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「co-師」とは、学びあう共育者であると定義しています

1.講師ではなく「co-師」 
 講師は、講義や指導を行う側になり、コミュニケーションの流れは、講師側から受講者側への方が強くなりがちです。 
 co-には、共同、相互、同等などの意味があります。受講者の自主性を引き出し、双方向からのコミュニケーションの流れを同等にしていく役割を担うのが「co-師」であると考えます。

2.ウイリアム・アーサー・ワードの言葉から考えること 
 The mediocre teacher tells.
 (凡庸な教師はただしゃべる) 
 The good teacher explains.
 (よい教師は説明する) 
 The superior teacher demonstrates.
 (すぐれた教師は自らやってみせる)
 The great teacher inspires.
 (偉大な教師は心に火をつける)
   -ウイリアム・アーサー・ワード-

 「話す」と「伝える」とは、その主体の度合いが違ってくるのだろうと考えます。
 話すというのは講義する側が主体になり、伝える相手がいることが希薄になりがちで、「凡庸な教師」がこれに当たるのだと思います。
 受講者すなわち相手がいることを意識し、受講者が主体となる度合いを高めていくことが「伝える」ことであり、こういった工夫をするのが「よい教師」であり「すぐれた教師」だということになるのでしょう。
 さらに、受講者の「心に火をつける」となりますと、受講者が主体である度合いが、かなり高くなった状態だと言えます。
 受講者の「心に火をつける」ためには、自分で考え、判断するといった自主性を促すことが必要だと思います。教え過ぎず、教えなさ過ぎずの程よいバランス、言葉を変えると、いかに教えないかの匙加減が重要だと考えています。教え過ぎは依存心が芽生えやすく、自主性を促すことに対峙する面があるように感じています。
 こうして受講者を通して学ぶことも多々ありますので、学びあう中で、「心に火をつける」きっかけが得られるのではないかと考えています。

3.学びあう共育者  
 「共育」とは、指導を行う側と受ける側がともに学び成長すること等を意味する造語であるとされています。
 2.に書きました通り、「心に火をつける」きっかけを得るためには、教える側と教えられる側の学びあいが必要になると思っています。
 以上を踏まえて、「co-師」という当塾独自の造語を、「学びあう共育者」と定義することにしています。

株式会社アーキ・コミュニケーション研究所
代表取締役/一級建築士
 木藤浩実 

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企業内一級建築士資格取得研修の23年間の実績。前提となる基礎知識を積み上げながら、⾃分がわかりたいところまで辿り着くことが理解。減点要素となり得る問題点のうち、回避すべきものと許容できるものを取捨選択していくことが判断。co-師(学びあう共育者)というスタンスで発信します。