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『ほら、みて』読了

 いらしてくださって、ありがとうございます。

 桜木紫乃さんのエッセイが好きです。といっても、新聞連載の数回しか読んだことはないのですけれど。
 媚びや甘えを感じさせず、無駄もない。己の脚で立っている方なのだなと勝手に想像し、好もしく思っているのでした。

 何度か小説も読もうとしたのですが、苦手とする男女の性愛がらみの物語の気配を感じ、これまで手つかず。
 しかし、今般の伊集院静氏の追悼文を読んで圧倒され、やはり小説も読んでおきたいと手にとったのが、『ほら、みて』というタイトルの短編です(おかもんさま、おすすめくださってありがとうございます)。 

 本作は『Seven Stories 星が流れた夜の車窓から』(文春文庫)というアンソロジー短編集のなかの一本で、同書にはほかに4編の小説(井上荒野、恩田陸、川上弘美、三浦しをん)と、随想2編(糸井重里、小山訓薫堂)が収録されています。

 このアンソロジーは「九州を走る豪華寝台列車『ななつ星』を舞台にした作品」というコンセプトで編まれており、豪華列車の格に相応しい素晴らしい五人の作家さまが、それぞれに味わい深い作品を寄せておられます。

 桜木紫乃さんが列車に乗せたのは、子育てを終えた熟年の夫婦。夢の豪華列車に乗れることを無邪気に喜ぶ夫ですが、妻はこの旅路で、夫に卒婚を宣言するつもりでいるのです。
 冒頭、家庭内の二人の描写から、もう引き込まれてしまって。飛び散った油、噴きかけられた洗剤が散っていく様……どの場面も映像が鮮明に浮かび、妻の思いつめた心情が迫ってきます。
 列車の運行に合わせて展開していく物語の進め方が巧みで、数行読んでは「うまい……」「うまい……」と、煉獄さんのようなつぶやきが結末まで洩れ続けておりました。
 
 人は文字を読むとき、声にならない声で(脳内で?)読み上げているのだそうですが、桜木さんの小説を読んでいると、軽く息が切れそうになりました。一文の長さゆえか、それとも、そこに乗せられた物語の重量ゆえか。なんにせよ引き込まれ、妻の心の揺らぎと列車の揺れとを体感しながらの読書体験となりました。いや、もう、お見事でした。

 これを機に、桜木紫乃さんのほかのお作品もすこしずつ読んでいこうと思います。

 ときに。
 全作品を読み終えた後、こうしたアンソロジーを編むとき、編集さんはどこまで作家さまとすり合わせをするのだろうと思いまして。

 たとえば「青春小説」という括りなら、材を学校生活のみから採るとしても、場所は教室、体育館、部室などさまざま、人なら先輩後輩、同級生、教師と生徒など、組み合わせは無数に考えられます。

 一方『ななつ星』が舞台だと、進行形で物語が動く場所は列車内か停泊地に限られ、登場人物は一人旅か多くても二人まで。
 こうなるとネタ被りが起きる可能性は高いわけで、「乗車するはずの人物が乗れなくなった」というネタが5作品中3作。その3作中、2作品が乗れなくなったネタまで被っていました。

 そうした意味では、桜木作品は一番オーソドックスな『ななつ星』の使い方でしたが、物語の広さ深さ、読後感すべてにおいて断トツだと感じました。
 一番意表を突く『ななつ星』の使い方をされていたのは、川上弘美さんの『アクティビティーは太極拳』。随所にちりばめられたおかしみに、くすくす笑いながら読み終えました。
 三浦しをんさんの『夢の旅路』は、人生の終盤に入った女性二人の物語ですが、作中に一貫して流れる瑞々しい空気が心地よく、ラストシーンの情景の美しさにため息が出ました。
 ある作品は、出オチならぬタイトルオチで、冒頭場面でラストシーンまで想像できてしまいましたが、あえてそのタイトルにしたのは、情景描写に絶対的な自信があるがゆえ、でしょうか。それほど『ななつ星』の車内、食事、クルーすべてのクオリティの高さが伝わってきましたし、のこりの一作品も、実際に乗ったものだけが書ける描写があり、臨場感を楽しませていただきました。

 実はこの『ななつ星』、いつか九州で独り暮らす父を乗せたいと思っていたのです。思っただけで、資金もないのに貯金もせず、本人に告げることもないまま、父が亡くなってもうすぐ五年が経ちます。
 生前はいろいろあった父で、憎んだことも、死亡を知らせた身内からは「いまごろ地獄に堕ちとるやろ」と言われもしましたが、それでも晩年の父が孫たちのために、二十年もの孤独を耐えてくれた、そのことに感謝したくてそれなのに、ありがとうの言葉さえかけられぬまま、孤独死という最悪の形で逝かせてしまいました。
 五つの物語で見事に描写される『ななつ星』の素晴らしさが切なくて、胸のうちで何度も父に詫びながら読み終えたとき、いつの日か、私がこの列車に乗ろう、と思えました。
 私の半身は父でできているから、私が乗れば、父も『ななつ星』に乗ったことになるはず。
 そう思い、まずはどれくらい資金を貯めねばならぬか確かめようと、料金を調べ……えええ? こんなにするんだ……?!
「お父さん、ごめんね。やっぱり乗せてあげられそうにないよ」
 詫びつつ天を仰いだのでありました。

 ・・・・・

 最後までお読みくださり、ありがとうございます。

 好きな作家さまに出逢うと、その方の書いた作品をすべて読みたくなり、書店に行くたびすこしずつ買い求めております。
 noteでも、佳き書き手さまに出逢うと過去記事をすべて読もうとしてしまい、共感や感嘆した記事にもれなくいいねをつけてしまうので……つけられた方はきっと、大量のいいねに恐怖を感じられてしまうだろうなと毎度反省しているのですが……つい、また……怖がらせてしまっていたら本当にすみません<(_ _)>

 今年もあと一か月。
 大掃除など、なにかと体力を使う日々ですけれど、どうぞみなさま、くれぐれもご無理をなさいませんように!
(ベッドにシーツをかけようとして肉離れ、激痛で悶絶しております;;)

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