カールズバッド国立公園 | 夕暮れの蝙蝠と異世界地底体験 【ニューメキシコ州】
ニューメキシコ州南東部にあるカールズバッド国立公園。
ここには世界屈指の洞窟群があり、1995年には世界自然遺産としても登録されている人気のナショナルパークの一つだ。
この国立公園は壮大な洞窟に加え、夕刻に一斉飛翔するコウモリの大群が見られるということでも有名なのだそうだ。それは夏季の日没時に起こる不思議な光景なのだという。
ちなみにカールズバットという地名は蝙蝠(コウモリ)のバットに由来しているのかな?思ったら、カールズバッドの綴りはCarlsbadで、コウモリのbatではなかった。なんだか惜しい。
テキサス州ダラスからカールズバッドまでは約800キロ。
今回もロードトリップで8時間、寄り道しながらビジターセンターに着いたのは午後3時半頃だった。
太陽はまだ高く日差しもジリジリと強い時間ではあったが、洞窟への入場時間は既に締め切られていた。
この日の洞窟入りは諦め、センター内の展示や映像を見て回り情報を収集することにした。
日没まではまだ時間がある。
一旦キャンプサイトへ移動しテントを設営、食事を簡単に済ませ再びコウモリの群れを見るために戻ってくることにした。
夕暮れのbat flightショー
太陽が傾く頃になると洞窟前のアンフィシアターに多くの人が集まってきた。
7時15分からはレンジャーによる解説が予定されている。
一番最初に注意事項としてレンジャーから、
「コウモリに影響を与えるので、電子機器、スマホの使用は禁止です。必ずオフにしてください。撮影も禁止です」と指導される。
コウモリは夜間、餌を求めて飛行し夜明け前に再びこの洞穴に戻ってくるという。ちなみに冬はメキシコまで移動するというから、その飛行力は凄まじい。
解説が始まったと同時に雨が降り出し、気温がスーッと下がっていく。しかし席を離れる人はいない。
雨がコウモリの飛翔に影響するのだろうかと案ずれど、雨に濡れることはさほど気にしないといった様子だ。
10分ほどで雨は上がり、洞窟の上には綺麗な虹が現れた。
小さな歓声が漏れたが、もちろんカメラを空に向ける人はいなかった。ここで電子機器を取り出したり、大声をあげてコウモリを驚かせ飛翔に影響が出るなどということがあってはいけない。我々観客はコウモリを待つ同志なのだ。
コウモリの姿は見られないまま解説開始から45分近く経過していたが、観客からの質問の嵐は続いていた。大人も子供も挙手。当てられるまでずっと挙手!解説中も大きくアピールして挙手!!
日本では見られない光景だと思いながら見ていた。
しかし時間が経過するほどに、この日bat flight を見られのかという焦りのような空気が漂い始める。
「昨日は見られたか、見られた日、見られなかった日の条件、観察確率はどのくらいなのか、日没前なのか、それとも後なのか」
など詳細な条件についての質問が多く飛び交うようになる。
「コウモリが洞窟から飛び立つ時間は天候によってもまちまちで、絶対に見られるとは限らない。結局はコウモリのご機嫌次第だ」
とレンジャーは濁していた。
これは期待を高めるための演出なのか、見られないこともあるという保険なのか…
レンジャーの言葉に我々観客の期待と不安はさらに膨らんでいくのだった。
1時間が経過し、コウモリは現れないまま質問タイムはお開きとなり、レンジャーも退席しシアターの後方から洞窟を見守るようにたたずんでいる。
観客はそのまま席にとどまり、静かに洞窟口を見つめてその時を待った。
すでに8時を過ぎ。
太陽は地平線に沈んでしまった。
いつまで待てば良いのだろうか、そろそろ諦めるタイミングなのか?と再び不安が広がり始めると、観客らは席を立って洞穴を覗いたり談笑したりと全体がザワザワし始めた。
すると別のレンジャーがやってきて、
「静かにしないとコウモリは怯えて出てきませんよ」とピシャリ圧力強く言い放つと、場は再びシーンと静まりかっえった。
それから10分ほど経った頃だろうか、サワサワと黒い煙のようなものが洞窟の入り口を旋回したかと思うとレンジャーが静かに観客に合図した。
ついにきたか!?
