東京テレポーテーション⑨ 何も知らないくせに

近藤が警備会社でアルバイトをし始めた理由は、勤務先に競馬場が入っていたからだ。
当時、彼は私よりも行動力があったように思う。
彼は既に忙しくアルバイトをしていた。

私は彼が先にアルバイトに精を出していた期間、俵さんや林田さんに連れられて「草木の会」の活動に引っ張り出されていた。
「草木の会」が選挙活動に熱心なのは世間でも周知の事実であったが、私は未成年で選挙権が無かったし信仰活動に熱心な態度は一切見せなかったので、一緒に「選挙情勢が厳しい」とされる地域に男子青年部の活動家と呼ばれる人たちに言われるがまま、ついていくだけであった。

某区に行った帰りのバスの中、林田さんに聞かれた。
「浅田くんは彼女はいるのか?」
「いないすよ」私は窓の外の景色を見たまま答えた。
「いる訳ないだろ、こんな態度はっきりしない奴に」俵さんが言った。俵さんのことは人としては好きだが、この言葉にはぐさりと来た。
「そう?共学でしょ?共学なら全然いそうな感じ…」林田さんが言う。
「いやぁダメダメ、こりゃあ」俵さんが追い討ちをかける。
何にも知らないくせに。
私は思わず呟いてしまった。
林田さんと俵さんは、驚いて私の顔を見た。
「そりゃあそうだよな、何も知らないわ」林田さんは私の顔をじっと見ながら言った。

何も知らないくせに。
岡根唯菓が倉木絵奈子に言った言葉だな。
ふとそう思った。

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