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【エッセイ】夢で会えても

 しばらく前から、会いたいひとがいる。
 これといった理由はないが、ときどき無性に会いたくなる。
 連絡をとって会うことはそれほど難しくないだろうが、それができずにいる。
 仲が悪いわけでも、けんかをしているわけでもない。
 いつも会ったところで他愛ない世間話をするだけで、ほんとうに言いたいことは言えず、ときには言わなくていいことを口にしてしまう。そして後になって悔やむのがつねだ。おそらく相手も、同じように感じていると思う。
 お互いのためにならない。それがわかっているから、会いたいのに自分からは会うことができない。
 もう1年ほど顔を合わせていない。

 そのひとが、夢に出てきた。
 夢の中で私は、床で丸くなって寝ていた。なぜかふと目覚めて、うっすらと目を開けると、そのひとがとなりに座っていた。
 横顔を見上げながら、ああいたの、と思ったが、口にしたかどうかはわからない。となりに座るひとが私が目を開けているのに気づいたかどうかも覚えていない。夢の記憶は時間が経つほどに薄れていく。
 そのひとの姿を確認したあと、私は眠気にあらがうことができず、鉛のように重いまぶたを閉じた。

 夢から覚めてなお重いまぶたを苦労してこじ開けると、朝だった。まぶたと同じく、頭も身体もひどく重い。
 起ききらぬ思考で夢の内容を反芻し、会いたいひとを夢にまで引きずり込む自分の執念深さに呆れた。
 やはり会わなくて正解なのだと納得する。
 夢で会えても、言葉を交わすことすらできなかった。救われるどころか、隔たりが身にしみるばかりだ。隔てているのはなにか。隔たりを作ったのは、自分なのか、相手なのか。
 衝動に駆られて会ってしまわなくて良かった。夢の中で会ってなお後悔するのだから、現実で会ったとて、結果は同じにちがいない。

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