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小説を書きたくて(2)プロ作家とは

 いらしてくださって、ありがとうございます。

 手もとにある小説の書き方指南本をご紹介しつつ、小説講座や合評会で学んだことをもとに、みなさまと「書くためのモチベーション」を上げていけたら、という思いで綴る本連載『小説を書きたくて』第二回です。

 アメリカン・ハードボイルドの代表的作家ローレンス・ブロック氏が書いた著作『ローレンス・ブロックのベストセラー作家入門』(田口俊樹・加賀山卓朗訳:原書房)には、こんな一節がございます。

 私が知っている作家はひとりの例外もなく、自分の書いたものが最終的に出版されることを願っている。
(中略)
 こと物書きに関するかぎり、誰もがひと山当てたいと思っていて、日曜作家はひとり残らず自分のタイプライターがベストセラーを打ち出すと思っている。

『ローレンス・ブロックのベストセラー作家入門』田口俊樹・加賀山卓朗訳:原書房より引用

 ローレンス・ブロック氏によれば、「書くという行為には、必然的に誰かに伝えることが伴う」がゆえに、人は作品が出版されることを望む、と。
 「もし書いたものが誰にも読まれないのなら、そもそもなぜ書き残す意味がある? 出版されない小説は不完全な行為である、空っぽの劇場で上演される劇のように」と続けています。
 さらには。

 自費出版して、友人に渡す人もいる。しかしそれには費用がかかり、加えて多くの場合、ある種の不名誉がつきまとう。もし本当にすばらしい小説だったら、とわれわれも友人たちも思うだろう、どうして出版するのに金を払わなければならないのだろうかと。そして、もしそれがプロの才気溢れる作品でないのなら、なぜ屋根裏に置いておかない?

引用同上

 ローレンス・ブロック氏のこの指南本は、随所にこうした辛辣なジョークが編みこまれており、読んでいて「ふへへ」と情けない笑いが洩れてしまいます(※自費出版のメリット・デメリットについては連載3回であらためて触れております)。

 前置きが長くなりましたが、小説を書くからにはプロ作家として立ちたいと、誰もが願うことだと思います。たとえ一作だけでも自分の作品が商業出版され、書店に並ぶ日を夢見ていない方はいないのではないでしょうか。

 プロ作家になるには、どんな手段があるのか。それを書く前に今回は、その前提として「プロ作家」とは、その定義などについて触れてみます。

 小説家になる。
 子ども時代にそう決意して実現させた作家さまは、数多おいでになります。

 『小説を書きたい人の本』(監修・校條剛、著・誉田隆一:成美堂出版)に掲載されたインタビュー記事によれば、角田光代さんは小学一年生のときに作家になりたいと自覚し、辻村深月さんは小学三年生から書き始め、高校のときには明確に小説家になりたいと意識しておられた由。

 夢枕獏氏は『秘伝「書く」技術』(集英社)のなかで、「四歳のころからぼくは作家だった」と書いておられます。もちろん、文字を覚える前のことゆえ、就寝前に父上が語ってくれる物語のつづきを創造していたのだそうです。
 作家になると決意されたのは大学時代ですが、卒業時、親御さんに「作家になる。だから就職はしないよ」と告げると、返ってきたのは「ああ、そう。いいわよ」という言葉だったとか。 

 ぼくは早い段階から作家になろうと覚悟してたんですが、良くないことに、根拠のない自信があったんですね。「いつでも本気を出せばいけるはずだ」と思っていたんですね。では本気とは何だろうと。本気を出したらって、その本気はいつ出すのよ、と。本気って、それは非常にシンプルで、ぼくで言えば「書くこと」以外にはない。

『秘伝「書く」技術』夢枕獏:集英社より引用

 本気を出す決意をした夢枕獏氏は、好きだったカメラをすべて処分し、アルバイトのかたわらひたすら書き続け、大学を卒業して四年後の26歳でデビューされています。

 一方で、『女たちのジハード』で直木賞を受賞された篠田節子氏は、市役所勤務をしていた31歳のとき、仕事に役立つだろうと文章講座を受講したつもりが、間違って小説講座に入ってしまい、そこで小説を書く面白さに目覚め、プロ作家を目指されたとのこと(『作家になるには』永江朗:ぺりかん社)。

 小説とは無関係の職に就きながら、幼少から大人になるまで、作家になろうなどと思いもしなかったのに、あるとき小説を書くことに目覚め、デビューされたという作家さまも数多おられます。

 では、プロになるとはどういうことか。

 まずは、そこに書かれた「プロ作家」の定義を読んで、思わず「フォウ」と呻いてしまった小説作品をご紹介します。

 (何度もご紹介して恐縮ですが、それだけさまざま示唆に富む作品なのです)文藝春秋さまの月刊小説誌『オール讀物』にて連載中の小説、『PRIZE─プライズ─』(村山由佳)の主人公は、人気作家の天羽カインという女性。
 彼女は作品の映像化多数、本屋大賞も受賞していますが、プロの作家が選考する文学賞には縁がなく、ゆえに直木賞を渇望しているという設定で、そんな彼女の独白(オール讀物11月号の連載回)からの引用です。


