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ノルウェーの大学でスウェーデン語とデンマーク語にどう対処したか

☆デンマーク・コペンハーゲンに国政選挙の取材へ行った時の1枚

私はノルウェーの首都オスロにあるオスロ大学でメディア学を専攻し、そのまま大学院へと進みました。

「ノルウェーのメディア」を学ぶ学科だったので、文献は基本的にノルウェー語2種類(ブークモルとニーノシュク)、加えてスウェーデン語とデンマーク語。英語の文献は大学ではほぼなく、大学院でちょっと増えたくらいですが、基本的に北欧3か国の言語が主要。

似ている言語ですが、そうはいっても違う言語なので、スウェーデン語とデンマーク語の単語はノルウェー語の辞書に引っかかりません。

しかも、ノルウェーの教員や生徒はそれぞれ異なる方言で話し、副専攻のジェンダー平等学となるとスウェーデン人もいて、スウェーデンの学生もスウェーデン各地の方言で話します。

大学には話を延々と聞く「講義」と議論する「セミナー」があったのですが、セミナーでは北欧3か国の言語を読み書きするだけではなく、それぞれの方言で話す教員と学生にもついていかなければいけません。

ノルウェー語をゼロから学んでたった1年しか経っていない日本人の私がついていくにも限界があります。それでも一度も留年することもなく、落第点を取ることもありませんでした。

今思うと、このような独自対応をしていました。

みんなと同じ時間割にしない

学科には学科がお勧めする時間割のつくり方があり、多くの生徒がこれにそって学生生活をおくります。

私はこれを無視しました。というのも、これに沿っていたら、1年目の段階でかなりのスウェーデン語とデンマーク語の文献を読まなければいけなかったからです。

日常会話レベルではなく、アカデミックな文献レベルのボキャブラリーはレベルが高いし、大量の理論を理解しなければいけないので超難解。

それで私は途中で時間割をがらりと変えて、ノルウェー語やデンマーク語でなんとかなる授業を最初に設定し、スウェーデン語の文献が多い授業を後半にまわしました。こういうことをしている学生はあまりいなかった。

Aを目指さない、スウェーデン語の文献を時にはあきらめる

試験期間中は思い切ってスウェーデン語が多すぎる文献は省きました。この時点で最高点である「A」は絶対にとれませんが、私は気にしませんでした。落第点のFが出ない限りは、学生ビザの更新に必要な「単位」はもらえるのです。だから山の頂上は目指しませんでした。必死に歩き続けることに、集中。

スウェーデン語の文章が回ってきたら、先生に相談して弱音を吐く

ノルウェー語話者にとっては、デンマーク語よりも、スウェーデン語のほうがリスニングは楽でも読解は大変です。セミナーでは学生同士が書いたものを添削しあうこともありましたが、たまにスウェーデン語で書かれたものが私の目の前にぴょんと回ってくることも。こういう時はすぐさま手を挙げて「先生!」と悲鳴をあげ、ノルウェー語のものに交換してもらいました。

メディア学でもジェンダー平等学の学科でも、アジア人がそもそもいなかったので、私は珍しい存在。「そりゃ大変だろうね」と理解してくれる人は多かったです。

ここで大事なのは、黙っていても誰も助けてくれない。「空気を読む」なんてカルチャーはないので、「何に困っているか」自分でちゃんとノルウェー語で表現する能力があることも大事。

ストレス解消、気晴らしになる科目も履修する(必須単位にならなくてもいい)

進学に必要な単位にならなくてもいいのでと、気晴らしになる科目も履修しました。なぜなら、わからない北欧3か国語の言葉でアカデミックな文献を読む生活というのは、「毎日自分ができないことを実感する連続」なので、心が弱ることもあります。そういう時は、「私できるじゃん」と自信をもてる時間をもつことも大事。

そこで私はフランス語やノルウェー音楽などの授業を履修しました。これはわかるから、楽。「すらすら分かる」という感覚が私の気晴らしでした。

その国の「当たり前」から外れる

気晴らし科目では試験も受けたので、他のノルウェー人学生よりも倍の授業を履修し、単位も取得していました。これには学生の相談にのるカウンセラーにもびっくりされましたが、私は気にしませんでした。その国で常識とされることをしていなかったわけだけど、そうしていてよかったなと思います。その国の「当たり前」は時には疑い、従わないほうがいい。

スウェーデン語とデンマーク語をアカデミックなレベルで初めて良かったこと

私はスウェーデン語とデンマーク語を基礎から学ぶということは一度もしておらず、大学の環境で強制的に一気にアカデミックレベルという難解な世界にぶちこまれた状況でした。

今でも日常会話よりもニュースや文献のほうがスウェーデン語とデンマーク語で読めるのはこのためでしょう。一般市民が方言で話している日常会話より、文献に書かれている理論とかの話や政治家やニュースキャスターが言っていることのほうが理解できる。だから、一度基礎の語学書を読んで、日常会話にもうちょっと自信をつける訓練はしたいなーとは思うが。

一番登山が大変な山を先に超えていれば、それからの山は楽に登れる

個人的には語学で最もレベルが高いと思うのは、

現地の人にクレーム

電話での会話

大学や大学院の「アカデミックな言葉」や「文献」

それを体験していたら、ニュースや日常会話は慣れてしまえば簡単に感じます。なぜなら一番難しい山場をもう超えているから。

ノルウェー語、スウェーデン語、デンマーク語に関してもそうで、大学・大学院で文献を山ほど読んだ後だと、新聞記事や政府や自治体の資料とか、そこまで難しいとは思わない。理論を語るアカデミックな本のほうが何十倍も、よっぽど読みにくい。

そしてジャーナリストという仕事柄、「北欧」という名で集まるカンファレンスなどにも取材に行くことが多いので、北欧各国の言語が飛び交う場所にもよく行きます。その分、飛び交う言語をリスニングする力もついてくる。こういう日はすごく疲れるので、睡眠時間も増えます。

苦労して植えた種は後で花になる

だから今思うと、北欧3か国語の大学・大学院生活は大変だったけれど、おかげで仕事の幅を広める手助けになってくれています。

フィンランドではスウェーデン語も公用語なので、フィンランド語がわからなくても、スウェーデン語での政府資料は読めるし!これは去年気づいた利点だったので、「ラッキー!」と喜びました。苦労してよかった、スウェーデン語の難解文献!!!

利点に気づいたのは本当に最近で、かなり長い間「なんという環境だ」とマイナスに捉えていました。

苦労して畑に植えた種は、何年もかけてやっと花になって育つのだな。

しみじみ実感するノルウェー在住12年目です。








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