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『テンシンシエン!』第14話

◆「フセンパイ?」

 スマホをスピーカーフォンにして机に置いた。このほうがリラックスして喋ることができる。さてどんな展開になるのだろうか?良い話になってくれると嬉しいが、そんな簡単に再就職できてしまうと就活のエピソードとして少し物足りないな、などと呑気なことを考えていた。

「私は定年後にこの世界に入って20年ほどになりますが、以前はメーカーに勤めておりましてね。これでもコンピューター業界では有名人だったんですよ。」
「はぁ・・・そうなんですか。」
 定年後20年のキャリアってことは、80歳を超えている?それにしては若そうで元気な人だ。
「沢村健さんね・・・前職は一部上場企業で本社コーポレート部門のセンター長さんですね・・・部下は240名。大変立派な肩書だったんですなぁ。私が勤めていた会社というのは東京電産。ご存じですか?」
「東京電産?東京電産と言えばTECですか?」
「ほう、その通り。さすがによくご存じですなぁ。東京電産、今でいうTECの家庭用計算機事業部の開発部長なんかをやっておりましてなぁ、当時はこんなもの売れるのかとか、役員から文句を言われながらやっておりまして、ま、結果的に81とか91が大ヒットして、TECの役員にまで上り詰めた訳ですが、まぁとは言っても当時は中堅の二部上場企業だったのですが・・・。」
「えっ七味さんたちが、あの81や91を開発されたんですか?私、高校の時に81使ってましたよ。」
「そうですか・・・それで・・・・・・・

 その後1時間近く、七味さんのサラリーマン時代の話を聞かされることになった。さすがに途中でおかしいと思い、七味さんに求人のことを聞いてみた。

「ところで、あの部品メーカーの求人の件ですけど・・・。」
「おうおう、あの話ね・・・えっと私がTECの事業部長をやっていた時にだな、フロッピーディスクドライブに使う小型部品が必要になって、それまで自動車のコネクタしか作ってなかったユニバ工業に作らせたら、これの出来が大変良くてな、それからだよ、私とユニバのお付き合いは。私がユニバの八王子の工場なんかへ行ったりなんてしたらもう大変だぞっ。工場挙げてVIP待遇でな・・・私が一言いえば中途採用の一人なんてな、簡単にな、決まってしまうんだが・・・あなたにように一部上場企業に勤めていた人は、だいたいがうまくいかない。前の職場ではこうだったとか、収入がどうだどか、仕事の内容がどうだとか・・・自分のことをわかっとらん連中が多いんだよ。」
「はぁ・・・」
 なんか急に横柄な喋り方になってきた。

「事前に連絡したことで何か質問とかがあるだろう。なにもないのか?」
「あっ、あります。調達の責任者と言うことだったんですが、事業企画部門が長かった私にでも務まるでしょうか?」
「ん?調達が気に入らんということか?」
「いやそう言う訳ではなくて、調達の経験がありませんので・・・」
「あなたご自分の立場をわかっとらんようですな。もうあなたは一部上場企業の社員でも何でもなくて、仕事を選んでいる場合ではないのですよ?何でもやります!と言うような気概でないと困りますなぁ。」
「はぁ・・・そんなもんですか・・・」
「他にはないのか?」
「はい・・・質問ではないのですが、年収の件です。年収は七味さんのメールに記載してありましたように、1400万円スタートでも大丈夫です。」
「あのな、あなた50過ぎた中途採用にな、すぐすぐそんな金額を払うと思っとるんか?だから一部上場企業にいた連中は世間知らずと言われるんだぞ。最初はくれると言われた給料を黙ってもらうのが礼儀だぞ!大会社にいた連中は、すぐに金金金と・・・困った奴らだ。」
「はぁ・・・そうなんですか。でも七味さんのメールに・・・」
「だいたいな大きな会社にいた人間はな、昔から・・・・・・・・・・・・

 ちょっと待てよ、なんか変だ。会話が噛みあわない。私はこの男にほとんど自分のことを話していないのに、なんだか勝手にキャラを決めつけられて、先ほどから一方的になじられている。大会社か一部上場企業になにか恨みでもあるのか?それとも老人のストレス解消に使われているのか?ずっと下手に出て話を聞いていたが、これは明らかに時間の無駄だ。この七味と言う男はまともではない。さもなければ、私をユニバ工業さんへ紹介するつもりなんて全く無いかのどちらかだ。さっさと終わらせよう。

「あ、すみません。お話し中、申し訳ございませんが、応募する場合は履歴書を七味さんに送れば良いのですか?」
「まぁこの電話の感じだと、とてもユニバへは紹介できるような人物ではないが、まぁ私はユニバ以外にも懇意にしている会社がいくつもあるからなぁ。何か気が向いたときにお前の履歴書を送っておいてやっても良いが・・・それでもいいなら履歴書を送ってもらってもいいぞ。」
「あっわかりました。じゃ、やめておきまーす。はい、それでは失礼しまーす。」

”プープープープー・・・・”

なんだこの男は・・・完全に時間の無駄だ。

私の初戦は思わぬ不戦敗だった。


■第15話へつづく


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