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学び続ける組織について

4月から「Tribal Professional Academy」という社内勉強会に参加している。

代表の池田が講師を努め、経営戦略や競争戦略、財務会計、組織行動論、マーケティング、行動経済学や社会学などの「理論」を学ぶ、通年の社内教育プログラムだ。

今回の課題図書は「グロービスMBA経営戦略」である。

経営戦略の基本コンセプトから分析・実行にいたるまでを網羅しているので、読む時期によって引っ掛かるところが変わりそうな1冊だ。

そんな本なのでうっかり教科書的な読み方をしてしまったのだけど、実はドンデン返しも楽しめる。


「持続的競争優位」という幻想

この本は「戦略とは何か」という定義の紹介から始まる。
いくつかの「ビジネスにおける戦略の定義」の冒頭に上げられるのが

「持続的競争優位を構築し、中長期的に勝つこと」(典型的な定義)

である。

なるほど。ビジネスにおいて持続的競争優位を構築するためのエッセンスが書かれているのだな、と読み進んでいくと最終章で引っくり返される。

経営戦略論の中核を成す概念の1つに「競争優位」がある。本書でこれまで解説してきたフレームワークの多くも、持続的な競争優位(Sustainable Competitive Advantage)の確立こそが、経営戦略の目的であるとの前提に立ってきた。しかしながら近年では「持続的な競争優位は実在するのか」、あるいは「従来のような競争優位の確立を、はたして今後の企業経営でも追求していくべきなのか」といった懐疑的な意見も出されるようになった。
(P219:第9章 競争優位の再考)

「持続的競争優位を探し求めて旅を続けてきた主人公たち。しかし、物語のクライマックスで衝撃の事実が明らかになる。持続的競争優位は存在しなかったのだ……!」的な。

おとぎ話であれば、目的を達することなく家に帰った主人公が足元の小さな幸せに気付いてハッピーエンド、も有りかもしれないが、企業においては現実に戻ると「足りないリソース」「揺らぐポジション」「手詰まりな経営方針」などに直面するだけだ。

新たな旅に出なければならない。
前に進まねばならない。

文中においては「懐疑的な意見も出されるようになった」とあるが、私はこの「持続的競争優位は実在しない」という認識こそが21世紀の今、経営戦略について考える出発点となっているように思う。

この最終章において紹介されているのが、リタ・マグレイスの「一時的競争優位」というコンセプトだ。

競争優位は持続可能であり、企業はいったん確立した優位性を中心に据えて、従業員や資産、組織を最適化すればよいという考えを変えずにきた。
そのため企業の戦略やシステムは、既存の競争優位から最大の価値を引き出すように設計され、企業全体が既存のビジネスモデルに沿おうとする惰性を強めてしまった。成功は一定期間続くものの、いざ市場に新しい波が訪れても、安定した環境を前提とした慣行やシステムが足枷となって、手遅れになるまで問題に対処できない。
競争優位が持続しない状態が現実であるとすれば、企業に残された選択肢は、多くの一時的競争優位を同時並行的に確立し、活用していくアプローチである。このような優位性の1つ1つは短期間しか持続しないが、全体をポートフォリオとして組み合わせることで、企業は長期間にわたってリーダー企業であり続けられる。

上記の解決策は一見すると、伝統的なプロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(PPM)と変わらないように思えるが、ポイントは「ひとたび競争優位を得た企業は、既存のビジネスモデルに沿おうとする惰性を強めるがゆえに、新たな市場環境での競争に対してむしろハンデを負う」ということだろう。

そしてハンデが「惰性」であるということは、企業におけるソフトな要素、目に見えない例えば「企業文化」と呼ばれる部分に問題が生まれることを意味する。

競争優位を得て、B/S上に目に見える資産を積み上げている時、同時に目に見えない資産を失い続けている(そしてそれは外部環境の変化が自社に及ぶまで可視化されない)ということだ。

したがって21世紀の企業は、まず一時的競争優位を獲得するためにポジショニングとケイパビリティの両面から力を尽くし、一時的競争優位を得た後は再投資に必要なリソースを確保するのと同時並行的に、「見えざる資産」を「見えざる負債」に変えないよう、環境変化への適応力を持った柔軟な企業文化を構築する必要があるだろう。


創発戦略とラーニング・オーガニゼーション

上記のような問題意識を持って再度読み直した時に特に注目したのは、第3章「戦略の動的プロセスとラーニング」だ。

この章ではヘンリー・ミンツバーグらのグループが行っていた戦略策定に関する研究が冒頭に紹介されている。

彼らの研究によれば、戦略は事前の「意図的な」プランニングによっていきなり完成形ができあがることは稀で、むしろ現場でのさまざまな失敗を通じて、市場に学び、「創発的」につくられていくもの、あるいは偶然に発見されるものだ、というのである。

そして有効な創発戦略が生まれ、実行されるために3つの条件が上げられている。

1. トップのリーダーシップ、そしてトップとフロントで働く社員とのコミュニケーション
2. 風通しの良い企業文化
3. 学習

3.の「学習」については

学習の成果が組織で共有され、組織全体の知見やスキルの向上、さらには変化への対応力の強化につながるように、学習が文化として組織に埋め込まれた、学習する組織(ラーニング・オーガニゼーション)になることが望ましい。

とある。
ここで書かれたラーニング・オーガニゼーションの名付け親であるピーター・センゲがその実現に必要な要素として挙げたのが下記「5つのディシプリン」だ。

1. システム思考
 独立した事象に目を奪われずに、各要素間の相互依存性、相互関連性に着目し、全体像とその動きを捉える思考方法。
2. 自己実現と自己研鑽
 自らのビジョンや欲求が何であるかを探り続けると同時に、現状を的確に見極めることによって両者のギャップを認識し、それを克服してビジョンや欲求の実現に向けて行動すること。
3. メンタルモデルの克服
 物事の見方や行動に大きく影響を与える固定観念や暗黙の前提をメンタルモデルという。自社や競合、市場に関して組織で共有しているメンタルモデルを認識し、それを打破するための取り組みが必要とされる
4. 共有ビジョンの構築
 各個人のビジョンから組織として共有されるビジョンを導くことにより、組織の構成員が心から望む将来像を構築する。
5. チーム学習
 学習の基礎単位は個人でなくチームと考える。構成員間の対話(ダイアローグ)を通して複雑な問題を探求することにより、個人で考えるときよりも優れた解決方法の発見へとつなげていく。

これらの条件やディシプリンは、本書では「創発戦略」に紐付けられているが、9章で指摘されていた「既存の競争優位から最大の価値を引き出すように設計され、企業全体が既存のビジネスモデルに沿おうとする惰性」への対抗策とも読めないだろうか。

もしそうであるなら、それは「創発戦略」と「一時的競争優位を築く事業のポートフォリオ」が同じ文化に根差しやすいということも意味する。

※余談になるが、本書では「創発戦略」における「組織学習」と、ベンチャーではおなじみのリーンスタートアップの考え方の近似性にも触れられている。

トップとフロントラインの距離の近さ/風通しの良さ/組織学習、といった要素を併せ持った文化こそが、企業に目まぐるしく変わる外部環境の変化を乗り越えて成長させる力を与えるのだとしたら、それをどのように私たちは獲得できるのだろうか。

「グロービスMBA経営戦略」から今回受け取ったのは、この問いだった。

冒頭に書いたとおり、読む時期によって引っ掛かるところが変わりそうな1冊なので、今回受け取った問いの答えを探しつつ、次回読む時に受け取る問いを楽しみにしたい。


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