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『テンシンシエン!』第30話

◆「カマセイヌ?」

 今日のカウンセリングは、時間が経つのが早い。気がつくと予定の一時間が過ぎていた。良い話で盛り上がる時は、そんなものかも知れない。そろそろ離席しようと、机上に広げた筆記用具を片付けはじめた時・・・

「あっ沢村さん、一点だけよろしいでしょうか?」
 やや神妙な面持ちで山泉さんが話してきた。
「はぁ・・・どうしたんですか?改めて・・・」
「えぇ、良い話だけでなくて、一応、悪い話もしておかないとと思い。」
「悪い話?」
 私は片付けの手を止めた。

「えぇ・・・悪い話です。」
「どんな悪い話・・・ですか?」
「先ほどお話しいただいた、応募した企業からの反応や、ヘッドハンターからのスカウトメールの件です。」
「それがなにか?」
「はい、中高年のハイスキル求人で時々あることなのですが・・・この求人は、何も中高年に限定した求人ではないということです。沢村さんが希望年収を下げたことは、概ね良い方向に行ったと思うのですが、一点、良くない方向に行ったことがあって・・・」
「年収を下げたことで良くない方向に?なんなんですか?それは・・・」
「はい、この800万円付近の年収になると、ハイパフォーマーの30代、40台の中堅世代と競合するということです。つまり、圧倒的な若さと将来性を強みにできる中堅世代の人材に対して、残り数年の我々世代では、よほどのメリットがないと、我々世代に軍配が上がらないというか・・・場合によっては中堅世代採用時の噛ませ犬になっていることも・・・」
「はは・・そんなことですか・・・もちろん、そんなことは想定内です。一応、そのことに対する対策らしいことは書類修正の際にしてみました。ただ・・・効果があるのか、あったのかはわかりませんがね。」
「ほぉ、そんなことは織り込み済みということですか・・・で、どんな対策を?」
「はい・・・私たち世代はスキルがあって当たり前でしょう?でも企業から期待されている部分は本当にそこでしょうか?もしそうであるのなら、山泉さんが言われるように、仕事ができ将来性のある若手を採用したほうが絶対良いでしょうね。」
「そうなんですか・・・」
「ですので、我々世代でしかアピールできないところを書類に記載しました。幸い、私の得意分野の一つでもありましたので・・・」
「沢村さんがお得意とする業務?なんでしょうか?」
 山泉さんがゆっくり斜め上を見て”なんだろう”という表情をした。

「えっと・・・人材育成、教育・・・です。」

「なるほど!・・・確かに多くの企業が、有能な人材を確保するために、たくさんの時間やお金を費やしています。その方法は細かく見ると多岐にわたりますが、概ねスカウトか教育ですね。なるほど、なるほど・・・」
「たまたまですけど、私は比較的若い時から部下の育成には興味があったので、その結果、私の部下たちから、たくさんのドクターや技術士、MBAが生まれました。ある会社にいた時ですけど、私の部署から毎年コンスタントにドクターを輩出するので、周りから”沢村塾”と呼ばれていたくらいですよ。」
「ほぉ、それは良いエピソードですね。面接で披露すると確実にウケますよ。」
「私の部下でドクターや技術士など何かしらの資格を取得した人間は、今まで所属した3社を合計すると50人以上になります。加えて、部下たちがファーストオーサーになって投稿した論文、公開されているものだけでも200を超える。これを人材育成の実績として生かそうと思いました。」
「なるほど!で、具体的にはどんなふうに?」
「えぇ、経歴書とキャリアシートのはじめのほうに”職務要約”があるじゃないですか?そこの欄に、この人材育成の実績に関して少しボリューム割いて記載しました。」
「流石です・・・”#$%&’’!”#」
 山泉さんが小声でつぶやいた。

「えっ?最後、何て言いました?」
「あっ、”沢村さん”って言っただけですよ。申し訳ございません。」
「まぁ、この対策も、実際、どこまで見てくれているのか、本当に人材育成で苦労している会社なのかとか、今回の反応からではそれは分かりませんが、とりあえずやれることはやっておこうと・・・その上での噛ませ犬ならしょうがないかと思って諦めますよ。」
「いやいや、流石ですよ。沢村さん。本当に・・・」
「ありがとうございます。」
「ところで沢村さん、一つ質問があるのですが。」
「どうぞ。」

「”ファーストオーサー”ってなんですか?」


■第31話へつづく


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