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ショートショート|未来を推すことにしました|#お金について考えていること|4分

 未来を推すことにしました。
 メディア情報のチェックを日課にして、新しい情報を仕入れました。良いニュースがあれば一緒に喜び、悪いニュースがあれば再起を祈るのです。
 毎月の給料の一部は、応援するために使いました。
 そんなことを続けているうちに、最初は新参だった私も、段々と知識が増えてきて、いつの間にか古参になっていました。

   小笠原未来 卒業のお知らせ
 いつも「りんごじゅーす」の応援ありがとうございます。
 「りんごじゅーす」リーダーの小笠原未来は、今月末をもちまして、卒業することになりました。突然の発表となり、驚かせてしまいましたことを心よりお詫び申し上げます。
 なお、今後の「りんごじゅーす」の活動といたしまても、体制の見直しに伴い、一時的に活動休止とさせていただきます。何卒、よろしくお願いいたします。
 以下、本人のコメントになります。
「突然のお知らせとなってしまい、ごめんなさい。ご時世もあり、思うように活動ができない中、前向きな決意をさせていただきました。ファンの皆さま、アイドルの私を作ってくれて、推してくれてありがとうございました。 小笠原未来」

 突然のお知らせに驚きました。
 そして、いつかの情報番組のワンコーナーで、初めて彼女の踊っている姿を見たときのことを思い出しました。それまで、アイドルには全く興味がありませんでしたが、彼女のひた向きに頑張る姿に、目を奪われたのです。

 彼女のファンになり、推し始めてからは、暇さえあれば、SNSの更新をチェックしていました。CDの売り上げが好調そうだ、そんなことが書かれていれば、私のことのように喜んで、彼女にリプを送りました。逆に、他のメンバーが脱退する、そんな悲しいときには、ライブ会場に足を運んだり、グッズを買ったりして、目一杯の応援を送っていました。少しばかりの給料は、メンバーの応援に使い、全く手元に残りませんでした。
 このような応援を続けているうちに、周りから「古参」と呼ばれるようになっていました。

 未来が「りんごじゅーす」を卒業すること、「りんごじゅーす」も一時的とはいえ活動を休止すること。私の生活の一部を取り上げられた、そんな気分でした。

――アイドルの私を作ってくれて、推してくれてありがとう

 そんな言葉だけを残して卒業する未来に対し、若干の怒りが芽生えました。今となってはお恥ずかしい話ですが、「私が未来にいくら時間とお金を投資したのか分かっているのか!」と憤っていたのだと思います。
 そして、同じような「被害者」と傷をなめ合いたくなり、何の気なしに「未来 投資」でネット検索したのです。

 結果をスクロールしていると、日本証券業協会のホームページが出てきました。その冒頭の一文目に、どきりとしました。

――きみの投資が、未来をつくる。

 そのときの私には、彼女のコメント――アイドルの私を作ってくれて――とリンクしているように思えたのです。けれど、こんなこともあるんだなとだけ思い、ブラウザバックしようとしました。しかし、彼女の別のコメントが浮かんできたのです。

――ご時世もあり、思うように活動ができない中、前向きな決意をさせていただきました。

 私は、彼女のコメントの意図を正確に理解できていなかったかもしれないと思いました。卒業は、彼女の意思とは別に、この「ご時世」に理由があり、それに苦しんでいるのは、彼女と「りんごじゅーす」に限られないのではないか。
 ブラウザバックせずに、ホームページを見ることにしました。すると、次のような記載が目に入りました。

――新型コロナウイルス感染症がもたらした経済と生活の危機。この危機を乗り越えるため、いま、世界中の企業が挑戦を続けています。
――熱狂できる日が、必ず帰ってくる。そのためのテクノロジーが、必ず生まれる。

 すぐに何かを判断するには、あまりにも無知でしたが、「ご時世」に負けずに頑張っている人たちを応援したい気持ちが芽生えてきました。そんな高尚なことだけでなく、「熱狂できる日が、必ず帰ってくる」ことを信じたいという個人的な感情もありました。
 そのときから、自分にできることは何かと考えました。幸い、時間とお金が余ったところでしたので。

 企業の未来を推すことにしました。
 メディア情報のチェックを日課にして、新しい情報を仕入れました。良いニュースがあれば一緒に喜び、悪いニュースがあれば再起を祈るのです。
 毎月の給料の一部は、応援するために使いました。
 そんなことを続けるうちに、最初は新参だった私も、段々と知識が増えてきて、いつの間にか古参になっていました。

 以上、私が投資をはじめた経緯でした。ご清聴ありがとうございました。

 集会所にパチパチと拍手が上がった。還暦を過ぎた私の話が聞きたいと、街のみんなが企画した講演会であった。社会のこと、経済のこと、色々知っている「物知りおじさん」と呼ばれており、そのことが理由だった。

 思えば、未来を推し始めてから良いことばかりだった。知識は増えたし、何より毎日が楽しかった。投資の結果としても良好で、老後の生活も余裕がありそうだ。私は、自分の未来も推していたのだ。

 ごめんね、未来。今なら素直に言えるよ。
 こちらこそ、君を推させてくれてありがとう。


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