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ステートメント:非定住の練習に向けた宣言


ある定住者のメモ(2023年12月京都北山にて)

2つの大規模な国際的戦争が日常化してしまい、明らかに例年より高い平均気温の年末で不穏な日々を生きながら、私は企画展に向けたステートメントとしてこの文章を書いています。

私の住む京都の北山の家からは無数の一軒家と大文字が見え、仄かに香る野焼きの匂いからは1000年続いてきた都市の形が今も生きているかのように感じます。

北山の家から大文字を望む景色(筆者撮影)

一方で、この100年間で人類の環境は驚くほどの変化を遂げてきました。大加速とも呼ばれるように、地球上の人工物が全生物の重さを超えるほどの発展は明らかに人為的な影響を惑星に与え、地質的なレベルでの影響を与えるに至っています。

IMAGE BY ITAI RAVEH(MATT SIMON SCIENCE2020.12.25.WIRED)

このような状況下で果たして安定したインフラと人口を集積する機能を持つこの空間は果たして次の1000年も形を保ち続けるのでしょうか。
今まさに海の底に沈もうとする国があり、また過去に例を見ないほどの火災によって生息地を奪われる生き物たちがいる世界の中で、私たちは未来のために何をつくり出していけるのでしょうか。

高潮の被害を受けたツバル・フナフティ島。ツバル気象庁提供(2024年 ロイター)
ギャラリー:世界遺産の島で森林火災、オーストラリアのフレーザー島(https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/gallery/122201064/index.html?P=2)

傷ついた惑星を生きる

非定住という耳慣れない言葉は、アルトゥーロ・エスコバルの『多元世界に向けたデザイン』の翻訳中にUnsettlementの訳出を検討する会話の中から生じてきたものです。

オーストラリアのタスマニア島にて「世界の果てのデザインスタジオ(Studio of the edge of the world)」を主宰するトニーフライはこの言葉を2011年の著作以降用いています。

これは完新世以降発達を続けてきた人類の定住と都市化という発展形式が持続不可能性を根源的にもたらしていることを指摘するものです。
実際に2022年にパキスタンで起きた大洪水は多くの居住可能な空間を沈めてしまい、多くの人々や生物がその生存環境を脅かされています。

洪水によって約1100人以上が亡くなっているパキスタン。2010年の洪水では約1700人が命を落としているが、今回の事態はそれをも上回る深刻さだとされている(写真:時事通信)

一般的にも言われることですが、気候変動による被害は地球規模の問題ではありながらも、必ずしも平等に影響が及ぶわけではありません。むしろ、経済的弱者の国々やインフラが十分ではない地域にこそ甚大な被害が生じているのが現状です。

フライは、このような状況の常態化が食料やエネルギーの争奪戦を生み出し最終的には戦争までも引き起こしてしまうことを憂い、都市への集積と人口の再生産から離れ、定住不可能な世界を生き延びていくための新しい居住様式を発明することを求めています。

このような言説は、コロナ禍からロシア-ウクライナの戦争に端を発したエネルギーの高騰などを経験した私たちにとって、決して現実味のない予言ではないでしょう。

非定住(unsettlement)の練習と実践

このような様相となってしまった世界そして惑星に生きる私たちにとって、デザインすることとは無制限に使用可能な資源を用いた進歩ではなく、限りある資源と地政学的な条件の中で「どのように共に生きるかを考えること」に変化していく只中にあります。

本企画展では、デザイン・建築・情報・生態学という領域をこのような営みを支えるための基盤として位置付け、定住ではない何か別の居住形態を考える練習と実践を示すことを目的とします。

これらの領域は、都市的な定住を形成する居住空間や道具、インフラストラクチャーを形成する上で欠かせない要素となっています。冒頭で登場したエスコバルはフライの議論を援用しながら、デザイン、政治、教育、情報通信技術といった私たちの生活様式を形作るものが、近代的二元論に依拠した開発を推進し、環境の背後にある関係性を破壊していることを批判しています。

多元世界に向けたデザインにおいて、エスコバルは度々西洋的な建築のモードや居住空間がいかに我々の生活を相互依存性(Interdependence)から切り離しているのかを詳述しています。例えばアメリカ的な郊外の住宅と、マロカ(コロンビアなどに見られる集団で暮らすための家)を比較しそのどちらに住まう(dwelling)かで環境との人間の相互依存性が変化するだろうと述べます。

