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官僚方士と美しき宦官の事件簿 第10話

十 真相
 私は冏と共に、宛がわれた教坊の房間に戻った。几の前に並んで腰を下ろした私と冏から少し離れて、由役を頼んだあの宦官が控えている。下手人の身柄を確保しなければならないので、一緒に来てもらったのだ。その宦官から少し離れた所に、玉環・春燕・奉仙・智蕭が並んで座っていた。この葛宮の人々に、「金英の死が鬼の仕業ではなく、人間によってもたらされたもの」だということを知らしめるためには、事の真相を知る者が複数いた方がいい。春燕にとってはかなり辛い話になるだろうが、それでも真相を知りたいとのことだったので、ここに来てもらった。春燕は何も聞かない内から、泣き出しそうな顔をしていて、その視線は几の向こうにいる由へと静かに向けられている。
 由の様子は、一見先程と変わりないようだったが、その目の奥底には隠し切れない不安が覗いているようにも見えた。再びここに呼ばれた理由に、おおよその見当が付いているのだろう。
 冏が筆を取ると、私は由に言った。
「何度も呼び立ててしまって、ごめんなさい。でも、あなたとはもう少しお話をした方がいいと思ったもので」
 私は一度言葉を切ると、挑むように続けた。
「金英様を手に掛けたのは、あなたですね?」
 私には確信があったが、由が怯むことはなかった。絶対に口を割るものかという決意すら感じさせる、強い目をして言う。
「何のことでしょう? 私には、全く身に覚えがありません」
 そう簡単に罪を認めることはないだろうと思っていたが、あくまで白を切り通すつもりなら、理路整然と追い詰めるしかない。
 私は言った。
「あなたは、存外忘れっぽいようですね。あの楽器保管庫の鍵を持っているのは、あなただけ。そして金英様が閉じ込められてから、朝あなたに発見されるまでの間に、あなたの他に楽器保管庫を出入りした人はいません。それなら、あなたが金英様を手に掛けたと考えるのが、自然でしょう?」
 人間業とは思えない現象が生じたように見えていたのは、嘘を吐いている人物がいたからだ。その嘘を誰が吐いているのかわからずに、様々な可能性を疑う羽目になったが、由が嘘を吐いていると考えれば、一連の出来事を一番無理なく説明できる。
 だが、由は不愉快そうに眉を寄せて、反論してきた。
「それは言い掛かりというものです。私が楽器保管庫の扉を開けた時には、金英様の胸にはもう笄が刺さっていました」
「あなたは先程もそう証言しましたけど、金英様を発見した時には、一人で中に入ったのでしょう? 茜門の門番達からも、そう聞いていますが」
「はい、その通りです」
「それでは、あなたの証言が正しいと裏付けてくれる人物がいない以上、あなたが嘘を吐いていて、その時まだ金英様が生きていらした可能性は否定できません。あなたが楽器保管庫の扉を開けた後、金英様は笄で懐に忍ばせた柘榴を刺し、床に横たわった。あたかも何者かに殺されたように見えるように――これが真相だったのではありませんか?」
 由は何か言いかけたが、その口から言葉が出てくる前に、春燕が戸惑いを露わにして、私に問いを投げ掛けてきた。
「あの、姐様の死が狂言だったということは、姐様はご無事ということですか?」
「期待を持たせるようなことを申し上げておいて恐縮ですが、金英様が亡くなられたのは事実です」
「そう、ですか……」
 目に見えて肩を落とした春燕を見て、私が申し訳なく思っていると、今度は智蕭が口を開いた。
「どういうこと? 狂言だったのに死んでちゃ、辻褄が合わないでしょ。大体、何だってあの人が死んだ振りなんてしなきゃいけなかったの?」
「恐らく、金英様ご自身は本当に死ぬつもりはなかったのだと思います。これはあくまで私の推測ですが、金英様はご自身の死を偽装することで、この後宮から脱出しようとされたのではないでしょうか?」
