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「もしADHDだったら?/もしADHD じゃなかったら?」問題

白でも黒でも、不安と絶望に行き着く

もし、あなたが
精神科の受診を躊躇しているとしたら、
その理由のひとつはこの問題では?

たとえば、もし、
自分がADHDと診断されたら、
数々の問題は

  • 自分の努力不足ではなかった

  • 自分の意識が低いわけではなかった

  • 悪いのは私のせいではなく、持って生まれたもの

という安堵の気持ちがある。


でも一方で、

  • 仕事はどうなるのか?

  • 今の仕事は続けられないのか?

  • 障がい者雇用になったら年収が下がる?

そんな不安も付きまといます。


逆に、ADHD ではなかったら、

  • 自分は健常者だったという安心感

  • でも、これまでも一生懸命に頑張ってきたつもりだったけど・・・

  • これ以上、何をどう頑張っていけばいいのか

という絶望感。

つまりコインを投げた結果、
表と裏のどちらが出ても閉ざされる未来。

だったら、そもそもコイントスを
しない方がいいのではないか?


答えの出ないこの問題が、二の足を踏み続ける大きな理由になります。


二次障害でうつ病にかかる

そうこうしているうちに、
体調はどんどん悪化していきます。

最終的には
「診断結果はどっちでもいい!
とにかく助けてほしい!!」

私が病院へ電話したときの気持ちはこれです。

ADHDかどうか以前に、
メンタルが先にやられてきます。

実際、当時の私の精神状態もふつうではありませんでした。

  • 毎朝、起きるのがつらい。

  • 寝てもまったく疲れが取れない。

  • 家を出る時間が刻一刻と迫るのが恐ろしい。

  • 通勤中、会社に近づくにつれて呼吸が早くなり、心臓がバクバクする。

  • 頭が回らない。

  • 自分がWindows95のPCになった気分。

  • 仕事は進まず、ケアレスミスは量産される。

  • ミスが恐ろしくて仕事を進められない。

  • 仕事を終えられない。

  • 何を言われるかおそろしくて上司や周囲に相談もできない

この悪循環にハマると最期です。
二次障害でうつ病にかかっていました。

深刻になる前に病院をさがして受診すべきだったと切に思います。

診断結果は人生を左右しない

こちらにも書いたように、病院は3ヶ月待ちでした。

その間は本当にしんどい時期でしたが、
ひとつの思考に行き着きました。

それは
「ADHDであってもそうでなくても、
自分は自分。何も変わらない」
です。

私は、極度なケアレスミス量産マシーンでした。
それがADHDによるものであれば、適切な処方箋を医者からもらえるはず。

もしかしたら、薬でマシになるかもしれない。
もしかしたら、医学的見地にもとづいた助言が受けられるかもしれない。

逆に、ADHDではなく定型発達であれば、
シンプルに「正確な作業が極端に苦手」というのが自分の短所なだけ。

これを素直に受け止め、
どうすればミスを最小限にしつつ
複数の業務を平行して進められるか。
それを試行錯誤していく。

要するに、ADHD診断が下りても、
そうでなくても、

「自分はケアレスミスが多くて、マルチタスクが苦手」という点は変わらない。

苦手をきちんと認識して、改善していく。
このプロセスは一緒であると気づきました。

大なり小なり、みんなそうですよね?
すべて完璧にこなせるスーパーマンなんています?

苦手なことは誰かにお願いしたり、
手伝ってもらったりしてサポートしてもらう。
その分、得意なことで貢献する。

ちなみに、
診断結果を会社や上司に言う義務もありません。

もっと早くこの思考に達していれば、
ちがう行動をとっていたのではないかと感じています。


なので、ADHDか否かを気にして
事態が悪化するのを待つくらいであれば、
サクッと精神科や心療内科を予約しましょう。

どっちかわからず、
自己診断くらいでは確信が持てず、
気になって仕方がないという状態が続くのなら、
白黒はっきりつけるべきです。
その方が開き直って自分と向き合えます。


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