見出し画像

「かもしれないの沼」

ほとんどのことは思い込み
そう言われるとそうかもしれないと思う

あなたはこうなんじゃない?と
言われると
そうかもしれないと思い

こんな風に見えてるよと言われると
きっとそうなんだろうな、、、と思う

けれど

言葉をそのまま
100%真実だと受け取る訳にもいかず
やはり自分の直感が正しいと感じる

だって

人は嘘をつく

それは優しさのように見えて

「いい人だと思われたい」
「嫌われたくない」
「この人に好かれたい」
「恩を売っておこう」
「認めて欲しい」

そういう気持ちが
根っこにあることもあって
差し障りのない言葉を
交わせば交わすほど遠ざかる

でも本心を全て話すと
それもそれで何かが壊れる

自分が傷つきたくないから
ありのままの言葉を発する人は
とても少なくて

どんなに近しい人でも
どんなに時間をかけても

その人が何を考えて何を求めているか
は知ることはできない
そうだと言葉で話してもそれは嘘かもしれないから

ただ「意識」だけは
ポジティブは方向に向けていないと
ものごとは心配した通りに流れていく

不安が原動力になるタイプの場合
(私がそう)
全てをポジティブに思い込もうとすると
心にズレができて酸欠になる

みんな自分の都合の良いように
思い込んで言葉を使って
思い通りにしようとする

だからこそ「ありのまま」でいることは
自分にとって一番優しいことなのかも

言葉で嘘はついても

自分の心に嘘をつくことは
自分を一番傷つけるのかもしれない

そしてこれも全て思い込みなのか


サポート励みになります。嬉しすぎて下書きに溜め込んだ100記事くらいの文章も表に出す原動力になります!