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エンジェルANDバスタード第3話『天使を焼く手』

#創作大賞2023

1

「んだ お前…!」
地面に叩きつけられた焔は起き上がり、手斧を構える。頭から血を流していた。
植物園の外は砂利になっており、規模は小さいが駐車場がある。その駐車場には、パトカーと護送車が停まっていた。
「氷村 焔 キサマは『"捕縛対象天使"の秘匿及び擁護及び誘拐』の容疑がかかっている …天使を引き渡せ」
そう焔に発言したのは、彼を地面に叩きつけた少年である。アホ毛のある鮮やかな赤髪が、朝風になびいている。童顔ながら凛々しい目つきと紫色の瞳。
グレーのランサージャケットとバミューダパンツ、黒のコンバットブーツ。左肩側に、黒いマントを羽織っており、裏地は赤色。両手に白い手袋をはめている。
「それはできない」
「なぜ? 催眠でもかけられたか?」
「…恩を仇で返したくないだけだ」
「…そうか …キサマら 氷村 焔を拘束しろ」

ドンッ

銃声。

「!」

カァンッ

2

(銃弾の軌道を斧でズラした…!)
少年は焔に、素直に感心した。
(あの斧は"特殊"とは聞いてたけど…まあいいや ボクは剣の天使を捕まえなきゃ)
焔を部下達に任せ、自身は植物園の窓を見上げる。

タンッ

「よいしょ」
ガラス張りの外壁の枠に、器用に手足を引っ掛け、焔が頭を出した2階の窓に身を乗り出す。剣の天使は少年が焔を襲撃した際、少しだけ顔を出したがすぐ引っ込めた。警戒しているのだろう。
「剣の」
『天使』と続けて呼ぼうとした少年の顔に、手が翳される。
「エクスカリバー」

ヒュンッ

「ぉおッ!?」
間一髪で首を傾け、顔面への衝突を回避する。翳された手の平から突出したのは、銀色の剣だった。
「ロウワー ここに」
「みゅ」
肝心の手の主は、少年以外の誰かに話しかけている。
「! 剣の天使…!」
少年は園内に入り、手を掴もうとしたが、手を引っ込められて避けられた。剣の天使…ハスターは一度手を拳の形にし、また開く。再び銀色の剣が、手の平から生まれた。先程少年の顔面に衝突しかけた剣だ。形状はブロードソード、鍔には青色の石が埋められている。その青は、ハスターの右目と左義眼の瞳の色に似ていた。
「剣を手の平から召喚できるのか それを応用し ワタシの顔面にぶつけようとしたワケだ」
少年は両手の白手袋を外してポッケに入れ、腰に提げた二振りの刀を鞘から抜く。右手に太刀、左手に脇差。
「危うく顔の中央に穴が空くトコだった」
「柄から召喚されるようにコントロールしましたよ 正確には鼻の骨折を回避です」

3

「ハスタークン…」
「花束クンは下がっていてください …植物は傷つけないようにします」
「花畑 花束…キサマは後で事情聴取だ」

ドッ (少年 先制)

カァンッ (エクスカリバーと太刀の鍔迫り合い)

クォッ (脇差)

ガシッ (少年の脇差を持つ左手を掴むハスター)

ギュガンッ (少年はハスターの横腹に蹴りを入れる)

ミシミシッ (重い蹴り)

「んん…!」

スイン (エクスカリバーを横にずらす)

「ふんっ!!」

ゴンッ (ハスターの頭突き)

「ぎ!」

スタンッ (少年は後退)

ヒュインッ (今度はハスターが仕掛ける)

キィンッ

ギリギリギリギリ… (再び鍔迫り合い)

ガンッ (少年が背後の植木鉢を蹴る)

バリン (割れる植木鉢)

シャミミシャミシ (植木鉢の花を踏み潰す少年)

「! コラッ! 花を踏むんじゃありませんッ!」
「ワタシを叱る余裕があるのかキサマ!」

プフォン (花粉)

「 花粉!?」
「この花はほんの少しの刺激で花粉をこれでもかと撒き散らす! そして花粉は」

クラ (足がふらつくハスター)

「! な なん なん だか…」
「人間には無害だが 天使には毒だ 一瞬で酔っ払えるぞ」
「…この程度ですか?」

スォンッ (ハスターのフラついた太刀筋が鋭く戻る)

「なにッ!?」
「この程度の毒で わたくしを止められるとお思いでしたの?」
「え 毒効かないの!?」
「…ふふ 子供らしい反応ですね」
「! …」
…少年は二振りを、より強く握った。紫色の瞳から、光が消える。

「ハスター・バスタード!!」

「!? 貴方その名を…!」
ほんの一瞬、ハスターは動揺した。その隙を突かれた。

ブンッ (少年の脇差が)

ザシュッ (ハスターの喉を斬った)

ジュワァ 

「あ”…っ”ッ…!!」
(斬られた喉が…熱い!! 焼かれたように熱いッ!! これは…"毒"では…ない…ッ!!)
「痛いか? 熱いか?

