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【英語推し本】Every Note Played(Lisa Genova)/ALSを発症したピアニスト

よくある男と女の話。
著名なピアニストとして年中演奏旅行で家を空け、挙句に浮気ばかりの男、自身も音大を優秀な成績で出て将来があったのに、ワンオペ育児で家庭にロックインされてきた女が、結局は離婚してお互いせいせいしていただけの。
そう、男がALSと診断されるまでは

別れた夫がALSで筋肉が徐々に動かなくなり、ピアノどころか日常生活もできなくなっていると知った元妻が、家に引き取って仕方なしに面倒を見る羽目になります。元妻は家で近所の子たちにピアノを教えており経済的な余裕があるわけでもないし、元夫も元妻に面倒を見てほしかったわけではないですが、もういかんともしようがない。
腕の次は足の麻痺、発声や口からの食事に必要な筋肉も弱り、残酷に進む症状に男は自分自身の身体にロックインされていきます。
女もいつ終わるかもわからない24時間の介護生活にロックインされ、それでもそれを愛と呼ぶにはざらついた元夫婦の思いがそれぞれ交錯します。

読み進むと、離婚の引き金は女が長年ついていた嘘だったことも分かり、どちらがいい悪いではなく、まことに夫婦には夫婦にしかわからない愛憎と歴史があるものです。
男とその父の関係、男と娘の関係、女が犠牲にしたキャリアへの思い、プロフェッショナルなケアワーカー(神々しいというほどの)、医療関係者のリアリティある対応など、「アリスのままで」のLisa Genovaらしい実際のリサーチに基づく巧みなストーリー構成が随所に光ります。いや、もう本当にLisa Genovaはうまい。

最後に辛く重い選択肢を選ぶことを求められた男と女が決断する時、そこには互いに最後まで”I love you”はなく、しかし心からの”I’m so sorry”だけがこだまのように繰り返されます。
それこそが一度は夫婦だった男と女のリアリティだと、めちゃ共感ポイントです。そしてそれぞれ懺悔できたとき、男も女もついにロックインから解放されるのです。

タイトルのEvery note playedのnoteは音符のこと。音符が奏でられるごとに、男の人生の持ち時間も減っていきます。
後半、人工呼吸器(ventilator)なしにはshallow breathingしかできなくなりgulpで酸素が欲しいのにteaspoon ほどしか自力で吸えないと言った表現が出てきます。
”Ventilator, Ventilator‼”とクオモNY州知事が連呼していた記憶もあり、パンデミックのご時世には重たい内容でしたが、余韻とともにいろいろ考えさせられる作品です。

Lisa Genovaの他の作品についてはこちらにも書きました。


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