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人生で一番おいしかったパンケーキの記憶

人生で一番おいしかった、幸せなパンケーキの記憶が私にはある。
(人気チェーン店「幸せのパンケーキ」の話ではない。)

パンケーキ、いや、世間を気にして私はそれをパンケーキと呼んだが、本当はホットケーキと呼びたい。

そしてそのホットケーキを再び食べることは、もうないのだと思う。


そう、料理上手な彼がいた。ううん、当時の私が、彼の才能を「料理上手」なんて有り体な言葉で表現されるのを聞いたらむっとするだろう。

彼の料理は、魔法みたいだった。
独自の目利きで良い素材を使い、手間のかかる処理でそのポテンシャルを最大限引き出す。派手な味付けはしない、なのにいつも驚きがあって、新しい発見とほっとする優しさが口の中いっぱいに広がる。そして、コースならばスープからデザートまで全編を通して、それで完成される。

そんな料理をつくる人だった。


ある日、私は彼の部屋でなんやかんやの時間を過ごした後(そう、なんやかんや)、仕事に向かわねばならなかった。淋しさを隠すことに慣れていた私に、彼は「ホットケーキ焼いてあげようか?」と言って、棚から全粒粉を取り出した。

おうちで作るホットケーキにしては手がこんでいる。卵を卵黄と卵白に分け、卵白を手早く泡立ててメレンゲにした。卵黄は何かと混ぜてた。(記憶)


そんなこんなで焼き上がったホットケーキ。

ほかほか、湯気を立ち上げている。
手づくりのいちごジャムと、杏のコンフィチュールをのせて。

本当に、ほんとうに美味しかった。こんな優しいホットケーキは食べたことがないと思った。口中に幸せが広がって、私の全てを包んだ。私がホットケーキを食べているのか、ホットケーキが私を食べているのか、もはやわからなかった。(それはなんか違う)

私はこの味をこの感覚を忘れてはいけないと思った。

ホットケーキ自体がとても美味しかったのは紛れもない事実。だけどこの時私は、この時間、この空気感も一緒に食べていたのだと、わかる。わかっていた。

ホットケーキでもパンケーキでも、卵かけご飯でも、納豆ご飯でも。

彼が私だけの為に魔法を使ってくれたのがとっても嬉しかったのだ。
そしてそれは醜い意味も含んでいる。

午後の日差しを受けたホットケーキがゆらゆら揺れる。
だけどその瞬間は、あったかい記憶です。



✏️____
ジャムとコンフィチュール、言い換えた意味は特にないよ🙋‍♀️

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