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アートと生きた、女性の戦士たち。ローマ編 n.3。 時間との勝負。

«Riuscii a trovare dei vecchi camion coi finestrini tutti rotti, che mi servirono per caricare le opere che salvai dalle requisizioni naziste.»
窓ガラスがすべて割れた古いトラックをなんとか見つけ出した。ナチス軍に奪われないように、作品を他の場所へと移動させるのです。

ロトンディの避難所

1941年。わずか35歳の若さで国立近代美術館の館長の座を得たパルマ・ブカレッリ。イタリアが大戦に参戦して14ヶ月が過ぎようとしていた。

1938年の時点で、ジュゼッペ・ボッタイ文化政策大臣は、イタリア所有の芸術品が強奪されるかもしれない危機と、戦争が勃発したときの被害を察知し、全国の美術館館長に、所蔵する作品を3つのグループに分けさせ、その保管方法の指示を出していた。

省庁の担当者、美術史家、司教が電話で話す時は、作品の移動日や隠し場所を部外に漏れないように暗号で話しをしていた。

「自由な街」=攻撃されない街。として指定されたいたはずのウルビーノだったが、ウルビーノ駅にイタリア空軍がやってきて、弾薬を駅近くの倉庫に保管しているのを理由に、乗客は全員降ろされる。

「攻撃されない街」はただの幻想に過ぎなかったことを、マルケ州の美術館や芸術作品の責任者である美術史家パスクアーレ・ロトンディは強く感じる。

重要作品はすでにウルビーノ宮殿の地下に保管してある。すぐに市長に掛け合ったが、返ってきた返事は「弾薬をほかの場所へ移動するのは言語道断」。

数ヶ月間、ロトンディはウルビーノの周辺を車で必死に走り回り、ようやく理想に近い避難所「サッソコルヴァロ要塞」と「カルペーニャ邸」を見つける。

国からの資金を待っていたらいつになるか分からないので、見切り発信で避難所に警報器や防災システムを設置し、ウルビーノ宮殿から作品を移動させていた。

ヴェネツィアの美術責任者ロドルフォ・パルッキーニは、ロトンディの避難所へ赴き、その様子をジュゼッペ・ボッタイに報告し、無事に資金が調達できるようになる。その後、パルッキーニは、ヴェネツィアのアカデミア美術館やサンマルコ寺院の宝物など54箱の作品を運びこむ。

パルッキーニは、20世紀の最も重要な美術史家のひとりと言われており、ブレラ美術館のヴィットゲンス館長は、仕事上の相談で、彼と何通もの手紙を交わしている。

ヴィットゲンス館長の署名の入った
パルッキーニに向けた手紙
参照:teche.uniud.it

パルマ・ブカレッリと同級のジュリオ・カルロ・アルガンや、彼女とのちに仕事をするようになるリオネッロ・ヴェントゥーリとも友達である。

リオネッロ・ヴェントゥーリは、パルマ・ブカレッリやジュリオ・カルロ・アルガンが学んだアドルフォ・ヴェントゥーリの息子であり、ファシズム政権のときに、大学教授として「ファシズムへの忠誠の誓い」を拒否した少数(わずか12人であった)のひとりで、パリ、ニューヨークと転々としながら、各地でアーティストと親交を深め1945年にイタリアに戻ってきている。この時代を代表する美術評論家である。

左からアルガン、パルマ、リオネッロ
1959年ルコルビジェ展示の初日の様子
参照:Bta

そのパルッキーニが、パルマ・ブカレッリを知らないはずはない。彼は戦後初のヴェネツィア・ビエンナーレ国際美術展の責任者であり、パルマも関与するようになる。

いまは戦時中に話しを戻そう。

作品を保管するのに一番安全なのは「ロトンディの避難所」らしい。

そんな声が関係者の間で広がる。

ミラノからは、ブレラ美術館のフェルナンダ・ヴィットゲンス館長が87箱の作品を運んできた。パルマ・ブカレッリが学芸員として最初に仕事に就いたボルゲーゼ美術館の館長、アルド・デ・リナルディスは、美術館の作品のほかに、教会所有のカラヴァッジョの絵も運ぶ。

サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会
聖マタイの召命の一部
サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会
聖マタイと天使の一部
サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会
聖マタイの殉教の一部

「ロトンディの避難所」には続々と、イタリアの国宝が集めれられる。

ブカレッリの避難所

一方、国立近代美術館では、1939年の時点で文化庁が140点の作品をプライベートの城に移動させるように提案したのにも関わらず、前館長のロベルト・パピーニが1枚の作品も壁から移動させていなかった。

