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ショートショート

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2020年8月の記事一覧

レモネード【恋愛 ショートショート】

レモネード【恋愛 ショートショート】

真夏の午後3時。
カフェで涼むのは最高だ。
一面ガラス張りの窓から見下ろす交差点。
陽炎が立っている。
こんな中、もう歩きたくない。…けど、歩いて帰らなきゃいけない。
店内には、女子高生たちのざわめきが聞こえる。
私達は冷たい水に入れられた金魚みたい。
ソーダ水。レモネード。アイスティー。
冷たい飲み物を飲み干して、ガラスの水槽の中を泳ぐの。

そんな物思いに耽っている千夏をよそに、目の前の裕太は

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里帰り【ショートショート】

里帰り【ショートショート】

おばあちゃんは、きゅうりの馬に乗って、よっちゃんに会いに行くところでした。
「最近は、ちょうちんやほおずきが少ないから、道が暗くて困るねぇ。うちはどっちの方だったかねぇ」
今年は、よっちゃんのお母さんが、うっかりして、お墓にちょうちんやほおずきを立て忘れてしまったのでした。
「おばあちゃん、俺が照らしてやろうか」
「あら、雷太ちゃん」
「おばあちゃん、いつも優しくしてくれるからさ。今日、里帰りする

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海〜迷いを洗い流しに〜【ショートショート】

海〜迷いを洗い流しに〜【ショートショート】

高い草に囲まれた長い坂道。
僕以外誰もいない。
僕の息遣いと、自転車をこぐ音と、遠くの波の音しか聞こえない。
ハァハァハァハァ。
全速前進。
こいで、こいで、こいで、こいで。
向かい風がぶわっと吹いてくる。
潮の匂いが開いた口へ飛び込んでくる。
もうすぐだ。もうすぐだ。
額の汗が風に流され玉になって飛んでいく。
この丘を越えたら。

海だ。

目の端から端まで広がる、海。
それを高台から見下ろす。

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夜の世界のお弁当屋さん【ショートショート ファンタジー】

夜の世界のお弁当屋さん【ショートショート ファンタジー】

ここは夜の世界だ。
太陽は登らない。
暗い夜の中、人々は月や星を頼りに行動する。
月はいつも三日月だ。満月にも半月にもならない。
暗い世界を、僕は自転車に乗って出かける。
西へも東へも南へも北へも。
僕の仕事はお弁当屋さんだ。
砕石場の人へも、駅員さんへも、役所の人へも、そして町へ買い物に出かけられないおばあちゃんへも、毎日休まずお弁当を届ける。
お弁当がお昼時に届くように、僕は暗いうちから(と言

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