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仏教の三大真理 ② あらゆることを経験した人=仏陀


3大真理の話の前に、悟りを開いた仏陀がどんな人物だったかをザッと説明したいと思います。

前の記事 : 仏教の三大真理 ① 2500年続く教え

結局その教えの言葉自体がどんなにすごくても、話すその人自体を知らなかったり、信用できなかったら言葉の意味はねじ曲がったり、半減したりしてしまうと思いますので、念のため。


しょうもない先生の説教こそ身にならないし、苦痛なものはないですからね。笑


ということでブッダはどんな人物だったかと一言で表せば、


「あらゆることを経験した人」

と僕は言っていいんじゃないかなと思います。

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実際に経験したことがある人から実体験と共に聞く「気づき」って深く心に沁みますよね?


逆に語る言葉は綺麗でも、経験がなく誰かの受け売りだったり蓄積された知識を見せびらかされるだけじゃ人の心は動きません。

「世の中金じゃないよ」とは、

お金持ちになっても満たされず、お金ではないもっと重要な何かに気づいた人やお金がなくても自分でアイディアを駆使し、自給自足しながら楽しく生活しているような人から聞くからこそその意味が伝わるのだと思います。


で、仏陀が何を経験したのかというとまず、

①王子に生まれ、めちゃくちゃ贅沢な生活をしてました。

この時点で今の日本人には無理ですね。笑

一国の王の息子として生まれたブッダは幼少期から何不自由ない生活を送っていました。

・贅沢な食事や衣服、住居
・美しい女性に囲まれる宴会
・小さい頃から勉強と武術を学ぶ
・16歳でヤショーダラーと結婚
・20代後半で息子ラーフラを授かる

20代後半で普通の人が望む人生はほとんどクリアしてるような気がします。笑


ヒンドゥー教文化のネパールでは王族は4つあるカースト制度の上から2番目。

その上はバラモン(=僧侶)で、その下はヴァイシャ(=商人、農民)です。

一番下はシュードラ(=奴隷)といい、カースト制度はかなり厳しいため、奴隷に生まれたらずっと奴隷というようなシステムです。


婚姻はおろか、身分によっては言葉を交わすことすら許されませんでした。


ちなみに仏陀はこの身分制度についても疑問をもち、カースト制度を否定した結果、ヒンドゥー教では異端とされました。

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②母親の死、29歳での出家、王国の滅亡

次は恵まれた環境とは逆に失った経験についてですが、

・生まれて7日後に母親が亡くなってしまう
・29歳妻子もち、王の後継者の立場を捨て出家し国を出る
・生まれた国シャカ国がコーサラ国との戦争で滅亡


この経験相当ヘビーじゃないですか?笑

出家は自分で決めましたが、1回の人生でこれだけ経験できる人はそういないと思います。

お金がどれだけあっても、

王族という地位に生まれても変えられないもの(=四苦八苦)があるという恐怖に立ち向かうための出家。

王子として生まれるだけでも確立的に厳しいのに、生きている間に自分の国が滅亡するなんて、、、。

何もかも「ある」生活から何一つ「持たない」生活になったからこその気づきがあるのだと思います。

③悟りを開くための修行と伝えるための旅

そして出家後の行動はこんな感じです。

・ヨガや断食での鍛錬
・6年間の苦行
・悟りを伝える説法のための長い旅
・旅路の果てに80歳で死を迎える

これだけ人生の振り幅がでかい中、真理を悟るためにストイックな修行、、、もう敵いません。笑

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ちなみに苦行の果てに力尽き死にかけたところ、村娘のスジャータから乳粥を施され後、

「琴の弦はきつく締めすぎると切れてしまうが、緩く締めると音が悪い。琴の弦は、適度に締めるのが望ましい」

とスジャーターの歌を聴きながら行き過ぎた苦行が間違っていたことに気づき、生きる上で偏らず中道/バランスを保つことの大切さを学びます。

結構初歩的な気づきな気もしますが、ここまで苦行を行なったからこそより身に沁みたんだと思います。笑

人生経験や感情の振り幅が大きければ大きいほど多くのことに気づけるのであれば、悟りや宗教などの概念など関係なく、仏陀の気づきに耳を傾ける価値はやはるあるような気がします。

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泥沼に美しく咲く睡蓮は仏教では重要な意味を持ちます。

過去や苦悩、辛い出来事は美しく咲き誇るための土壌となるのです。

仏陀の経験談はここまでにしようと思います。

次回はついに仏教の三大真理について書いていきます!

それでは、また^^


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