浅田孝@宗教二世&きょうだい児&元童貞マゾヒスト

0歳で宗教二世として生まれ、12歳できょうだい児となり、21歳から信仰活動に励み、27…

浅田孝@宗教二世&きょうだい児&元童貞マゾヒスト

0歳で宗教二世として生まれ、12歳できょうだい児となり、21歳から信仰活動に励み、27歳で1500万の借金を背負い、34歳で芸能で独立、39歳まで童貞のマゾヒストだった私/宗教、障がい、仕事、性。半生を綴る。記事は時系列順。「私はどうして宗教活動に励みマゾヒストになったのか」

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はじめまして 自己紹介と略歴/目次

浅田孝、自己紹介します。 【略歴/目次】 0歳 熱心な某宗教団体の家庭に東京に生まれる。  9歳 親友の転校を機に小学校でいじめが始まる。 12歳 姉が発狂し父を殺そうとする場面を目の当たりにする。 13歳 テストで偏差値70以上を維持し学年トップを独占し続ける。 14歳 繁華街のゲームセンターに入り浸る。 15歳 親友ができる。 16歳 隣の席の女子が毎日パンツを見せてくる。 17歳 好きな女子から罰ゲームの告白をされる。 18歳 女子の幻聴的な会話を聞き続ける。 19歳

    • 蒼い初期衝動、羽が散る① デパートの屋上

      私は二浪目が確定した。 瀧澤は大学2年になった。 小曾根、楠、越谷もそれぞれ別の大学に合格し進学した。 ひとりだけ、高校のメンバーで2浪が確定した男がいた。 菅山(すがやま)。瀧澤と同じテニス部のメンバーで、1年の時は同じC組だった。 菅山は2年目は家計の問題もあるので、アルバイトをしながら受験勉強をするという。 私もまたアルバイトを探そうと思った。 実は近藤も2度目の大学受験に失敗した。 だが彼は2浪は想定していなかったらしく今回はかなり焦燥していた。 彼はアルバイト何

      • 東京テレポーテーション⑲ 予備校

        予備校での同時中継では、人気の講師がやや演技じみたパフォーマンスをしながら講義をしていた。 私はモニターを観ながら、思わず拍手をしそうになった。 感銘したからではない。 「草木の会」では山田先生のスピーチの同時上映が毎月あり、そこではモニター越しでも会員は拍手喝さいを行うのが通例なのだ。 あ、普通はモニターに向かって拍手をしないのか。 そう思った。 現役で大学進学した瀧澤以外のメンバーは、浪人生が多かった。 瀧澤も楠も越谷も浪人だった。 講義の後、みんなとファミレスで少し時

        • 東京テレポーテーション⑱ バイトを辞めて

          これだけアルバイトをしていながら、私の手元にはお金が残っていなかった。 理由は明白だった。パチンコだ。 パチンコは、驚くほど私は勝てなかった。 私は多分、運が無いのだろう。 高校を卒業してから、私は高校の友達にはあまり会っていなかった。 小曾根からはたまに電話があった。私は携帯電話を持っていなかったので、家の電話である。 小曾根は予備校に通っていたが、あまり浪人生活が楽しくないようだった。 「一緒にSNCに行って芸人になろう。でもお前ボケしかできないからな~」と戯言を言う時

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          東京テレポーテーション⑰ 大手通信会社

          そろそろ警備員のアルバイトを辞めようか。 そう考えるようになっていた頃、新しい現場にヘルプで行くように頼まれた。 東京の東の方にある大手通信会社の関連施設の仕事だった。 入り口で入場をチェックすると言う、ある意味警備員らしい仕事だった。 ここでは同年代の鹿島(かしま)という青年が中心になって頑張っていた。 「よろしくお願いします」鹿島に挨拶をされた。「浅田さんは長いんですか」 「いえ4ヶ月程度です。そしてもうすぐ辞める予定です」正直に答えた。 「またかー!」鹿島は突然叫ぶ

          東京テレポーテーション⑰ 大手通信会社

          東京テレポーテーション⑯ 豊洲にて

          警備員のアルバイトでは、コンサートの仕事もあった。 当時は開発前であった豊洲での仕事で、当時は音楽に疎かった私は名前も音楽も聞いたことのないレゲエアーティストのコンサートだった。 私は会場から離れた路上で、無断駐車をさせないよう有料駐車場への案内を促すポジションであった。 同年代の若者グループだろうか。顔面にピアスの穴を開けまくった男たちと、数名のド派手な女子のグループが車でやってきた。 いやだなあ。ほら目の前で止まった。面倒だな。ああいうのとは話したくないよ。私はぼけっと突

          東京テレポーテーション⑮ 伊妻が来た

          競馬場の現場に、伊妻が来た。近藤が誘ったらしい。 伊妻は我々とは違い大学生となっていた。 大学では映研(映画研究会)に入ったという。伊妻が映画に関心があるとは知らなかった。 「『みんな~やってるか』観たか?」伊妻は聞いてきた。ビートたけし監督の映画だ。観ていない。そもそも私はこの頃、映画とは人並み以上に無縁であった。 「カーセックスしてぇ~で始まるんだよ」ニヤニヤしながら私に聞いてくる。 伊妻は童貞ではないのだろうか。 私は彼の男前とは言い難い顔面を眺めなら思った。 少なく

          東京テレポーテーション⑮ 伊妻が来た

          東京テレポーテーション⑭ 競馬場

          私は、近藤の推薦で某競馬場の現場にも入ることになった。 隊長の杉江(すぎえ)さんは50代後半くらいだろうか。眼鏡をかけた理知的な印象のある人だった。こんなことを言っては何だが、この警備会社には珍しい。 「おまえ女の子みたいだなあ~」服隊長の大河内(おおこうち)さんは口が悪いが、何となく憎めなさが漂う人で、従業員には割と慕われてもいるようだった。 競馬場では馬主専用の駐車場というものがあり、私はよくそこに回された。 自動車会社の役員室といい競馬場の馬主専用駐車場といい、労働

