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『テンシンシエン!』第52話

◆「ヤマイズミサン?」

 浦和駅発15時18分、北浦和着15時20分。北浦和駅西口を出て、5分ほど歩いたところに、埼玉メディカルセンターはあった。時節柄、面会は原則禁止のようだが山泉さんの容態のせいだろうか、私へは特別な許可が下りたようだ。
 建物の中を進んで行くと、エレベーターホールに面会受付があった。小さなカウンターに置いてある面会者記入カードなるものに必要事項を記入、そして不愛想な受付のおじさんに提出する。そうすると「あぁ・・・山泉さんのね・・・」と言いながら、おじさんは少し表情を和らげながら、面会者用の名札を用意してくれた。
「山泉さんをご存じなのですか?」と私が聞くと、受付のおじさんは・・・
「あぁ、お互い年が近しいこともあって、よく話をしますよ。今日、大切な人が来るからって山泉さんからお聞きしてました。」
 大切な人・・・ね・・・どんな意味なんだろうか・・・

「お部屋はご存じ?」
「はい、えっと西棟の5階、502号室ですね。」
「うん、その通り。ここのエレベーターよりも、少し先にあるエレベーターで行ったほうがわかりやすいですよ。」
「あ、ありがとございます。少し先ですね?」
 私は言われたままに、院内を少し歩いた。

 あのおじさん、山泉さんの部屋番号を覚えているのかな・・・即答だったな。

 すぐにエレベーターが見えた。エレベーターの横には西棟と書かれたパネルが掲示してあり、ここが目標の西棟だとすぐにわかる。エレベーターはデザインが古く、乗ってみるとなんだか独特の匂いがする。そう言えば建物自体も古臭くてて、昔の洋館と言った感じ・・・5と書かれた丸いボタンを押すとボタンが点灯し、エレベーターが”ガタン”と少々大きめのショックとともに上昇し始めた。

 5階に着いて扉があく。

 アルコールの匂いと言って良いのだろうか?入院病棟・・・いや比較的重病患者や高齢者が多い病棟にありがちな独特の匂い・・・これだけで山泉さんがどんな状況なのか容易に想像がついた。502号室はすぐに見つけることができた。扉の横には、入院患者の名前が分かるように名札を入れるケースが取り付けてある。名札は6名分表示することができるが、”山泉 博”と書かれた名札しか掲示されていない・・・この部屋には山泉さんしかいないようだ。扉をノックして返事を待つ。

「はい・・・」
山泉さんの声だ・・・
「沢村です・・・」
「どうぞ・・・」
恐る恐る扉を開ける。

「山泉さん、ご無沙汰しています。お加減いかが・・・」

なにが、ステージⅣの癌患者に見えないだ・・・
山泉さんは想像以上に瘦せ細っていた・・・
見ただけで余命幾許もないことがわかった・・・
二週間ほど前に会った山泉さんとは別人だ・・・
こんな短期間で、人間はこんなにも瘦せてしまうのか・・・
情けないが、都合の良い言葉が見つからず言葉が出なくなった。

「ははは・・・ビックリされたでしょう?はは・・ミイラみたいでしょ?骨川筋衛門ってね・・・気を使わなくても良いですよ。自分のことは自分が一番よくわかっていますから・・・ね・・・」


■第53話へつづく

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