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『テンシンシエン!』第48話

◆「センコク?」

  二週間に一回のペースで、私はJR浦和駅西口近くの雑居ビル7階にある就職支援センターの入り口でドアフォンを押す。

「はい。就職支援センターです。」
「あっ、こんにちは。私、本日13時30分に山・・あっえっと・・・瀬川さんと約束しています沢村と申します。」
「はい、沢村様ですね・・・お入りください。」
「はい。」

”ミー、カチャ・・・”

 いつもと同じ。
「沢村さん、はじめまして。瀬川と申します。こちらの部屋へどうぞ。」
 いつもと同じ流れ。でも、山泉さんではなく、瀬川という初めて会う男。私よりもずいぶんと若く、そして仕事ができそうな雰囲気を醸し出ている”いかにも”ありがちな男。決して悪いやつではないのだろうが、なんだろう、すこし警戒する自分。
 瀬川さんに促されるまま椅子に座る。

「申し訳ございません。山泉の件に関しましては、色々と後手後手になってしまい。えっとですね、何からお話ししましょうか・・・」
「いえ・・そうですね。まず山泉さんの容態?山泉さんが、今どんな状況なのか教えていただけませんか?もちろんご本人の了承が取れているという前提ですけど・・・」
「はい・・・山泉からは了承が取れております。特に沢村様には、ちゃんと本人から話したいとの強い希望です。その前に私のほうからは、概略を説明させていただきます。」
「はい。」
「実は山泉は数年前から・・・」


 山泉さんは数年前から癌を患っていた。

 原発巣は肺にできた癌のようで、発見された際はステージⅢ、しかも就職支援センターに再就職して、ちょうど一年経ったころらしい。仕事にも慣れてきて、カウンセラーとして軌道に乗り始めた頃らしい。
 山泉さんは、病気のことを周囲に明かさなかったこともあり、治療方法には、長期休暇が必要になる外科治療(手術)ではなく、仕事を続けながら受けられる化学療法を選択した。理由は、せっかく就職できたキャリアコンサルタント、できるだけ周囲に迷惑をかけたくなかったということだが・・・

 結果的に山泉さんの選択は間違いだった。山泉さんと相性の良い抗がん剤がなかなか見つからないばかりか、激しい副作用との戦いも加わった。そうしているうちに、癌は山泉さんの体をどんどん蝕んでいき、体のあちこちに転移が見つかった。現在ではすでにステージⅣ。今年から緩和治療にシフトしているとのことだった。


「山泉さんは話したがりませんが、おそらく余命宣告を受けているかと。」
「そんな・・・でも、いつも元気で・・・。」
「この4月からは、勤務時間も短縮して、なるべく体に無理をかけないようにと、会社も配慮してきました。沢村様の担当になったのも、比較的簡単に再就職先が見つかるだろうとのことで・・・そんな判断からでした。」
「はい・・・。」
「そんな状況での沢村様の好条件スカウト辞退でしたので、当社としましても大変慌てたというか・・・なにか山泉に不手際でもあったのかと」
「いえ・・・山泉さんとは・・・」
 ここまで聞いても、山泉さんの「スカウト勝手に辞退事件」が理解できない。無論、山泉さんのことは心配だが、山泉さんの取った行動と病気のことが全くつながらない。

 まさか、余命宣告を受けた末期癌の男性が、その腹いせに、元エリート会社員の再就職活動を邪魔する?!そんな稚拙な行動をしたとでも言うのか?
 なぜそんなことを?という言葉が、また頭の中でぐるぐると回りだした。

「それで山泉のほうも沢村様にちゃんとお話ししたいということで、お会いしたいと・・・よろしいでしょうか?」
「え、えぇ・・・ぜひ・・・。」
 会ってちゃんと話を聞こう。きっとやむにやまれぬ理由があるはず。

 私にできることがあるのなら、山泉さんの役に立ちたい。

 この日のカウンセリングは、ほぼほぼ山泉さんの話で終わった。本来であれば、NEKSTの内定の話で盛り上がるところなのだが・・それでどころではない感じだ。この後、瀬川さんに山泉さんと連絡を取ってもらい、面会可能な日時をいくつか挙げてもらうことにした。


■第49話へつづく


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