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エンジェルANDバスタード第1話『地獄への道は善意で舗装されている』

#創作大賞2023 #漫画原作部門

あらすじ

20XX年、人間と"天使"は時に対立し、時に利用し、時に共存していた。天使関連の騒動・事件の解決を生業とするエンジェルレンジャー・氷村 焔(ひむら ほむら)。依頼を受けた彼は、"剣の天使"ハスターの元を訪れる。しかし彼はハスターに敗北し、何故か彼女に世話を焼かれることになってしまう。ハスターの真意は一体…!?
人間と天使が織り成すファンタジー活劇、開幕!

補足(現時点のアイデア)

・剣の天使(天叢雲剣、アロンダイト、エクスカリバー、ティルフィング、デュランダル)
・人魚の天使
・呪いの天使
・愛の天使
・肉の天使
・大罪の天使達(七つの大罪、八つの枢要罪)
・恥晒しのバスタード一族
・祝福されし悪魔の手

以下本文

1

(白い壁 赤い屋根の洋館…特徴一致 ここか)
山奥の森にある洋館。そこへ男が1人訪ねて来た。
長身で筋肉質な身体つき、黒髪で赤色の瞳。頭にゴーグルをかけ、落ち着いた赤色の修道服を着ていた。七分丈のローブの下には、黒いズボンとブーツ。腰には手斧を携えている。

ギイィ…

大きな重い両開きの扉を押す。
男がチャイムを鳴らさず館へ足を踏み入れたのは、この館の住人にとって招かれざる客だから…と、彼が自負しているから。
玄関ホールは灯りが点いておらず、窓から差す月光のみが、空間を照らしていた。
男が、ゴーグルの暗視機能をONにしようとした時、

『どなた?』

男が玄関ホールへほんの数歩入っただけで、館の住人は侵入者を察知したらしい。

前方を見ると、階段から女がひとり降りて来た。少々影はあるが、月の光で彼女の姿形を確認できた。
腰まで伸びた銀髪、白い肌、青色の瞳…男が持っていた情報と一致している。
白のカッターシャツに、黒いベストとミモレ丈のチュールスカート。胸元には、星形の飾りが付いたループタイを締めていた。安全靴らしいブーツを履いている。
「…"剣の天使"だな?」
男は腰の手斧に手を伸ばした。
「 ああ なるほど」
女は目を伏せた。
「"エンジェルレンジャー"さんでしたか」
「おまえにはぁ悪いが…おとなしく つかまってもらう」
「フフ… 嫌です」

フワッ

「"エクスカリバー"」
女…剣の天使の右手の平から、一振りの剣が突出する。白銀に輝くブロードソード、鍔には青色の石が埋め込まれている。その色は、彼女の瞳の色と似ていた。
「随分長いこと剣を振っていませんが…流石に"今"の貴方には

負けませんね」

ダンッ

天使がそう言ったのと、男目掛けて大ジャンプしたのは、同時だった。

「!」

2

「ぅ…」
男は目を開けた。天井のランプの光に顔をしかめる。
「? なッ!?」

ガバ…

「ッ! つゥ〜…ッ!」
男は飛び起きようとしたが、頭に痛みが走り…再びベッドに沈んだ。
(俺は 剣の天使に柄で頭を殴られて…それで なんでベッドに?)
男は自身の頭部に右手で触れる。…ゴーグルは無くなっており、包帯が巻かれている。
(そもそも剣で斬るんじゃなく殴るって…柄で殴るって)
「おはようございます」
「!?」
男が色々考えようした直前、声を掛けられた。
声がしたほうへ視線を向けると…剣の天使がいた。
「もうお昼の11時ですよ」
天井のランプが逆光になり、剣の天使の顔が影になる。しかし男は彼女の…左目の"異質さ"に気付いた。
瞳が青色なのは右目と同じだが、本来白い筈の…結膜が真っ黒なのだ。さらに見ると、左目を跨いで縦一文字の傷がある。
邂逅した夜は、左目側は月光の影になっていたため、気付かなかったのだ。
「何か食べられますか?お粥か パンか シリアルの 三択ですが」
男の顔を見下ろす天使。彼女の銀髪はカーテンになって、男は顔が少しこそばゆくなった。
「…おかゆ」
訊きたいことは山程あったが、質問を質問で返す気にはなれなかった。
「お粥ですね わかりました」
天使は小さく笑むと、部屋を去って行った。
おそらくここは天使の住む館の一室なのだろう。ローテーブルと2人掛けのソファ、床にはカーペットが敷かれている。男が横になっているベッドの、真反対の天井の角には部屋の景観に不釣り合いなエアコンがある。冬の寒さがまだ残る春には、ちょうどいい暖かさの室温だった。

