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官僚方士と美しき宦官の事件簿 第1話
あらすじ
月鈴(げつりん)は、官僚として官署に勤める女性方士(方術(ほうじゅつ)という気を操る術を行使する者)だ。
ある日、後宮で金英(きんえい)という女性が、鍵のかかった楽器保管庫内で殺されているのが発見され、月鈴は新たに書記官となった宦官(かんがん)・冏(けい)と共に、密室殺人事件解決のために後宮へ赴くことになる。人々は迷信深く、人間業では不可能と思われる殺人を鬼の仕業と考えるため、方士が
官僚方士と美しき宦官の事件簿 第11話
十一 終わりに
私と冏は、教坊を後にした。そのまま茜門に向かう私達を、春燕と広が見送りに来てくれる。
いつの間にか日は大きく傾いて、石畳に落ちかかる私と冏の影は長かった。高い塀に切り取られた空は、一面曼殊沙華を敷き詰めたように鮮やかな赤に染め抜かれていて、空も金英の死を悼んでいるかのようだ。失われた命は戻らないが、真実を白日の下に晒したことで、少しは金英の無念を晴らすことができただろうか。
官僚方士と美しき宦官の事件簿 第10話
十 真相
私は冏と共に、宛がわれた教坊の房間に戻った。几の前に並んで腰を下ろした私と冏から少し離れて、由役を頼んだあの宦官が控えている。下手人の身柄を確保しなければならないので、一緒に来てもらったのだ。その宦官から少し離れた所に、玉環・春燕・奉仙・智蕭が並んで座っていた。この葛宮の人々に、「金英の死が鬼の仕業ではなく、人間によってもたらされたもの」だということを知らしめるためには、事の真相を知る
官僚方士と美しき宦官の事件簿 第9話
九 再現
私は冏と広と共に教坊の外に出ると、小走りで楽器保管庫に向かった。いつの間にか日は傾き始めていて、私達が教坊に入った時とは地面に落ちる影の形が変わっている。
ふと、お腹が空いたなと私は思った。
食事は朝夕二回だけ摂るのが一般的だが、頭を使うとひどく空腹感を覚えるのはどうしてだろう。一度空腹感を覚えてしまうと、どうにも気が散って仕方がなかった。頼めば簡単な食事くらい用意してもらえるだろ
官僚方士と美しき宦官の事件簿 第8話
八 伯叔斉(はくしゅくせい)と杜延年(とえんねん)
しばらくして、広は新しい板独座を小脇に抱えて、宦官二人を連れて来た。一人は不惑も半ばを過ぎたくらいの年で、もう一人は而立をいくつか過ぎたくらいの年に見える。二人共きちんと宦官服を身に着けて、髪も纏めていたが、まだ半分夢の中にいるような面持ちだった。夜間門番をしているなら、休んでいたところを叩き起こされたのだろうし、眠そうにしているのも道理という
官僚方士と美しき宦官の事件簿 第7話
七 李智蕭(りちしょう)
「こちら、李智蕭様です」
広がそう紹介したのは、妓楼で客の袖でも引いていそうな、蓮っ葉な印象の美少女だった。後宮には妓楼から連れて来られた娼妓もいると聞くので、実際客を取っていたのかも知れない。年は十二、三歳くらいだろう。結い上げた長い黒髪を三つ編みにして、丹桂で飾っている。瑞々しい若葉を思わせる翠緑の襦と裙に覆われた体は小柄だったが、その足捌きは驚く程軽やかだった。
官僚方士と美しき宦官の事件簿 第6話
六 徐奉仙(じょほうせん)
「徐奉仙様です」
盆を手に入って来た広が、そう言って手で示したのは、春燕と同い年くらいの少女だった。美しいと言うより可愛らしい顔立ちだが、本当にここにいていいのかと案じているような、どこか不安げな面持ちだ。長い黒髪を二つに分けて捩じり、兎の耳のような形に結って、扇めいた髪飾りで飾っている。ほっそりした体を包むのは、東雲色の襦と裙。春燕の可愛らしさは貴人らしいそれだった
官僚方士と美しき宦官の事件簿 第5話
五 姫春燕(きしゅんえん)
程なくして、私は広と共にやって来た十三、四歳くらいの少女を、立ち上がって出迎えた。
少女は二つに分けた長い黒髪を丸く結い、薄紅色の飾り紐で飾っている。しなやかな肢体を包むのは、薄紅色の襦と裙。つぶらな瞳におっとりした優しげな雰囲気で、小鳥のように可愛らしかった。だが、金英のことが余程堪えているのか、泣き腫らした赤い目がひどく痛々しい。
広は盆に沿えていた手の片方を
官僚方士と美しき宦官の事件簿 第4話
四 董玉環(とうぎょくかん)
冏と二人で水を飲んで待っていると、少しして扉の向こうから広の声がした。私が入室を促すと、茶杯の乗った盆を手にした広ともう一人、見知らぬ女性が入って来る。
女性は結い上げた長い黒髪を二つに分けて輪を作り、半透明の硝子玉をあしらった笄を差していた。すらりと背が高い瘦身に、毒花を思わせる紫の襦と裙を纏っている。金英に舞を教えていたということだが、この長い手足で舞えば、さ
官僚方士と美しき宦官の事件簿 第3話
三 司徒由(しとゆう)
私と冏が案内されたのは、教坊の端に位置する房間だった。「普段は使われていない」という話だったが、掃除はきちんとされていて、窓もあるため、あの楽器保管庫のように埃っぽくはない。さして広くない房間の中央には、几が一つ。その几を挟んで、板独座が数枚置かれているだけの、ひどくがらんとした房間だった。
私が冏と並んで板独座に腰を下ろすと、広は私に言う。
「今は金英様のことで、皆様
官僚方士と美しき宦官の事件簿 第2話
二 超金英(ちょうきんえい)
ここは東方に位置する瑞国(ずいこく)――国を統べる皇帝が築き上げた大興城(だいこうじょう)という都城だ。異民族の襲撃に備えて、四方を城壁に囲まれているが、城壁内部は市の他、様々な官署や高級住宅街、皇帝達が住まう宮殿で占められていて、民の多くは城壁の外で暮らしている。
私が属する太常は、皇帝が会議を行う天央宮(てんおうきゅう)と呼ばれる宮殿の側に置かれた官署群の中に