低俗な"恥さらしの一族"が ボクをナメるな!!」

「みゅっ! みゅーみゅー! みゅーッ!!」
ハスターの懐から、ロウワーが飛び出した。涙目で少年に抗議する。
「は…? 何だキサマ 踏むぞ」
「ぅ“…!」
ハスターが喉を押さえていた血塗れの両手で ロウワーを包むように守った。
それを少年は、真っ暗な紫色の瞳で見ていた。

4

「全員ぶちのめすとは流石だ 氷村 焔 そんな貴様だからこそ 剣の天使の"保護"を依頼したというのに…」
そう称賛したのは、焔の依頼主。
ダブルブレストの黒いスーツにスラックス。ネクタイはカッターシャツと同じ白。ブラウンのビジネスシューズを履いている。七三分けのトウモロコシイエローの髪、瞳は薄暗いオレンジ色。目元に小ジワがあり、右目にモノクルをかけている。
「風邪と骨折ダブルパンチの俺に捕まるほど ハスターさんはか弱くねえぞ」
焔の周りは倒れている支部の職員だらけだ。全て焔が峰打ちにより気絶させた。
「"ハスターさん"? …バスタードの女に随分絆されてるようだな」
「"バスタード"? 何だそれ」
(人形の天使も言ってたような…)

シュタン

「"バイオリン"所長 剣の天使を確保しました」
「ご苦労」
「は」
依頼主ことバイオリンに報告したのは、植物園に入った少年だった。2階の窓から入り、また窓から降りて来たのだ。少年はバイオリンの隣に立つ。意識を失っているハスターを俵担ぎしており、脚を支えているほうの手にはフラワークリアバッグを持っている。そのバッグにはロウワーが閉じ込められていた。
『みゅ〜…みゅ〜…』
「!! お前…!!」
怒りに震えた焔は、手斧を強く握りしめる。が、
「動くな」
バイオリンが銃口をハスターに押し当てた。頭や横腹ではなく、背中に。
「ここを撃つと心臓だな」
「ッ!!」
「"クレッフィ"を戻せ その斧は貴様から"離れない"からな」
「…ッ」
「ハスター・バスタードが死ぬと困るのだろう? 氷村 焔よ …こっちは山の館と 人形の天使については確認済みなのだよ」
「…」
焔はゆっくり手斧…クレッフィを腰のホルスターに戻す。
「両手をあげろ 地面に膝をつけ」
「…わかった」
言う通りにした。
「ん…ん〜…はっ! しまった!」
倒れていた支部の職員のうち1人、男が起き上がった。
「エムブレム中佐! 申し訳ございません!」
「起きたか よし 氷村 焔を拘束しろ」
「ェ ぁ は はいッ!」
「手錠だけではダメだ 首枷も持って来て手錠と繋げろ 縄も使え」
「はい…!」

5

『お父様 何故わたくしに戦い方を教えるのですか』
『人間と戦う為だ』
『何故人間と戦うのですか』
『人間は我々と相容れないからだ』
『何故相容れないのですか』
『我々が"恥さらしの一族"だからだ』
『…何故わたくし達は"恥さらしの一族"なのですか』
『…バスタード家が"恥さらしの一族"と呼ばれることになった要因は…人間だ 人間さえ いなければ…』
『"人間さえいなければ"…何なのですか』

6

「ゥ… …夢…」
(あの後 お父様はわたくしに…)
喉と首に痛みを感じつつ、ハスターは目を開ける。意識を失っていたらしい。喉の傷は既に塞がっている。身じろぎして、

ジャラ…

「!」
身体を鎖で縛られて、椅子に座らされていることに気付いた。胴体に2本、足首に1本。胴体の鎖は椅子の背もたれに、足首の鎖は左右の端を、椅子の脚にくくりつけられていた。
そしてハスターの座らされている椅子は、コンクリート造りの狭い部屋の真ん中に位置していると気付いた。
部屋の広さは8畳ほど、窓は見当たらないが、天井の一角に監視カメラがあり、ハスターから見て右側にドアがある。
「ここは…」

ガチャ

「 げッ!!」
「『げッ』とは何だ」
ハスターの喉を斬った赤髪の少年である。
「ワタシは天使管理師団Q県支部所属 中佐のエミル・エムブレムだ」
少年ことエミルは、黒い縦型の手帳を開き、ハスターに見せた。エミルの顔写真と、階級を示すらしい文字列がある。
「ここはどこですか 焔くんとロウワーはどこにいるんですか 花束くんは今どうしてますか」
「矢継ぎ早に質問をするな …氷村 焔は別室でキサマと同じ状況だ ロウワー…あの生首マスコットのことか 部下が今面倒を見ている 花畑 花束は植物園でワタシの部下が事情聴取中だ 奴は植物園からの移動を所長に禁止されているからな …ちゃんと生きてるよ」
『生きてる』と聞いて、ハスターは心から安堵した。
「良かった…」
「安心するのはまだ早い」
エミルは右手袋を外し…その手でハスターの首を絞めた。真っ赤な鉄を押し付けられたような熱さが、ハスターを襲う。
「!! ガ…ッ」
(この少年の手…ッ 植物園でも刀を強く握った時に…ッ)
「状況の理解が足りてないな 今から質問するのはワタシだ 返事はまばたきだ まばたき1回でYES 2回でNOとする …死なない程度に絞めるから安心していいぞ」

ガチャンッ

「エムブレム中佐! ご報告が!!」
勢いよく部屋のドアを開けたのは、エミルの部下と思しき男だった。
「チッ…何だ」
エミルが手を離し、ハスターの呼吸が楽になる。
「ケホッ…コホッ…」
報告に来た男が、植物園でいち早く目を覚まし、焔を拘束した人物と同一であると、ハスターは知らない。
「先程"支部長"がお越しになり…『剣の天使と氷村 焔 (ロウワーもいるけど) を解放し特別監視官をつけろ』と… その監視官には エムブレム中佐を任命すると」

はあぁ〜〜〜ッ!?」

「??」
(わたくし 助かったのかしら)




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