3

「召し上がれ」
天使によって上体を起こされた男は、ベッドテーブルに置かれたお粥をまじまじと見つめる。ホカホカ湯気が立ち、卵でとじてある。
「毒なんて入れてませんよ」
天使はベッドの脇で椅子に腰掛けている。
「そういわれると逆にあやしい」
男は天使を睨めた。
「おまえ なんで俺を…ねかせたり メシくわせようとするんだ?」
男に訊ねられた天使は、小さく息を吐いて言った。
「貴方

風邪でしょう?」

「…はぁ?」
男は面食らう。
「なので眠らせて ベッドまで運びました」
「…いや いやいやいや 俺は にんげんだぞ」
「存じてます」
「おまえを…つかまえようとした てきだ…おまえの」
「…」
「それにこんなの ほっときゃかってになお…っ」
男は頭を抱える。殴られた痛みか、それとも風邪による痛みか。
「…食べられ ますか?」
「…たべる たべるよ はらへってるから」
「! 食べさせてあげましょうか?」
何故か天使はニコリと笑った。
「じ じぶんでたべる」
男はレンゲをとり お粥を掬った。

4

「わたくし"ハスター"と言います 貴方は?」
ベッドテーブルを下げつつ剣の天使…ハスターは訊ねる。テーブルの上には、空の器と使用済みのレンゲがある。
「…焔(ほむら) 氷村(ひむら) 焔」
男…焔は力なく答える。久しぶりに温かい食事にありつき、フカフカのベッドで横になったおかげか、ドッと疲れが押し寄せる。ついさっきまで眠っていたのに、また眠くなる。
(そもそも業務連絡以外で誰かと喋ったのも 久々だな…)
「かゆ…うまかった ありがとう」
焔は風邪と眠気でまわらない口を何とか動かして…再び眠った。

5

ぴょんっぴょんっ

「ん…」
腹の辺りに、痛みはないが…何か感じる。
(何か乗ってる…?)
焔が寝ぼけ眼で視線をやると、

肉まんサイズの、人形のような頭が、一人でに跳ねていた。

「ビャッ!!!!」

焔は素っ頓狂な短い悲鳴を上げて飛び起きた。
その拍子に、頭…生首は転がり落ちた。
「みゅ」
コロリンと生首は、恨めしそうに焔を睨んだ。茶髪で黒い瞳のソレは、
「みゅ〜」
何やら鳴き声を上げている。
(怒ってる…のか? そもそも生き物か? コレは?)
焔がまだ若干痛む頭で考えていると