          東京テレポーテーション⑬ 棒ふり

          お台場の現場は、個性が強かっが稲泉さん中心によく纏まっているように感じた。 東村(ひがしむら)さんという年配の女性がいた。警備員も年配の女性は多くはなかったので、珍しくはなかった。私はいろいろ優しくして頂いた。 若い女性もいた。山木(やまき)さんというその女性は眼鏡をかけており現在25歳だと言う。当時の私からすれば歳上の大人に感じる年齢だが、山木さんはまるで小学生が履くようなキャラクターものの靴下を履いており、変わった人なのかなあと感じた。山木さんも役者をやっていてたまに舞

          東京テレポーテーション⑫ 東京テレポート

          近藤からの要望で、自動車会社と並行して現場が入った。 お台場の現場であった。 90年代のお台場はフジテレビが移転したばかりで、近未来的にキラキラした来る21世紀を感じさせる場所であった。 臨海副都心線「東京テレポート」駅。 臨海副都心線は当時はこの駅が終点で、人気が少なく駅もできたばかりで人工的な魅力に溢れていた。 ゲームの世界の駅みたいだ。 ここでの仕事は交通整理であった。 外国人グループと若者カップル、そして何よりも「走り屋」が多かった。 「よろしくね」ここの責任

          東京テレポーテーション⑫ 東京テレポート

          東京テレポーテーション⑪ 最も辛い任務

          自動車会社の役員室での警備は、過酷だった。 任務内容は「同じ場所に立ち続ける」…、それだけ。 これが過酷なのだ。 せめて、多少でも歩けるなら大分違っていただろう。 田中さんには「取り敢えず誰でも良いから、敬礼して」と言われた。 私はひたすら敬礼をした。 ひとり、敬礼をし忘れた。ジロッと睨まれた。 60代くらいの壮年であった。役員であったと思われる。 私は世の中を知らなかったので、その人物への敬礼は省略をするようになった。 理由は何もない。何となく、である。 私たちが警備

          東京テレポーテーション⑪ 最も辛い任務

          東京テレポーテーション⑩ 自動車会社

          最初の勤務地は、私でも知っているような有名な自動車会社の役員室だった。 アルバイト経験もゼロの私によくそんな任務を、と今にしては思うが、若い人がおらず年齢制限の関係で私が行かされたようだ。 田中という先輩にいろいろ教えて貰うように、と言われた。 田中さんは気さくな人だったが、兎に角遅刻が多かった。 私たちの待機場所には自動車会社の社員とおぼしき初老の方々のデスクもあり、若い私はいろいろ気にかけて頂いた。 「浅田くんは若いね、幾つなの」 「18です」 「高校を卒業したばかりか

          東京テレポーテーション⑨ 何も知らないくせに

          近藤が警備会社でアルバイトをし始めた理由は、勤務先に競馬場が入っていたからだ。 当時、彼は私よりも行動力があったように思う。 彼は既に忙しくアルバイトをしていた。 私は彼が先にアルバイトに精を出していた期間、俵さんや林田さんに連れられて「草木の会」の活動に引っ張り出されていた。 「草木の会」が選挙活動に熱心なのは世間でも周知の事実であったが、私は未成年で選挙権が無かったし信仰活動に熱心な態度は一切見せなかったので、一緒に「選挙情勢が厳しい」とされる地域に男子青年部の活動家と

          東京テレポーテーション⑨ 何も知らないくせに

          東京テレポーテーション⑧ 警備会社

          私は近藤の誘いに乗り気という訳ではなかったが、高校時代の自分から逃げたかったのだろうか。 新しい環境に何でも良いから身を置きたかったのだろうか。 警備会社で働こうと思った。 警備会社では本籍地で発行される身分証明書が必要であった。 私は地元の区役所に行ったが、私の本籍地はここではないと言われた。目黒区にあると言う。 私は日蔭町で生まれたと聞いていた。日蔭町は和平区(わへいく)だ。目黒区に本線があることは知らなかった。そう言えば、両親は結婚当初は目黒区でふたりで暮らしていた

          東京テレポーテーション⑦ 厩舎

          「アルバイトしないか」近藤が誘ったきた。 彼は競馬好きが講じてなんと厩舎でアルバイトしたいらしい。 履歴書を書いて一緒に千葉に面接をしに行った。 彼は変わっていて、何度か行き先でまかれて置いてきぼりになったことがあった。それも一度や二度ではない。 中学の時に学校で行ったアトラクションランドでは、同じ班で一緒に行動していたのに、園内の島に私ひとり置いてきぼりにされたこともあった。 何が楽しいのかはわからないが自分本位な行動を取ることが少なくなかった。 それでも、私は近藤に誘

          東京テレポーテーション⑥ 唯菓は今頃

          「合コンとかなかったの?高校で」 ある時近藤が言っていた。 合コン。 確かに苔川高校でもそういうことはあったようだ。 岡根唯菓は聖が丘短期大学に進学したという。 それ以外のことは何も知らない。 彼女は私への感情に整理を付け、合コンにも行くだろし恋人もできるのだろう。そしてもちろんセックスもするだろう。 若く明るい彼女のことだ。男友達も大いにできるだろう。 私は鈴木が高校の女友達に頼んでセックスをさせてもらったという話を思い出した。 岡根唯菓も、男友達ともセックスをしてしまう