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『テンシンシエン!』第8話

◆「キボウネンシュウ?」

 ずいぶん前のことになるが、職場で中途採用を行った時、50代の応募者なんて履歴書も見ずに不合格にしていたことを思い出した。
 一瞬、背中に変な寒気を感じたが、まぁ私に落とされた人たちは、たいした業績やネームバリューもない連中で、いわゆるイケてないおじさんだった・・・からだと自分を納得させた。

「さっ、続いては、重要な項目の一つでもある収入について、双方の認識を合わせていきましょう。」
「はい。」
 いよいよ本丸へ突入か。ここはあまり控えめにならず、正直に言ったほうが良いと何かに書いてあったな。

「さぁズバリお聞きします。希望される年収ですが、おいくらほどを希望されますか?」
「まぁできれば前職と同レベルぐらいが良いのですが・・・」
「沢村さんの前職は、業界でも比較的収入が良い会社でしたので、同等と言うのはなかなか難しいかもしれませんが、まぁ希望は希望ですので・・・で具体的においくらほどを希望されますか?」
「うーん。子どもたちにはもうお金がかからないから、そうだなぁ、少し控えめに言って1500万前後ですかねぇ。」
「はっ? それは・・・前職と同額ということですか?」
「あっ、ちょっと控えめにした金額ですけど。」
「えっと、すみません。前職の年収はおいくらほどでしたか?」
「まぁ業績によって多少増減がありましたが、概ね1800万から2000万円の間ぐらいかな。」
「い、いや・・・えっと・・・そうなんですか・・・」
 山泉さんがなぜか困っている。

「何か問題でも?」
「いや問題はないんですが・・・先に沢村さんの前職についてお話をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「はぁ・・・」

 ざっくりと前職について話をした。
 そんな誰もが羨むようなポジションをなぜ捨てたのか?とか何に不満があったのか理解できないと言われたが、話しているうちに、偉い人には偉い人の悩みがあるのだろうと勝手に結論付けられた。

 通常、このセンターへは、年収1300万円を超える人は来ないらしい。別に来てもらっても良いのだが、ここのカウンセラーからは適切な助言はできないかもしれないと言っていた。高年収の人はだいたい辞める前に次が決まっていて、ほとんどのケースで自身のコネを使うらしい。私にもコネのようなものはあるが、それで紹介された仕事は、私が好むと好まざるとにかかわらず、受けないといけないような気がして、あまり積極的には使いたくないというか、そんな恩着せがましいものの世話になりたくなかった。
 あと、このセンターに集まる求人は、高くても1000万円、それでも年に数件。ボリュームゾーンは400万から600万円なので、紹介できそうな案件もほとんど無いらしい。ただ、辞めた会社からは、私の分の費用が支払われているので、二週間に一度のカウンセリングはすることになった。まぁ、キャリアシートや履歴書の書き方、中高年の面接でのポイントとかは参考になりそうかなと思ったし、山泉さんと小一時間お話をするのも良いかなと思った。

 とりあえず、今日貰ったテキストを参考に、一度キャリアシート作成して来週末までに山泉さんに提出することにした。山泉さんが、次回までに添削してくれるらしい。それに次回は、高収入者向けの転職エージェントサイトを紹介してくれることになった。就職支援センターと同じ系列でいくつかあるようなので、そちらへ登録するための書類を用意してくれるらしい。まぁそれでもハローワークでの事務処理や書類の書き方、効率よく手続きをするためのノウハウなどは、この年になるまでまったく未経験だったので、とても参考になったし興味深かった。

 山泉さん自身、私のような高額収入者の再就職支援は初めてらしく、どんな就活になるのかは全くわからないと言っていたが、私と話をした感じではそんなに苦労しないような気がしたらしい。多少のリップサービスはあると思うが、そんなふうに言われてと少しホッとする。

 そろそろ辞めた会社から離職票が届くはずだ。それが届いたら失業手当の手続きをするために、ハローワークへ行く。それでようやく私は失業者として認定されるのだ。
 エントリーや面接と言ったいわゆる再就職活動までは、まだまだ先は長そうだが、ようやくハローワークと失業者認定の筋道が見えた。

 生まれて初めてのハローワーク。
 早く行ってみたいと思った。


なんて・・・この時までは悠長に構えていたが・・・


■第9話へつづく


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