「焔くん? どうしたのですか?」
ハスターが慌てた様子で部屋に入って来た。彼女に気付いた生首はぴょんぴょん跳ねながらハスターに近付いた。
「ロウワー?」
ハスターは膝を曲げ、生首…もとい"ロウワー"の前に両手の平を広げる。ロウワーは彼女の手の平の上に乗る。
「みゅ!みゅみゅみゅっみゅ!」
「うん…うんうん…そうなの?」
(鳴き声…言葉?)
「ふむふむ…なるほどなるほど」
ハスターは頷き、焔に向き直った。
「ロウワーは『焔くんの様子を見ようとしたら 飛び起きた焔くんのせいでベッドから転がり落ちた』と言っていますが お間違いないですか?」
「お…まちがいはない けど ちょ ちょっとまて その…その肉まんみたいなの いきものか?」
「ああ ロウワーですか? 珍しいですものね」
ハスターは立ち上がる。どうやら"肉まん"は『ロウワー』という名前らしい。
「生き物ですよ。食欲も睡眠欲もあります。…学名や生息地は未だに謎だらけですが」
ハスターの両手の平に乗っている"肉まん"は焔を見る。瞳はクリクリしていて"可愛い"…と言えなくもない。
「デフォルメされて生首としかおもえんが…」
「…焔くん『ゆっくりしていってね』ってご存知ですか?丸みを帯びた頭部が特徴的な」
焔は少し考える。
「…FuTube(フューチューブ)とかトコトコ動画の アレ?」
「はい ロウワーはソレみたいなモノです」
「え? ゆっくりまんじゅうってコト?」
言われてみると確かに、丸みを帯びた生首オバケ、のような見た目だ。
「もしくは『千と千尋の神隠し』に登場する頭部のみのあのお三方…お名前は何でしたっけ」
「…『カシラ』?」
「そう! それです」
「アレ実在するのか!?」
「実在する…と思いますよ …わたくしもロウワー以外では見たことありませんが」
「みゅ」
「て 天使の一種か? コイツもしかして」
「いいえ ロウワーは天使ではありませんよ …わたくしの従者 といったところです」
「ほ ほう…すごいな なんか えっと ロウワー だったか? その…ごめん ベッドから おとして」
「みゅーみゅ」
「『いいよ』だそうです」
「…そうか」
焔はホッと安堵した。

6

「だいぶ熱は引いてきましたね」
焔がこの館にやって来て一週間が経った。
「食欲も増して…ロウワー以外の方に食事を作ったのは何年ぶりでしょう」
ハスターは窓の外を見る。朝日が差し込み、彼女の銀髪を輝かせていた。
焔はそんなハスターの横顔を見ていた。
人間と天使。天使の姿形は人間と大差ない。だが天使は人間には持ち得ない"能力"を有している。
焔は何度も、目の前にいるハスターが"天使"であることを忘れそうになった。『"剣"の天使』の彼女は、体内から剣を召喚し、それを操るという能力を持っている。
だが焔がその能力を見たのは、ハスターと邂逅したあの夜だけだった。
だからこそ風邪と疲労を拗らせていた焔…彼に手料理を振る舞い、彼の額に冷水で濡らしたタオルを当て、彼が眠りに就くまで傍にいる…その姿を見ていると、焔は何度も忘れかける。
自分は"エンジェルレンジャー"で、ハスターは"天使"で。
自分は彼女を生け捕りにしようとしていたことを。
「俺はそろそろ…ここを出るよ」
このままではマズい、そう判断して口にした。
「ダメです」
キッパリ言われた。
「? 風邪は治っただろ」
「熱は引いてきたと言いましたたが…37.0度。微熱とはいえ、まだ安静に」
「あとは勝手に治るだろ」
「ここからぶり返すことがあるんです それに焔くん 貴方は…風邪以外にも問題があります」
「え 何かあるのか俺は」
「肋1本と右足の骨にヒビが入っていますよね」
「…そうなの?」
それは初耳だった。いつ負った? あの時か? それともあの日か?
「? 自覚が無かったんですか!?」
「痛むとは思ってたが…筋肉か関節の疲労かと」
「な…焔くん」
ハスターはワナワナと両手を震わせた。
「もしやブラック企業にお勤めですか?」
「や 俺はフリーのエンジェルレンジャーだ」
「平均就寝時間は? 最後の休日はいつですか?」
「ここに来る前はほとんど3〜4時間睡眠で 最後の休みは…3ヶ月くらい前?」
「…スゥーッ」
ハスターは深く息を吸い、ベッドに腰掛けている焔にツカツカと歩み寄る。そして彼の両手を包むように握った。
「焔くん」
「は ハスターさん? な なに?」
「貴方が超健康体になるまで家に帰しませんからね!!」
「え何で!? 帰らないと依頼が…」
「貴方以外にもレンジャーさんは沢山いるでしょう!!」
「いるけど…」
「なら貴方1人が存分に休んでも問題ありませんね!!」
「いや でも…」
「『いや』も『でも』も今は無し!!」
ふたりの問答はロウワーが部屋に入って来るまで続いた。

