見出し画像

塑性変形の解明に身を捧げた6年間 〜転位が脆性破壊を食い止める〜

前回に引き続き、学生時代に取り組んでいた研究の話です。具体的に何を研究対象としていたのかについては、こちらの記事で書いています。

取り組んでいた主なテーマは、塑性変形という現象を数値解析の技術を利用して詳細に理解すること。高専で3年間と大学院で3年間の計6年間という長期スパンで取り組みました。

今回は大学院での3年間の研究の話をします。


微細粒金属について

高専では、転位の挙動を考慮した新しい有限要素法のシミュレーション技術の開発と検証に取り組みました。その経験を踏まえて、大学院では転位を深掘りする道を選びました。

大学院の研究テーマですが、転位の挙動の観点から、材料特性を向上させる方法について検討しました。

この研究室は「微細粒金属」と呼ばれる特殊な金属材料をターゲットにしていました。微細粒金属は結晶粒の大きさがナノメートル(nm)のオーダーと非常に小さいことが特徴です。

この微細粒金属においては、従来の力学的な常識が通用しません。例えば、結晶粒が小さいほど降伏応力が増加する「ホールペッチの法則」がありますが、微細粒金属ではこの法則が崩れることも知られています。

これらの事象に深く関わるのが「転位」です。ナノメートル(nm)のオーダーは結晶格子の大きさにも比較的に近いため、微視的(ミクロ)な存在である転位が巨視的(マクロ)な材料特性に強く影響するのです。

その代表例のひとつとして、微細粒金属は結晶粒が小さいことから、結晶粒界の占める割合が大きいです。これは通常の金属で見られる「へき開破壊」ではなく「粒界破壊」に至るひとつの要因とされています。

これを巨視的(マクロ)な視点に置き換えるならば「脆性破壊」に分類されると言えます。脆性破壊とは学校で昔使われていたチョークのように、塑性変形のスパンが短くて、材料が降伏してからすぐに破壊が起こるような現象です。

脆性破壊の形態から塑性変形のスパンを長くする、すなわち「延性破壊」の形態に持ち込むことは、微細粒金属を使う上で重要な課題でした。これが私の取り組んでいた研究のひとつのゴールでした。

ナノスケール空隙について

そんな微細粒金属を対象とした研究に突き進んだ訳ですが、私の研究テーマは格子欠陥(ナノスケール空隙)の存在が、微細粒金属の材料特性の向上に寄与する可能性について検討するというものでした。

先ほどの話に触れますが、微細粒金属の破壊形態を脆性的なものから延性的なものにする。そのための手段としてナノスケール空隙が使えないかというもの。これを検討することが趣旨でした。

ナノスケール空隙とは、原子が数十個ほど消失する程度の空隙のこと。例えば、宇宙などの放射線の強い環境では、材料内部にこのような空隙が格子欠陥の一種として生成されることが知られています。

逆に言えば、材料に放射線を照射することで、意図的に空隙を作ることも可能です(当時は技術的に困難であるため、その検討は保留になりました)。

このナノスケール空隙が、微視的(ミクロ)な視点では転位の発生源になることが過去の研究で明らかになっていました。つまり、微細粒金属の結晶内部にナノスケール空隙があると、このような効果が期待できるのではと考えました。

  • 結晶粒の内部にナノスケール空隙があることで、空隙の周りで転位の運動が活発化する。

  • 微細粒金属は結晶粒界の周りの塑性変形の進行が中心であるが、空隙を設けることで結晶内部でも塑性変形が進行する。

  • 微細粒金属の特有の粒界破壊からへき開破壊に転じるため、脆性破壊を予防する効果が期待できる。

そんな訳で、ナノスケール空隙が微細粒金属の材料特性の向上に寄与するのではないかという仮説を検証するために、実際に分子動力学法を用いて検討することにしました。

分子動力学法の話はこちらの記事で書いているので、ここでは省略します。気になる方は後ほど読んで頂ければと思います。

転位の動きを観察する

今回の研究で分子動力学法を利用することに決定したのは、転位の動きを補足する必要があるためでした。

本当にナノスケール空隙の周りで転位の運動が活発化するのか。そして、微細粒金属レベルの結晶粒の中にナノスケール空隙を設けたことで、実際に破壊形態(破壊のプロセス)が変わるのか。

転位の動きを見るのは、実際に分子動力学法による計算結果を踏まえて、見たい領域を切り取りながら結果を見極める必要があります。

こちらの画像は転位が格子欠陥を通過するときに、格子欠陥が障害物として作用することを示したものです。このような感じで、転位が実際にどれほど発生してどのような動きをするのかを見ます。

実際に検討を進めた結果、仮説は正しいことが実証できました。その成果を国際学会で発表することもできたので、個人的には満足しています。

おわりに

今回は大学院で取り組んでいた研究を紹介しました。

高専の時とは違うアプローチの仕方で、戸惑うことも多くありました。また、まだ立ち上げたばかりの研究室でもあったこともあり、自分達でノウハウを蓄積しながら研究を進める形も初めてでした。

個人の裁量に任せる方式でしたので、時には研究室に泊まり込んで、結果をまとめたりすることも。キツい中でも成果を出すことができたので、個人的には非常に良い経験でした。

3回に渡り、転位の話題を中心として、学生時代の取り組みを話してきました。今後も定期的に転位の話をする機会があればしようかなと思っています(学生時代のライフワークでしたので)。

-------------------------

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。実際は非定期ですが、毎日更新する気持ちで取り組んでいます。あなたの人生の新たな1ページに寄り添えたら幸いです。何卒よろしくお願いいたします。

-------------------------

⭐︎⭐︎⭐︎ プロフィール ⭐︎⭐︎⭐︎

⭐︎⭐︎⭐︎ ロードマップ ⭐︎⭐︎⭐︎


この記事が参加している募集

物理がすき

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?