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エンジェルANDバスタード第2話『自分の星に従え』

#創作大賞2023

1

「さて どうするか…」
館の固定電話を借り、匿名で人形の天使を通報した。町からこの館まで距離はあるが、"支部"は何とかできるだろう。
人形の天使を館の柱に縛りつけたが、起きる気配はない。焔の2撃が相当効いたらしい。
「俺とハスターさんの"約束"は ハスターさんの心臓1つを2人で共有…で合ってる?」
「合ってます」
「みゅん」
「心臓をまた槍で貫かれたりとか 致命傷を受けたら…?」
「…2人一緒に死にます」
「…なるほど」
"依頼主"には絶対ハスターを渡してはいけないだろう。口頭で虚偽報告は簡単だが、大して時間は稼げない。すぐバレる。ならば…
(バレても全員無事のルートを探す こういう事態に頼れるのは…)
「焔くん」
「何すか」
焔が思案しているとハスターが声をかけた。
「わたくしとロウワー 焔くんの家に居候していいですか?」

はい!?」

「"はい"だって やったねロウワー」
「みゅー!」
「違う違う そうじゃない!」
「鈴木雅之?」
「歌ってない! なんッなんで俺ん家!?」
「この館の所在は 人形の天使さんや焔くんに知られてしまいました なので館を去りたいのですが…行くところがなくて」
「…父親は? いるんだろ?」
「…お父様のところへは帰りたくありません」
ハスターは焔からそっぽを向いた。顔は焔からちょうど見えない。ロウワーは心配そうに彼女を見上げる。
「人間と"約束"したとお父様に知れたら 何をするか…」
その声は小さく、震えていた。
「…」
そうだ。肉親がいるとして、必ずしも頼れるわけではない。…焔も彼女のことを言える環境で育っていない。
「…わかった その…新しく家が見つかるまではってことで」
「 ありがとうございます!」
「みゅぅー!」
「どういたしまして …まずここを離れよう "ふたり"こういう時に強そうなのがいる」
「ふたり? どんな方ですか?」
「1人は人間で…もう"ひとり"は天使だ」

2

「な…何とか 町に着いた…ハァ…」
「はぁ…焔くんって…はぁ…徒歩で 来たんですか? この町から はぁ 館へ?」
「うん…めっっちゃ しんどかった」
「そうでしょう…! その上貴方は風邪をひいて骨にヒビが入ってましたから…!」
「さらに獣道…」
「みゅ〜…」
「ロウワー…お前はハスターさんの肩にずっと乗ってたろうが…」
「あ…乗り物酔いですね」
「乗り物酔い…!?」
"人形の天使を倒し→匿名で通報し→ハスターとロウワーの荷物をまとめ→山を降り→町に着いた。"
一睡もできてない。ハスターの荷物も運んだため、あらゆる筋肉が悲鳴を上げている。
東の空がほんのり明るい。じきに日が昇る。新聞や牛乳の配達員がいてもおかしくない。
「ちょっと荷物置かせてもらうぜ」
焔は一度両手の荷物を地面に降ろし、自身の修道服からケープマント(七分袖、フード付き、胸元の留め具は三日月)を取り外した。
「ハスターさん これを」
それをハスターに渡す。ハスターも地面に荷物を降ろし、ロウワーの頭を撫でていた。
「町を歩いてる間これを羽織ってくれ フードも被ってくれるとなお良い」
「焔くんのケープを…? なぜですか?」
ハスターは焔のほうに顔を向ける。
「天使を匂いや音…中には顔を一目見ただけで判別できる人間がいる だから人間が着ていた衣服を天使が羽織れば 匂いと…フードを被れば顔も隠せる」
「なるほど…初めて知りました」
ハスターは焔からケープを受け取る。
「ロウワーを預かってくれますか?」
「おう… こういう時は香水が一番良いんだがな…」
ロウワーがハスターの手の平から焔の手の平に移動する。先程より少しばかり顔色が良い。
「乗り物酔いしているロウワーは 頭を優しく指の腹で撫でてください」
「こうか…?」
「ミュ〜…」
「上手です ロウワーがリラックスしてます」
ハスターは焔の深紅色のケープを羽織り、フードを被る。
「その…着ろって言っておいてだが…臭くない?」
「…山の土と草の匂いがします」
「そうか…」
「汗の匂いを添えて」
「そうか…」
焔の『そうか…』の声色は前者と後者で異なる。
「…みゅ…?」
ロウワーは2人以外の気配を感じたが…酔っていてそれどころではなかった。

3

「着いた」
「ここは…?」
「植物園 一般人の見学は到底できないけど」
縦13メートル×横13メートルの空間に、全面ガラス張りで2階建てのキューブ型の建物がある。1階は色とりどりの花や苗木が見える。2階も植物が見えるが、1階と比べると少ない。
「中の植物には触らないで 全部毒だから」
「大丈夫です 自力で解毒できます」
「スゴ でも触らないで」
この植物園は焔達のいるQ市の端の区の、さらに端…もはや町外れ。建物の東側は車道に面しているが、あとの三方は人の手が加えられた畑に囲まれている。