7

その後も、焔は若干仕事を気にしつつも、館でハスターやロウワーと過ごした。
館の中や館を囲う森の一部を探検した。
図書室で本を読んだり、庭で草木や花を見たり、森や川で狩猟や採集をしたり、ハスターと一緒に料理を作ったり、洗濯などの家事をしたり、ロウワーの言語を理解しようとひたすら耳を傾けたり…。それは、長らくエンジェルレンジャーという仕事一筋で日々を溶かしていた焔にとって、新鮮で、そして穏やかな時間だった。

「からくり屋敷?」
「の なり損ないがこの館です」
ある時、ハスターが館の間取り図を見せてくれた。
「この館は 元々わたくしの父が設計したモノで…仕掛けを作りすぎると生活が不便になるので 途中で普通の館として建築されましたが」
焔が館にやって来て、1ヶ月が経とうとしていた。

8

「これを…」
満月の夜。ハスターが焔に、あるモノを渡した。
「! 俺の手斧とゴーグル…!」
焔がしばらく見ない間に、すっかり2つは新品同然の見た目になっていた。
「ロウワーにお願いして、錆取りや磨製や部品の交換をしてもらっていたのです」
「みゅ!」
「ロウワー 本当に器用だな そのまんまるボデーでどうやったんだ?」
「みゅみゅみみみゅ」
「『まだひみつ』か?」
ほんの少しだが、焔はロウワーの言語がわかりつつあった。
「嬉しい ありがとう …ごめん」
「ゅ?」
焔は気付いていた。ハスターとロウワー、ふたり(ひとりといっぴき?)が、この館を去る支度をしていることを。
ふたりはずっとこの館で暮らしていたのだろう。だがそこに人間…エンジェルレンジャーがやって来たのだ。
…そして焔は『仕事』に失敗した。
「…帰ったら 依頼主には」
「?」
「『館に天使はいなかった 1ヶ月ほど見張ったが 誰も現れなかった』と報告しておく」
「みゅ!」
「! …助かります」

ギギィ…

「! 玄関から…!?」
「…私が出ます ロウワーは焔くんの傍に」
「みゅ…」

9

ガチャ ガタガタガタガタ

「随分大勢ですね…」

カラカラカリャリャ カタカタカタカタ

盛大に開かれた玄関扉から、軽い音を立て入って来たのは、大量の木製のマネキン人形だった。顔も毛も無く、全身真っ白。ブティックでは着飾って並んであるそれらは、ひとりでにクネクネと滅茶苦茶に関節を動かしながら玄関ホールの人(?)口密度を増やしていく。
「どなたですか」
人形の数はパッと見50〜70体ほどだろうか。
最後に一際、巨大な人形が入って来た。他の有象無象の人形と違い、頭が2つ、腕が4本、脚は円状に15本生えている。
「"エクスカリバー"」
右手からブロードソードを突出し構える。
「お前…"バスタード"だな…?」
「あら…バスタードにご要件が?」
「お前が一番手っ取り早いからな…私と来い」
「お断りいたします」
「そうか…

わかった…」

ヒュン

人形達が一斉にハスターを囲み群がる。

ダァン

それをジャンプで避け、一体の人形へ肩車のように乗った。

フォン バキンバギハギハキバキン

エクスカリバーを振り、周囲の人形の首を破壊する。
(これらは全てただの人形…あの巨大人形か または巨大人形はデコイで近くにいる複数の人形…どちらかに"本体"がいますね)
ハスターに襲いかかる人形のほうが圧倒的に多いが、巨大な人形から離れないように寄り添う人形もいた。
(しかし数が多い…!)

ダッダッダッダッダッダッダッ

(! 階段に…!)

ボギッ

乗っていた人形の首をへし折り、向かって来る人形を破壊しながら階段へ向かう。
("今"のロウワーは戦えない 焔くんは病み上がり…! 私にもブランクが…!)

