の外れているネジはなに?と聞いてみたら、「みんなそうしているから、まあいっか」のネジ、と言われた。
なるほど。確かにそうかも知れない。

なんとなくの違和感とか、好きじゃない。

この人、なんでここで仕事しているのか?とか、なんで仕事しているのか?とか、頼まれたからなのか?とか。。。
そんなの、その人じゃないと知らないのに。
そんなの、よくよく時間を共にしないとみえないのに。

コンサルとか、の、仕事って想像つくけど、つかないから、大変だなって思う。どうやって価値を出しているのだろう。
数値とかが成果になる仕事ならいいけれど、会社のリブランディングとか、利益求めてたらわかりやすいけど、利益以外の指標ってねえ。
わからない世界だわ。
みんな、なにがしたいんだろう?
よくわからない。

ただ、自分のことですらわかんない。
悪くないことしようと思って、家庭教師しているけれど、生み出せる空間の質なんて経験値足らなすぎて、ばらばらだし。
後悔することちゃんと多いし。
どこまでちゃんとやるかの塩梅とか本当にわからないし。

最近、「生きていくの不器用だね」って言われた。
たしかにって思った。
いつも塩梅とか、時間にも身体にも、私にも限界があるっていうことを忘れていて。だから、上手いこと塩梅を取らなくてはいけないのだけれど、最上を求めちゃうというか。

でも、もし、これが、「自分のできる範囲での努力だけではなく、人の力を借りたり、今までとは異なる手法を使ってでもやり遂げる」(伊庭、p. 98)徹底をベースに考えるのであれば、私は一人でやろうとしているから大変なのであって、周りの人を巻き込んで、いろんな手を使って、どうにか自分の想うことや、人のニーズを形にしていったらいいのでは?という話かもしれない。
私の塩梅のとり方のうまくなさは、誰か削ぎ落とすのが上手い人と組めばいいという話かもしれない。

もう一つだけ、とりとめもない塩梅の話がある。
そんないい相手に出会えるのか、出会えないのが世界じゃないか、というやつ。
なにかいい風が吹いてはじまるプロジェクトや団体がある。
でも、それがうまくいくかどうか(どの状態がうまく行っているというかどうかもよくわからないが)とか、正直であった先でどう関係を作っていくか、な、気がしている。
あ、そっか。置かれた場所で咲け、というのはそういうことでもあるかも。

でも、この言葉、置かれた場所って、選べるならちょっとでも日向に置いときたい。

*伊庭正康『目標達成するリーダーが絶対にやらないチームの動かし方』、日本実業出版社、2020年。


文学的な言い方

直接的な言い方って、わかりやすいようで何も伝わらないかもしれない、と思った。
「人の話を聞くのは大切です!」というよりも、ミヒャエル・エンデの『モモ』を読んでみなよ、という方が正しい気がする。
伝わり方は人それぞれだし、直接的な言い方をしたほうが実際の行動に向かっていくこともある。
ただ、その言葉が世の中の大事なことをほんとうにそのままのかたちでつたえているか、と言われたら。ノーだと思う。
文学、すごい。


おまけ

今、一番いい時代を生きているのではないか説。
いい作品にたくさん出会えて、エネルギーをたくさん使えて、でも本物はまだぎりぎりあって。。。。
でも、いつだって今がいい時代なんだけれど。


読んでくださった方へ、何を思って読んでいたのか、読んでくだすったのか、コメントくをだされば、家の前にやまびこをしに走るくらい、喜びます。