インタビュー「新レーベル『アジアと芸術叢書』が目指すもの」大島光明・鳳書院相談役
――今日はよろしくお願いします。
大島 まず元日に発生した能登半島地震について、被災されたすべての方々に心からお見舞いを申し上げます。お亡くなりになった方々のご冥福をお祈り申し上げるとともに、今なお安否不明の方々が一刻も早く発見救助されるよう願っております。
被災地では多くの書店にも甚大な被害が出ているとのことです。余震が続き、先の見えない状況で本当に苦しく大変な思いをされていることと存じます。文化の力は大切です。大きな災禍をどうか勝ち越えていっていただきたいと思います。
――さて本年、 新たなレーベルとして「アジアと芸術叢書」を立ち上げたのは、どのような背景があってのことでしょうか。
大島 弊社は1962年に創業し、出版部門と「ブックスオオトリ」という書店部門を有する会社です。創業者は創価学会第3代会長の池田大作先生です。ご存じのように日本の出版社や書店には、さまざまな宗派や教団に淵源を持つところも少なくありません。
もちろん、池田先生が鳳書院に期待されたことは普遍的な活字文化の興隆です。池田先生が日本の出版・活字文化の興隆に比類なき貢献をされたことは、全国各地の主だった書店や、ほぼすべての都道府県の書店商業組合が、公式に先生への顕彰をおこなってきた一事にも表れています。
弊社も先生の理念を大切に、地域に根差した書店経営と良質な出版事業を心がけてまいりました。
まだコロナ禍のなかにあった2022年に〝還暦〟ともいえる創業60周年を迎え、ここから鳳書院として社会に対して何ができるだろうかと私なりに思案しました。
今また復活したインバウンドを見ても明らかなように、アジア諸国の発展と、それに伴う各国の日本への関心は目を見張るものがあります。一方で、日本の私たちがどこまでアジア各国に関心を持ち、そこに生きる人々の営みを知ろうとしているかといえば、甚だ心もとないものがあります。
また、世界の人々が日本の文化芸術に深い関心を寄せつつあるにもかかわらず、日本の私たちがどこまで自分たち自身の文化を理解しているでしょうか。
そこで、日本も含めた「アジア」という領域に焦点を絞り、人文一般を含めた広い意味での芸術をテーマに、「共生」に寄与するであろう各国の作家やアーティストに光を当てた、継続的な書籍刊行に挑戦しようと決意した次第です。
もちろん商業出版ではあるのですが、弊社のメセナ(芸術文化支援)活動の一環としての取り組みとも位置付けています。
―― 先行する形で2023年4月からnoteでこの「アジアと芸術digital」もスタートされましたね。
大島 ひとつは、先行してnoteを開設することで「アジアと芸術叢書」への認知を少しでも広げたいと考えました。同時に、ここでいくつかの連載をスタートしました。
北京出身のノンフィクション作家・劉子超さんの「地に墜ちた衛星」は、2020年に中国で出版された中央アジア旅行記の邦訳です。劉さんは1984年生まれ。北京大学を卒業後、雑誌編集者や記者を経て2016年から作家・翻訳家として活動されています。
単著に東欧旅行記『午夜降临前抵达(真夜中が訪れる前にたどり着く)』(2015 年/未邦訳)、インド・東南アジア旅行記『沿着季风的方向(モンスーンの吹く方へ)』(2018 年/未邦訳)などがあり、最新作であるこの『地に堕ちた衛星』は中国で豆瓣2020年ノンフィクション部門第1位に輝き、第6回単向街書店文学賞(年間青年作家部門)も受賞しています。
劉さんの作品が邦訳されるのは今回が初めてで、弊社としても気鋭の作家を初めて日本の読者の皆様にご紹介できることを光栄に思っています。
劉さんは足掛け10年ほどの時間をかけ、ロシア語まで身に付けながら旧ソ連が崩壊した後の中央アジア5カ国を旅したそうです。これらの国々については、まだまだ日本に情報も多くありません。中国のノンフィクション作家が、そこで何をどう見たかという記録は、二重にも三重にも複眼的な視点を私たちに与えてくれるように思います。
仙台在住の写真家・宍戸清孝さんとライターの菅井理恵さんによる「法華経の風景」の連載も好評です。法華経は聖徳太子の時代から日本文化の土台となってきたものです。また、さまざまな宗派にも影響を与えてきました。
この連載はあくまでも、日本に受容された法華経が、各時代にそれぞれの地域で信仰され、多様な文化芸術を育んできた史実を踏まえたものです。特定の宗派性にとらわれることなく、その歴史の痕跡をレンズのなかに拾い上げ、テキストに起こしていただいています。
写真家の木戸孝子さんの連載「見えない日常」も人気です。木戸さんはニューヨークのInternational Center of Photographyを卒業したあと現地で本格的なキャリアをスタート。帰国後は、東日本大震災の当時は仙台に、現在は高知県四万十市に拠点を置いています。
ご自身のテーマとして取り組んでいる家族の親密な関係性を収めたシリーズ「Skinship」は、欧米各国の写真賞で高く評価されています。
これらの連載は加筆修正ののち、最終的に「アジアと芸術叢書」のシリーズとして書籍化していきます。
――その「アジアと芸術叢書」の第1作として、いよいよ傅益瑶さんの作品エッセー集『水墨の詩』が刊行されますね。1月15日に書店発売です。
大島 傅さんのお父様は中国近代画壇の巨匠・傅抱石です。中国では知らない人がいないほど有名な水墨画家です。その息女である益瑶さんは1979年に来日し、塩出英雄や平山郁夫といった日本画の大家のもとで学ばれました。仏教伝来をライフワークとした平山氏のもとでは、敦煌莫高窟の調査研究にも随行されています。
確かな中国伝統の技法を父上から学び、日本の美意識を吸収した傅さんの作品は、比叡山延暦寺や三千院、善光寺、鶴岡八幡宮など、名だたる寺社に納められています。
作品の力強い美しさは当然として、私が何より感銘を受けたのは、傅さんの旺盛な研究心と若々しいチャレンジ精神、そのお人柄でした。そして、その背景に父上から授けられた中国の伝統的な文人教育があることも知りました。
傅さんの書籍は海外では数多く出版されていますが、日本ではほとんどありません。日本の読者にも、傅さんの自伝的エッセーと代表作を紹介できる本を作りたい。そう願って、まずこの1冊を作らせていただきました。
「アジアと芸術叢書」の船出を飾るにふさわしい、美しく味わい深い1冊が出来上がったと自負しています。
カバーの装画は延暦寺国宝館に常設されている傅さんの代表作〈仏教東漸図〉です。題字と装丁は、日本を代表する装丁家のおひとりである矢萩多聞さんにお願いしました。なお、「アジアと芸術叢書」のロゴマークも矢萩さんのデザインです。
中国の妙楽大師は「礼楽前きに馳せて真道後に啓らく」との言葉を残しています。すなわち文化芸術が人々を結び、人心を豊かに耕していった先に、生命尊厳の深く確かな哲理が行き渡っていくのだと思います。
微力ではありますが、これからも一作一作、価値ある書籍の刊行を積み上げて、新たな活字文化の創造に貢献してまいりたいと思っています。
インタビュー写真:稲治毅
※ 2024年2月1日をもって、タイトルと文中の肩書きを代表取締役社長から相談役に変更しました。
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