そしてエスコバルとフライを繋ぐ上で重要となるコンセプトの一つがオントロジカル・メトロフィッティングです。

オントロジカル・メトロフィッティングとは近代的な都市を構成してきた存在論(そのものが何であるかについての哲学的な議論)を解体し、生命を育み、関係的で持続可能な居住形態へと都市を作り変えていくことです。エスコバルにとって多元世界(多くの文化がある一つの世界)をつくることは、人間のみではなく生物と自然環境が同時に繁栄できる惑星そのものの持続可能性を意味します。

この記事の中でエスコバルは多元世界から/における/のためのデザイン行為が持つ17個(多い!)の命題を示しています。

多元世界的なデザイン行為とは:
1.存在論的な分離を前提に世界を構築することは、存在論的に異なるものが存在し、繁栄する可能性を否定するものであるという積極的認識をもって、多くの世界と/ともに/からデザインすることを意味する。
2.関係的にデザインすること、すなわち、生命は存在するものすべてのラディカルな相互依存性によって構成されているという前提に基づくことを意味する。
3.表象、オブジェクト、プロジェクトという近代的な概念を括弧の中に位置付け、非表象的、非オブジェクト中心的、非プロジェクト的なデザイン実践の可能性を開く。
4.私たちが存在し、居住する身体、場所、都市、ランドスケープを構成する相互関係の網を再構築し、癒し、ケアするために活動する。
5.アーバニズムや都市計画を含む近代的な力によってもたらされた、一般化された個人化、脱ローカル化、脱共同体化、脱場所化という状況に留意することである。反対に、社会生活の再共同体化や、食べること(対「食」)、癒すこと(対「健康」)、学ぶこと(対「教育」)、住まうこと(対「住宅」)、生計を立てること(対「経済」)といった活動の再ローカル化に貢献する。
6.身体、場所、ランドスケープから根絶やしにされた存在論を癒すことを目的とする。
7.制度や専門家、国家、資本主義経済に人生を委ねるのではなく、自律的に人生をつくる能力を取り戻すことを意味する。それは、二元論的な「存在すること」と「持つこと」を中心とする世界、つまりオブジェクト/事物(things)の歴史的プロジェクトから離れ、関係の歴史的プロジェクトとその場に住まうことを支持するものである。
8.人間中心主義からの脱却を促し、すべての地球生物が繁栄するための条件を見出す。それは、生きている世界への親しみの感覚を育て、多元世界として、またコミュニティとして自分自身を再想像するための空間を創出する。
9.近代のオブジェクト主導存在論の中核にある男性性の指令を解体することに貢献する。それは、ケアを中心としたつくることと行為のコレクティブで共同化的な様式を実際的に特権化するフェミニスト的で反人種主義的な政治を実践する。
10.社会正義、地球の尊重、人間と人間以外の存在の生命と存在に対する権利の闘いを真摯に扱う。
11.生命のテリトリーを守るために立ち上がる人々とともに考え、つくることを学ぶことであり、彼らの生命・生活をつくることと自律指向の実践を強化することである。
12.生命を維持する共存のための条件を創造することが、必然的に持続不可能性とデフューチャリングの支配的な論理とどのように関わらなければならないか、その再認識を必要とする。
13.「問題」と「解決策」の文法を超える必要を理解する。特に気候変動のような文明的な課題は、「存在論的に枠組みがなく、考えることができず、計り知れない。」
14.尽きることがないほどに蓄えられた非表象的な実践を、現代デザインの文法に翻訳することに抵抗し、それらを生命を関係的につくることの例として前景化させる。
15.都市を再接地(re-earthing)するというプロジェクトを、癒しの空間、再共同体化、地球との相互強化の関係を創造するという名のもと、歴史的に妥当な、知的、政治的、技術的なプロセスにする。
16.有害な存在から癒しの存在へと文明を移行させることに貢献する。この方向転換には多くの作業が必要であり、相互依存とケアから行動することの大きな可能性を発見するのは、ゆっくりとしかできないだろう。
17.一般的な目標として、地球に住まう新しい方法への動員をもつ。

(筆者訳)

この命題を端的にまとめるとすれば、産業革命以降続いてきたデザイン・建築の方法論や認識論を変革し非定住的な居住形態を人間以外も含めた存在たちと作るということになります。

私たちはこの命題を引き受けつつ、理論ではなく具体的な実践に挑み、いずれ来てしまうであろう非定住の条件に向けた練習/実践をあらゆる存在と共に始めることをここに宣言します。

執筆:合同会社Poietica 奥田宥聡

全ての引用記事の最終閲覧日:2024年5月9日


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