ゴギャンッ

「!」
木材が割れるような、軽くそして大きい音が響いた。
「なるほど "人形の天使"か」
「み"ゅ〜っ」
頭にゴーグルを掛け、手斧を構えた焔と、彼の肩に乗ったロウワーが2階の部屋から出ていた。

ズッパァンッ

人形を剣刃でいなしつつ、ハスターは2人と合流する。
「ハスターさんごめん 音が気になって…部屋出ちゃった」
ハスターは"やれやれ"と小さく息を吐いた。
「ロウワーは焔くんと一緒にいてください」
「みゅ!? みゅ…」
「焔くん 戦えますか?」
「イケる」
「わかりました 奥の巨大人形に向かって行きますよ」
「おし」
ハスターは剣を、焔は手斧を構える。

ダンッ ズバン ゴンッ グシャア ゴジャッ ドゴッ

刃で裂き、時に柄で殴り、時に蹴飛ばし、時にいなしながら、2人は突き進む。
「巨大人形は本体か!?」
「もしくは寄り添ってる人形!!」
「レンジャーは! 天使を"上"の許可なく殺すのは御法度なので! そこんトコよろしく!!」
「承りました!!」
「ところでコイツ何でここに来たの!?」
「わたくしに用があるみたいで!! お断りしたらコレです!!」
「なるほど!!」

ドォンッ

「「!!」」
とうとう巨大人形と、寄り添っている人形共が動き出した。巨大人形は4つの手を大きく開かせ、ハスターを捕らえようと、焔を叩き潰そうとする。
「人形の天使さん 本体はどこにおりますの?」
「答える筈なかろうが…!」
巨大人形はくぐもった低い声で言う。

グォン

(!!)
再び自身に向けて振り下ろされた巨大な手を、ハスターは辛うじて躱す。そう、辛うじて。
(やはりまだブランクが "80年"も握っていないと こうなってしまうのですか…!!)
身体が剣を振るっていた頃を完全に思い出すのに時間を要する。人間の言葉を借りるならハスターは今『身体が温まってきた』状態ではないのだ。

ドズッ

(なッ…?)
突如横から槍が飛んで来て、ハスターの脇腹を突き刺した。
「ゥグ…ッ!」
「! ハスターさん!?」
槍が飛んで来た方向を見ると、玄関ホールに飾られている甲冑の手から、槍が無くなっていた。その甲冑の近くには人形が1体、投擲の構えをしていた。
その人形は別の甲冑からまた槍を取り、構える。
(マズいです…!!)
槍を引き抜けば、ハスターのような優れた"天使"であれば傷を治せる。
だがそれよりも、人形が槍を投げるほうが早い!

ブンッ

2本目の槍がハスター目掛けて飛んで来た、その時。

ドズブッ

「は」
ハスターと槍の間に、割り込んで来た人物の胸から鮮血が噴き出す。
「!! 焔くん!!」
「ゔぇ…ごぼ…っ」
口から血も吐き出した。ガクリと膝から崩れる焔の身体を抱きとめる。
「みゅ!みゅ!!みゅー!!」
焔の肩に乗っているロウワーも叫ぶ。止めようとしたのだろう。焔がハスターの前に飛び出すことを。
「まずひとり…」
巨大人形が呟く。
(確か…確かここに…!)
ハスターは"仕掛け"のスイッチを足元で探る。

カチッ

カーペットに隠れていたスイッチ…からくり屋敷になる筈だった館の仕掛けを、足裏で押す。
「ロウワー! わたくしに捕まって!」
「みゅ…!」

ガラガラガラゴロゴロゴロ

仕掛けが作動し、ハスターらのいる床が回転した。
「! 待て…!」
巨大人形が手を伸ばす。

ブシュッ

床が回転して地下に落ちる直前に、ハスターは脇腹の槍を引き抜いた。
「フンッ」
そして槍を巨大人形の喉目掛けて投擲した。

ゴヅン

「ぐえ…」

ガラン ドン

10

ドン

「みゅっ」
「ウッ」
脇腹の痛みに顔をしかめつつも、焔をこれ以上傷つけないように、自ら彼の下敷きになって、地下のランドリールームにあった洗濯物の山に着地する。ロウワーはポンと1回バウンドした。
「焔くん…!」
「はぁ…ッ…ぁ…ッ」
人間の焔は、天使のハスターと違い肉体が再生しない。胸を槍で貫かれている。まだ息が残って欲いるのは奇跡だ。
「やっと…や…っと」
「焔くん…?」
「みゅ…?」
仕掛けのスイッチは踏み潰して破壊したが、人形達が階段を降りてこの地下に来るのも時間の問題だ。
「恩…かえ…せ…た…」
焔はハスターとロウワーに目をやり、満足げに微笑む。
「あり…がと…さいご…に…」