みるみる間に穴の奥からコウモリが大量に湧いてきて、入り口で数回渦を巻きながらチームを形成するとそのまま南の方角へ飛んでいく。
それが、次々と繰り返されるのだ。
皆が歓声を飲み込み静かに感動を共有した。
この行動パターンはさながら集団で一つの生命体を形成しているかのようだった。
イワシや渡鳥などもそうだが、動物たちの生存戦略というのは本当に面白い。
最初のコウモリが現れてから15分以上経過してもなお、群れは湧き続けていたが、辺りが暗く視界不良となったため、アンフィシアターを後にした。
幻想的な地下の異世界探検
翌日は朝一番8:30の枠で予約した洞窟見学へ向かう。
ガイドツアーに参加すると解説とともに一般立入禁止エリアにも入場できるそうだが、今回予約したのは自由に自分のペースで見学できるというもの。
地下の巨大空間までのアクセスは、前日コウモリ鑑賞をしたナチュラルエントランスという名の洞穴口から入場するもよし、一気にエレベーターで地下245メートルまで降下するもよし。
今回はエレベーターで降下したのち、洞窟内部を散策し徒歩で地上へ戻るルートを選んだ。
いやしかし、こんなところにズドンとエレベーターを設置してしまうとは驚きだ。
1920年代から30年代にかけて観光地として最盛期を迎え1931年にはエレベーターが設置されたというから、人間と自然との共存よりも観光産業優先だったその時代の名残もあってのものかもしれない。
エレベーターはビジターセンター中央部から地下へ続いており、一気に地下空間へ降りると、薄暗くひんやり冷たい空気が出迎えてくれた。
経路はしっかり確保されているが、目が慣れるまで足元も不安に感じる。
同乗者は10人ほどいたが、その日一番乗りのエレベーターだったこともあり、少し早足でルートの先を行くと、洞窟内はまだ誰もおらず本当の静寂が広がっていた。
時折水が滴る音が小さく響き、ライトアップされ奇怪な鍾乳洞が幻想的に浮かび上がる世界は美しくもあり不気味でもあった。
今でこそこんなに整備され多くの人が安心して前に進むことができるが、一番最初に発見し探索していくのはとてつもない勇気が必要であっただろう。一歩一歩が命懸けだったに違いない。
自然の壮大さもさることながら、人間の好奇心のエネルギーにもおそれいった。
そして今も洞窟内の探索と研究は進められているという。
ひと通り見て歩き、地上まではナチュラルエントランス方向に少しずつ登っていく。
途中すれ違うのはこれから洞窟内へ向かう人々。
太陽が照りつける外界から洞窟内へ向かうルートでは下るごとに刻々と変わる洞窟内への興奮と、期待が高まる彼らの様子がよく伝わってくる。
彼らは下降路のためそれほど疲労は感じていないようだが、私たち二人は地底部分から上りのルートを辿っている。その高低差はちょっとした高層ビルの最上階に相当するのだから、いつの間にか息も上がっていた。
かなり早足で全てのエリアをまわり、2時間ほど地下空間を堪能したことになる。
暗闇の世界から地上の青空を見上げるというのも、非常に爽快で希望を感じる瞬間だった。
一方で涼しい洞窟内から地上に出た時の熱感と灼熱の太陽は既に汗だくとなった体に追い打ちをかけるものだった。
やれやれと車に戻りクーラーボックスに忍ばせておいたキンキンに冷えた水はまさに命の水。体の隅々まで染み入る。
実はそれほど期待していなかった今回のカールズバッド国立公園だったが、想像よりもずっと楽しかった。
朝一番だったことで静寂を体験できたのも良かったのかもしれない。
長い年月をかけて形成された巨大地下空間で地球の歴史を垣間見た旅となった。