ガララ…

少々行儀が悪いが、焔は足で裏口のスライドドアを開け、中に入る。ハスターも続く。
「すみませーん 花畑(はなばたけ)さーん? いますかー? あ ハスターさん 荷物はここのロッカーに入れときましょう」
焔が入ってすぐ隣の、大型のロッカーを指差した。
「キャリーはこっちで ボストンと…ダッフルは一緒に入るか」
「ショルダーとトランクも一緒に入りそうです この2つはこっちに入れます」
「うんよろしく ガーメントはどうする?」
「それはこちらに 隙間がありますので」
「任せた じゃあリュックはボストンたちと一緒に入れとく…このリュックは傾けて大丈夫?」
「はい大丈夫です …それにしてもわたくし達 よくこれら全部を運べましたね」
ロッカーを閉め、それぞれの鍵をかける。
「ハスターさん 下山する前も訊いたけど荷物はホントに減らしてるんだよね? 鞄7つでロッカー3つ使ってるんだけど」
「減らしましたよ」
ハスターは両腕を上に伸ばす。
「う〜ん! やっと肩が軽くなりました」
「トランクとボストンとリュックを運んでたらそりゃね」
残り4つのキャリー、ショルダー、ダッフル、ガーメントは焔が運んでいた。
「ロウワーが動ければ より荷物を運べたのですが…」
「鞄7つを2人で運べただけ上出来…ん? ロウワーがどうやって荷物運ぶの?」
「それは」
『む 氷村クンではないか』

吹き抜けの2階から少女の声が聞こえた。ハスターと焔は顔を上げる。
「む? そちらは?」
吹き抜けの廊下から顔を出している少女。目を惹くのは、少女の…本来右目がある場所。彼女の右の眼窩から…桜の花が咲いている。
「貴方…天使ですか?」
「む もしやお主も?」
少女はトットットッと階段を降りて来た。
肘まで伸びた茶色のストレートヘア、左目は若葉のような緑色の瞳。背丈は焔の頭2つ分(ハスターの頭1つ分)小さい。白いレースで作られたボンネットとワンピースを身にまとっている。
「お初にお目にかかる 我は花畑 花束(はなたば) "花の天使"だ お主は?」
ハスターは被っていたフードを取る。
「わたくしはハスター 剣の天使です こちらは従者のロウワー」
「む…? …ああ こちらこそよろしく」
「みゅみゅみみゅー」

4

焔とハスターは2階に案内される。
「座れ 喉が渇いてるだろう 茶を出す」
2人はソファーに座る。
「あの方は一体?」
ハスターは隣に座っている焔に話しかける。
「花畑さんは 植物園の園長だ この"Q市(まち)"の支部やエンジェルレンジャーを支援してくれてる 俺の依頼主とも顔馴染だ」
一枚板の木製のローテーブルに、ティーカップが3つ置かれる。
「先に言うが 淹れたてではないぞ」
「いえ ありがとうございます 本当に喉が渇いてて」
焔は会釈する。
「首マスコットクンは…どうやって紅茶を飲むのだ?」
花束はハスターの膝に乗っているロウワーを見る。
「あ… ストローをいただけますか? 先が曲がる物だとありがたいです」
「む わかった すぐに持って来よう」
花束はプラスチックストローを持って来て、それを3つ目のティーカップに差した。
「して氷村クン 剣の天使…ハスタークンとはどういう関係だ?」
「えっと…話すと長いんですけど」
「我の元に来るということは…人間には安々と話せぬこと その"人間"は…"彼奴"か?」
「…察しが早くて助かります ソイツの依頼で…剣の天使ことハスターさんと会ったのですが」
「…"約束"したんです わたくしと焔くん」
「む!? "約束"を!? …"どこ"を?」
焔とハスターが自身の胸に手を当てたのは同時だった。
「心臓を…」
「俺が死にかけて…ハスターさんが俺に心臓を」
「むぅ…それは確かに彼奴には言えぬわ…」

ピンポーン

「! 表口だ」
「今度は誰だ?」
花束はソファから立ち上がり、インターホンへ向かい、ボタンを押す。
「…何用だ?」
『花畑 花束 "客人"を出しなさい』
(!)
「誰でしょう?」
「…依頼主だ」
「ぇ…」
「みゅ…」
花束は3人を一瞥する。
「客人? 今は我ひとりぞ?」
「とぼけるな 『エンジェルレンジャー氷村 焔が町で見かけない天使といる』と通報があった おおかた貴様の元に来ているだろう」
「氷村クンが? 彼はお主の"依頼(むちゃぶり)"中では?」
花束は焔達に向けて、クイクイ手指を動かす。指文字だ。
【まどからでろ にもつはまもる】
「…花束くんは何と?」
「…荷物は守るから後ろの窓で外に出ろと言っている」
「…わかりました」
2人は立ち上がり、焔は後ろの窓の周囲を確認。ハスターはロッカーの鍵3つをインターホンに映らないよう、花束の手に渡した。
「お茶 ご馳走になりました ありがとうございます」
花束は鍵を握りつつピースした。
「花畑さん ありがとう …ハスターさん 外は大丈夫 見張りは無し」
「はい」
「俺が先に出る」
焔が窓を開け、頭を出した瞬間

ダンッ

「ェ」
上から落ちて来た人間が焔の頭を掴み、窓から引っ張り出して地面に叩きつけた。

ザンッ

「痛っでぇ…」
「! あれは…!」
焔を叩きつけたのは、花束と同じくらい小柄な…支部の制服を着た少年だった。

第3話

( https://note.com/arumikan_763/n/n4bf27970472f )





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