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KPI、「10本」 〜初めてのノースショア〜

結婚した年のゴールデンウィーク、ハワイに行った。

これは正式なサーフトリップとは言えないかもしれない。何しろまだ「新婚」という呼び方が十分通用する時期に、全くサーフィンをやらない妻と2人だけの旅行だったのだから。

しかし、あのハワイである。サーフィンの聖地である。そして僕にとって初めてのハワイである。1週間弱の滞在中、少なくとも丸2日ぐらいは、サーフィンが大好きな夫に自由時間を与えてくれるはず——初めて降り立ったホノルル国際空港で、僕はそう信じて疑っていなかった。

憧れのノースショア

僕らの旅行は基本的にあまり細かい計画を立てない。この時も、宿泊はタウンの安ホテル。レンタカーを借りて、毎日気が向いた場所へ車を走らせるスタイルの旅だった。

「明日はノースショアまで行ってみようか」

2日目の夜、妻が言った——。

チャンス到来。

この旅行中、サーフィンできる機会は少ない(この時点では、2日はサーフィンをするつもりでいて、それですら“少ない”と感じていたのだ)。せっかくだから、ノースショアでやりたい。

ノースでエントリーすれば、帰国後、サーフィン話をする際に「あー、ハワイね。ノース1回やったことあるよ」って言える。それだけのために、狙いをノースに定めた。

しかも、ノースのシーズンは終わってるから、もしかしたら「あー、パイプも入ったよ……オフシーズンのだけどね(笑)」などと言えちゃうかもしれない。

心ゆくまでサーフィンができないなら、せめて。

僕は完全にサーファー的承認欲求を満たすことだけにフォーカスした——。

「そしたら、明日、サーフィンしようかな」

「いいよ〜」

今では考えられないほどアッサリと旅先でのサーフィンが認められる。この時は、その後の波乱など知る由もなかった。

スーパーキッズとテケテケ中年

カメハメハハイウェイ沿いのサーフショップで借りたボロいショートボードを車に積んで、道路を何度か行ったり来たりする。

今ほどインターネットが発達していない時代、エントリー場所を探すのは苦労した。「ここがパイプラインです」などと書いてある訳ではないのだ。

いや、正直にいうと、僕は「ここがパイプライン」という確信が持てないままビーチに立った。

車を停めたのはエフカイビーチパークだったので、結果的には合っていた、ということになるのだが、そこではコシハラ程度のショアブレイクしか割れておらず、ビデオでよく見る風景とは全く違っていた。

しかし、オフシーズンとはいえ、ポイントが空いている訳ではなかった。ロコキッズたちがワンサカ入っている。

そして、みんな死ぬほど上手い。あれ、ヘタしたらジョンジョンとかいたんじゃないか?と思うほど、みんな飛んだり跳ねたり回ったりしているのである。

(※サーフィンされない方へ。ジョンジョンとは、パイプラインが文字通り「庭」の、ハワイの神童です。ジョンジョンがいかにスゴいかがわかる、彼が大人になってからのビデオを貼っておきます)

スーパーキッズたちを横目に、遠慮がちにピークの端っこで波待ちを開始する30過ぎの僕。大人はどうやら僕だけのようだった。ノースのアダルトサーファーにとって、こんなコンディションはきっと入るに値しないのだろう。

同時に、砂浜で僕のことを見学し始める妻。まだまだ新婚、いいとこ見せなきゃ、という場面だ。

早い?遅い?それぞれにとっての「1時間」

しかし、穏やかな見た目に反して、想像以上に強烈なカレントと、件のスーパーキッズたちのために、僕はテイクオフできる予感すら感じることができない。

ひたすらパドルを繰り返し、やっとの思いで、おこぼれウェーブに2本ほど立った(ホントに立っただけ)ところで、すでに1時間ほどが経過していた。

個人的には悔しさもあり、まだまだ入っていたかったが、ビーチで待つ妻を慮って“早めに“切り上げることにした。

ところが、ビーチに戻ると様子がおかしい。

妻は明らかに機嫌を損ねていた。

「遅いよ〜。見てても全然乗らないから飽きるし」

……そうなのだ、妻はビーチでのんびり旦那がサーフィンしている姿を眺めること自体に幸せを感じるタイプの人間ではないのである。

「の、乗ったよ(2本だけ)……」

尻すぼみになる僕の声。少し休憩したらもう一度チャレンジしたいとはとても言える雰囲気ではなかった。

もう一度、ノースショアへ?

「さ、今日はどこにいこっかね〜」

翌日、朝食を済ませてから車に乗り込むと妻が言った。

そう、我々の旅はどこまでも行き当たりばったりなのである。その行き当たりばったりに乗じて、僕は決意した。

今しかない……しっかり伝えるのだ、僕の本当の気持ちを!

「き、き、今日もノース行かない?」

妻は眉をひそめた。

「なんで?」

明らかに雲行きが怪しい。しかし。

逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ……!

使徒を目の前にした碇シンジばりの勇気を振り絞る。

「も、も、もう一回サーフィンした……」

「いやだよ。つまんないから」

……((((;゚Д゚)))))))

僕がすべてを言い終わる前に、妻がシャットアウトしてきた。やはりこのバレルに出口はないのか……?

「池くんはいいけど、あたしは1時間何してればいいの?」

僕は絶望的な気持ちに包まれながら、「仮にサーフィンできたとしてもマックス1時間がデフォルトの状態」となっている妻のセリフを聞いた。

しかし、ハワイに1週間も滞在しておきながら、2本テイクオフしただけで終わるなんて耐えられない。いつまたハワイに来られるかもわからないのに。

当時の僕は、まだまだ家族持ちサーファーとしての心得を全く理解していなかった。故に、ノーロジックでゴリ押しした。

そのKPIは無理ゲー

「せっかくハワイ来たのに、あれだけで終わるのはやだよ」

今なら絶対にこんなマヌケな台詞は口にしないだろう。そもそも、“あれだけ“で終わったのは僕のスキルの問題である。

案の定、妻はキレた。「ウサビッチ」のキレネンコばりに、キレた音が聞こえるかのようだった。そして勢いよく助手席のドアを叩き閉め、僕にこう宣言した。

「ああ、そう。じゃあサーフィンすればいいじゃん。その代わり、最低10本乗らなかったら許さないからね!!」

……((((;゚Д゚)))))))

1時間で10本——

仮に空いているポイントでやったとしても、6分に1本乗らなくてはクリアできない計算だ。これが、ブラック企業のセールスが背負わされる数字ぐらい厳しいKPIであることは、昨日の状況から見ても明らかである。

もちろん、クリアできるとも思えなかったし、せっかく妻が条件付きでOKを出しているにもかかわらず、僕はそのチャレンジを受けることさえしなかった。

「じゃあ、もういいよ!」

今思えば、中学生の逆ギレか、というぐらいの拗ね方だが、僕はそのまま車を発進させた。

「ちょっと、どこ行くの?」

「“この木なんの木“だよ!」

「ええ!?」

「早く地図調べてよ!」

——こうして、日立の企業CMでお馴染みだった大きな木の下で、なんとか妻と仲直りを済ませ、残りの日程は問題なく過ごすことができた。

それから10年以上の時を経て、家族持ちサーファーとしてスキルも心構えもひとまわり成長した状態で、再びノースショアの地を訪れることになるのだが、それはまた別の機会に。

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