11

「焔くんは ご家族は?」
「あ…妹が1人」
「…そうですか」
父母については触れなかった。
「一緒に暮らしてらっしゃるの?」
「ううん 別々 妹は寮暮らしで…俺はレンジャーだしな 家に帰れない日はザラにあったから…な?」
「天使のわたくしが訊くのもどうかと思いますが…エンジェルレンジャーは 危険なお仕事でしょう?」
「確かに危険だけど…俺が身体を張って 世の中の役に立ったり 誰かを助けられたら それでいいよ」
「…その考え方…妹さん 心配するのでは」
『妹』という単語を使ったが、本当は『わたくし』と言いたかった。
「大丈夫だよ アイツ強いもん」
あっけらかんと、焔は笑って言った。

12

「勝手に恩返しして 勝手に感謝して 勝手に…勝手に…ッ」
焔の胸部を貫いている槍を左手で掴む。
「勝手に満足して 勝手に死ぬのは許しませんからね」
右手で焔の前髪を額から除ける。

「"約束"しましょう」

ハスターの掴んでいる槍が、塵と化し消える。そして焔の刺し貫かれた胸が、白く輝いた。
「みゅ!?みゅみゅみゅーみゅみゅ!みゅみゅみゅ!!」
ロウワーは驚いた。自身の主人が、まさか、そんな。
「焔くん わたくしの"心臓"を貴方に"貸し"ます この貸与期限は貴方

彼女は一言二言何かを呟くと、焔の額に

そっとキスを落とした。

13

「…はっ!?」
焔は飛び起きた。最近飛び起きてばかりだ。
辺りを見回す。薄暗く、湿っぽく、そして肌寒い。
「どこだ ここ… 俺はハスターさんの前に出て…それで」
「みゅー…みゅぅー…」
「! ロウワー?」
声のしたほうを見ると、声の主であるロウワーが、床に倒れているスターに寄り添っていた。
「ハスターさん?!」
彼女に駆け寄ろうとして…焔は気付いた。
「胸が…」
自身の傷が癒えていることに。槍に、刺し貫かれた筈の。
「まさか ハスターさんが…?」
横向きになっているハスターの、顔にかかっている髪を指先でそっと除ける。
死人のように穏やかな、彼女の顔があった。
「ぁ…そんな…ウソだろ…?」
聞いたことがある。"天使が人間に、身体の一部を与える"『約束』という力を。サッと血の気が引く。
「なんで…なんで俺なんかに…ッ」
視界が涙で滲む。張り裂けんばかりの声が出そうになった。
「みゅ!」
「! ロウ ワー?」
「みゅ!みゅ!みみみゅ!」
ロウワーはぴょんぴょんと、焔の手斧の上で跳ねていた。その近くには、ハスターの剣もある。
「"戦え"って…?」
「み"ゅッ!!」
「…」
焔はグシグシと袖で涙を拭い、頬を両手で強くパンッと叩いた。
「わかった」
右手に手斧、左手に剣を取った。

ダンッドンドンドンドンドン

大勢の足音と、壁…扉を叩く音が響いた。人形の天使共がこの部屋に入ろうと、扉を破壊しようとしている。
「ロウワー ハスターさんの傍に」
「…みゅ」

14

人形の天使は勝利を確信していた。長いこと姿を眩ませていた剣の天使は、隠れていた間まったく剣を振っていなかったことが、一目見てわかった。小さいマスコット生首は論外として、人形の天使が最も警戒していたのは、実は赤い修道服の人間のほうだ。人間の強さは未知数だからである。だがその人間は、愚かにも天使を庇って死んだ。
あとは容易い。剣の天使を手に入れれば、目的は完遂する。
眷属の人形共は、地下室の扉をそろそろ破壊できそうだ。鍵がかかっている上、やたら頑丈だ。