 書店の棚に自作が並んでもいない人間が、そもそも作家だなどと名乗るわけがないだろうとツッコみたくなるが、どうやら今どきは違うらしい。肥大した自意識をだらだらと書き連ねてネット上に公開するだけで、たちまちプロフィール欄に<作家>と書き込んで恥じない連中がざらにいるのだ。
 デビューした当時から心に決めていた。<プロ>を名乗るのは、紙の本を少なくとも三冊出すか、この仕事を五年続けてからにしようと。ネット空間をどこまでも流れてゆく散文がいくら大勢の目に触れたとしても、それだけでは充分でない気がした。データではなくて紙の本を出版し、一冊また一冊と世に残していきたかった。
 残る・・仕事がしたい。そんなふうに考える自分が古くさいのだろうか。

村山由佳『PRIZE─プライズ─』文藝春秋・オール讀物11月号連載回より引用

 
 子どもの頃から紙の本に救われてきたという主人公は、常に読者のことを真剣過ぎるほど考えており、徹頭徹尾そこにこだわって作品を作り上げていることを編集者たちもよくわかっています。
 そんな彼女の独白ゆえ、プロ作家に対して、厳しすぎるほどのハードルを設定していることが伝わってきます。

 また、『小説を書きたい人の本』には、プロ作家になることのメリットとデメリットが以下のように列挙されています。

【プロになるメリット】
 多くの人に読んでもらえる、さまざまな批評がもらえる、技術を高められる、原稿料が入る、ヒットすれば印税や使用料なども入る

【プロになるデメリット】
 締切に追われることがある、作品へのプレッシャーがかかる、自由に書けないこともある、他の作家の作品を純粋に楽しめなくなることもある

 ここにあるデメリットだけなら、全然苦にならなそうな気もいたしますけれど……(そこがシロウトの浅はかさというもので)。

 『ライトノベルを書きたい人の本』(榎本 秋著・成美堂出版)では、書き方を説明する前にまるまる一章を割いて、書く前に知っておくこと、やっておくことが細やかに説明されています。
 そこでは、小説家のアマチュアとプロフェッショナルの違いについて、端的に書かれておりました。
 
 ・依頼を受け、作品を書いて報酬をもらうのがプロ
 ・プロと作家志望者では作品に求められるものが違う
 ・プロの作品と作家志望者の作品とでは将来性という言葉の意味が違ってくる

 このなかの一点目は言い換えれば、作品の対価として報酬をもらえるくらいの優れた作品を書けるのがプロである、ということになり。
 さらには、自分の書きたいことと、他者の要望をすり合わせ、さらに読者を意識していけるのがプロ、とも記されています。
(以上、『ライトノベルを書きたい人の本』榎本秋・成美堂出版より引用)


 ちなみにプロ作家が受け取る原稿料や印税について前回ご紹介しましたが、出版社の儲けがどうなっているのかを以下に。 

社によって割合は違いますが、だいたい定価の六五パーセントが出版社の取り分で、三五パーセントが取次と書店の取り分になります。
(中略)
(出版社の取り分には)作家の印税から始まって、制作費、宣伝費、社員の給料、紙代、印刷代、製本代、みんな含まれている。(刷った)四〇〇〇部すべて売れたとしても、出版社はほとんど儲かりません。
(中略)
今、単行本を初版四万刷れる作家が日本に何人いるか。二十人くらいしかいないんじゃないでしょうか。他の人は四〇〇〇部からスタートして、実績に応じて六〇〇〇部、八〇〇〇部、一万部と初版部数を増やしていくしかない。直木賞作家でも初版一万部という人がたくさんいるというのが、この世界です。

大沢在昌『売れる作家の全技術』角川書店

 
 大沢在昌氏は、文壇で長きにわたり活躍されている重鎮だけあって、プロの心得として、
『デビューして雑誌から依頼が来たら、エッセイでも短編小説でも絶対に断らず、締切厳守で書くこと。書き下ろしの依頼が来たら、期限内にいいものを書き上げること』
 
とし、
受賞第一作(デビューにつながった新人賞を受賞したあとに出る最初の本のこと)がダメならば、この作家はダメということになる』
 
という業界の容赦ないリアルを教えてくださっています。そして、

 限られた時間、限られた条件でいいものが書けるのがプロ

だと仰せです(以上、『売れる作家の全技術』より引用)。

 
 作家は気ままな自由業、執筆依頼を受けるかどうかは自分次第。書きたいものだけ書いて印税生活ができる……などという夢は見ておれぬようです。
 己の仕事ぶりでお金をいただくプロの世界、甘くないのは当然で、それは作家に限ったことではないのですけれど。

 それでも。
 プロ作家になれるものならなってみたい。実現するにはどんな方法があるのか、本連載三回目は『プロ作家になるための手段』について触れてみたいと思います。

・・・・・

 最後までお読みくださり、ありがとうございます。

 小説の書き方指南本は、読み物としても本当に面白いです。ご紹介したもので版が古いものは入手が難しいかもしれませんが、ご興味を持たれた方はぜひ、ご一読を。
(連載の最終回には、あらためてオススメの指南本を列記する予定です)

 明日もみなさまに佳き日となりますように(´ー`)ノ

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