館長になったばかりのパルマ・ブカレッリは、直ちに行動に移す。どこにどのように絵画と彫刻を避難させるか。最重要作品をどれにするか、この数日の間にすべてを決めなければならない。

国立近代美術館では、ヴェネツィア・ビエンナーレ国立美術展で購入した1800年代から1900年代初頭にかけての作品を所有している。そのなかには、1910年のビエンナーレで展示されたクリムトのLe tre età della donna (人生の三段階)も含まれている。

参照:Wikipedia
Uploaded by russavia.
Jean-Pierre Dalbéra from Paris, France

避難するのに最適な場所。ロトンディの避難所ではなく、ローマの近くでどこかないかしら。

ふと、子供時代の思い出がよぎる。

あ、あの場所。あそこなら避難するための条件が揃っているわ。

パルマが選んだのは、ローマ中心街から約65キロあり、車で約1時間の距離にあるカプラローラのファルネーゼ宮殿。

アレッサンドロ・ファルネーゼが、要塞としての役割も果たすように建築家ヴィニョーラに依頼して建設した宮殿である(1559 - 1575年)。

右側の高台に建つ建物が
ファルネーゼ宮殿。
宮殿のフレスコ画より。

頑強な要塞。広いスペース。湿気で劣化する心配もない。「ロトンディの避難所」と同じ条件が揃っている。

宮殿の断面図
車でしか行けないが、
十分に堪能できる美しい宮殿

作品を移動する日も、スーツにシャツ姿でビシっと着こなすパルマは、館内を慌ただしく歩き回りながら指示を出している。

最初に、大きな作品を避難させます。

ミケーレ・カンマラノ作
サンマルティーノの戦い
420 x 820 cm
参照:Wikipedia

フランチェスコ・パオロ・ミケッティ作
Il Voto
250x700cm
参照:catalogo.beniculturali.it
ジュリオ・アリスティド・サルトリオ作
La Gorgone e gli eroi 
(ゴルゴンと英雄達)
305×420 cm
参照:catalogo.beniculturali.it
ジュゼッペ・デ・ニッティス作
ブローニュの森のレース
参照:catalogo.beniculturali.it
ジョヴァンニ・ファットーリ作
La battaglia di Custoza
(クストーツァの戦い)
297X546 cm
参照:catalogo.beniculturali.it

最重要作品としてこれらの作品を選んだのは、芸術としての価値はもちろんのこと、わたしたちの歴史の一部を表現しているからです。

大きな絵画を運び込んだあとは、実に慎重に正確にパルマにより選び抜かれた絵画や彫刻を丁寧に梱包し、作品数にして総数300点、合計117箱が宮殿に運び込まれる。

ジュゼッペ・ボルディーニ作
ジュゼッペ・ヴェルディの肖像画
参照:Wikipedia
マッシモ・カンピーリ作
Le spose dei marinai
(船員の花嫁たち)
参照:Musei in Comune Roma

Ogni opera d'arte e' come un organismo
1つ1つの作品は、美術館の体の一部です。

彫刻家メダルド・ロッソの作品が、家族により美術館に寄進された。 ワックスとブロンズと石膏により形成された、パルマがとても大切にしている繊細な作品。

右側がメダルド・ロッソの作品

普通に梱包しては壊れるか欠けてしまう。どうしたら上手に運べるからしら。

顔を柔らかい布で覆ったら、極薄のラッピングペーパーを詰めた箱の中にそっと置いた。さらに、くしゃくしゃにした紙で隙間を埋め、絶対動かないようにする。

すべての作品をファルネーゼ宮殿に運び終え、ほっと一息をつくパルマだった。

次回につづく。


今回はいつもより作品を多く掲載しました。
中世からバロックにかけての芸術作品の宝庫であるイタリアで、
近代絵画として、どのような作品が所蔵されているのか、
わたし自身も興味があったからです。

今回掲載したのは、本当にごくわずかですが、
国立近代美術館のコレクションにはどのようなものがあるか、
なんとなく感じて頂けたでしょうか?

最後までお読みくださりまして
ありがとうございます!

次回もぜひお立ち寄りください!


* サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会
ナヴォーナ広場とパンテオンの中間に位置する教会。入館無料。

時間が変動的なので訪問するときには要確認。
月〜金:09h30 – 12h45 / 14h30 – 18h30
第一水曜日の午前は閉館
土:09h30 – 12h15 / 14h30 – 18h45
日:11h30 – 12h45 / 14h30 – 18h45


参考文献:
Regina di quadri. Vita e passioni di Palma Bucarelli, Milano, Mondadori 2010 by Rachele Ferrario

参照表示のない写真は、わたしが撮影したものを掲載しています。

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