人形の天使は、慢心していた。
扉の先から聞こえる駆動音を、気に留めていなかった。

ギーギーギーギーギーギーガガガガガガガガ

「!?」
人形の天使は、目の前の光景を理解するのに時間がかかった。
扉が壊れたと思いきや、鋭い刃が付いた大量の振り子が、地下室から飛び出して来たのだ。
さらにその振り子の1つに、人間が器用に乗っていた。
「は」

トンッ

人間は跳躍し、廊下の一番奥にいた巨大人形を手斧と剣で破壊した。
「ッ! バカな…! 貴様死んだ筈では…!」
「からくり屋敷の罠ってスゲーな」
木片と化した巨大人形の残骸にそう零しつつ、人間は次々と向かって来る眷属人形を薙ぎ倒していく。
(マズイマズイマズイ…! 私が斬られるのも時間の問題だ…! ここは一時撤退を…)
「お前が本体か」

バゴンッ

「ご…」
ほんの数秒思案しているうちに、立っている人形は、本体だけとなっていた。
「殺しはしない だが…」
人間の手には、槍が握られていた。それは、巨大人形の喉に刺さっていた筈の

「これはお前がハスターさんにブン投げたヤツだあぁーーーーーーーッッ!!!!」

ガドォンンッ

人形の天使の腹部を、槍が刺し貫いた。

15

「ハァ…ハァ…」
人形の天使は、腹部の槍によって床に縫い付けられている。どうやら痛みで気絶しているらしい。
(人形は"支部"に引き取ってもらって…あぁそしたら"依頼主"と話すことになるな…その前に ハスターさんを…ロウワーのこれからを…)
心臓がドクドク忙しなく鼓動している。今動いているコレは、焔自身のモノじゃない。
「ハァ…」
一度死の淵を見て、その後すぐに身体を動かしたせいか、それとも病み上がりだからか。身体が重い。だがそんなことに構ってられない。ロウワーとハスターのいる地下室に戻り…焔は目を疑った。
「う〜ん…」
「え?」
ハスターが起きている。
「あ… 焔くん…」
「ハスター さん? あ え い 生きて る…?」
「わたくし どれくらい気絶してました…?」
「きぜ え きぜっツ?」
「みゅ」
「い 1〜2分 くらい…?」
ハスターはただ気絶していただけだったらしい。
(そ そういえば俺 ハスターさんの脈とか確認してなかった…というかハスターさんの剣! 剣(エクスカリバー)が消滅してない!)
天使の能力は原則、天使が死ぬと共に死ぬ。エクスカリバーが消滅していなかった、つまりハスターは約束をした後も生きていたのである。
「…ロウワー 知ってた?」
焔はハスターの膝に乗っているロウワーに問うた。
「みゅん」
「…そうかァ」
焔は顔が熱くなるのを感じた。とんだ早とちりだった。
(恥ずかしい 穴があったら入りたい そしてセメントを流し込んでほしい)
「焔くんが無事で良かったです」
ハスターは立ち上がり、焔に笑いかけた。
「! ハスターさんこそ その…無事でよかった」
「みゅん!」
「その…ハスターさんは今 生きてるってことでいいんだよな? 心臓は俺に"有る"けど…」
「はい "約束"は天使が人間に身体の一部を…"あげる"んです」
「?」
一瞬言葉に詰まったように見えたのは気のせいだろうか。
「なのでわたくしは今 物理的に左胸に穴が空いています」
「へ…穴?」
「…見ますか?」
「だ ダメだろ!!」

第2話

https://note.com/arumikan_763/n/na15910a50f1d

第3話

https://note.com/arumikan_763/n/n4bf27970472f )

他のコンテスト応募用に修正・改変したモノ↓

( https://note.com/arumikan_763/n/n161fcd91c965 )




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