 私がそう言った途端、由の顔色が明らかに変わった。驚愕と恐怖の入り混じった表情が、その面を染め抜く。それは一瞬のことで、その表情はすぐに拭い去られたが、私の推測が正しいと確信するには十分だった。
 私は由から、呆気に取られている玉環達へと視線を移して続ける。
「突飛に聞こえるでしょうが、金英様には後宮の外に想い人がいらっしゃったそうです。これは金英様が後宮からの脱出を決意されるには、十分な理由でしょう。ですが、お一人でやり遂げることは、難しかったに違いありません。ただ死んだ振りをするだけでは、少し体を調べられただけで、簡単に偽装を見破られてしまいますからね。だからこそ、金英様は由殿に助力を願ったのでしょう。『死んでいる』と証言してくれる人物がいれば、本当に死んでいるか確かめられる可能性を低くすることができますし、何よりその人物の手で安全に、後宮の外へ運び出してもらえますから」
 金英は由と二人きりになることが何度もあったようであるし、あの楽器保管庫は人気がなくて、密談をするには打って付けだった筈だ。金英に対して同情的であった由の協力を取り付けることは、容易かっただろう。
 私は、自分の推測を裏付けるために続けた。
「私は後宮のことにはあまり詳しくありませんが、後宮の女性の遺体が後宮の外に捨てられることは存じています。そんな扱いが罷り通っているのであれば、たとえ死人が出たとしても、それが自殺であると判断して差し支えない状況なら、そう詳しく調べられることはないのではありませんか?」
 誰にともなく放った私の問いに答えたのは、春燕だった。
「その通りですわ。時折女性が自ら命を絶つことがありますが、位の高い方ならまだしも、そうでない方の場合は大して気にもされません。このような場所では、そう珍しくないことですから」
 玉環に苛められていた金英と、同じような目に遭っている女性は、後宮中にいるのだろう。自ら命を絶つ女性がどれくらいいるのかはわからないが、文字通り代わりはいくらでもいる以上、多少死人が出たところで頓着する訳がなかった。
「こう申し上げては失礼ですが、楽戸であるという金英様のご遺体であれば、尚のことぞんざいに扱われた可能性が高いと思われます。由殿が死んだ振りをされている金英様を門番に見せて、金英様の死を印象付けた後、そのまま後宮の外に運び出したとしても、特にお咎めはなかったのではないでしょうか。恐らく、元々の計画ではそのような手筈だったと思われますが、由殿は金英様を裏切りました。門番が人を呼びに行くと、由殿は金英様に近付き、柘榴に刺さっていた笄を引き抜いて、金英様の胸に突き立てたのです。そして金英様を殺害した後、金英様の両腕を縛って、自殺ではなく他殺に見せかけたものと思われます」
 延年が見た金英は、あくまで自殺に見せかけるつもりだった筈なので、両腕は縛られていなかっただろう。由が金英の腕を縛ったことで、延年の証言次第では辻褄が合わなくなってしまった筈だ。幸い楽器保管庫の中は暗く、延年が金英に刺さっている笄や金英の美貌に気を取られていたおかげで、結果的に誤魔化すことができたが、運に助けられたところも大きかった。
「今あなたがおっしゃったことは、全て推測でしょう。私が下手人であるという、確かな証でもあるのですか?」
 由はまだ言い逃れできると思っているらしく、あくまで強気にそう言った。
「物としてはありませんね。金英様の命を奪ったのは金英様の笄であって、あなたが持ち込んだ物ではありませんし」
 私がそう答えると、春燕は不安そうに瞳を揺らして私を見た。
 私が言い負かされてしまうかも知れないと、そう思っているのだろう。由が下手人である証の品がないのは、否定しようがない事実だが、それでもまだ手はある。
 私は春燕を安心させようと、春燕と目を合わせて小さく頷いてから、再び由に目を向けた。
「逆にあなたに伺いたいのですが、どうしてわざわざ金英様の目を開けさせたのですか?」
 私の問いかけに、由が初めて言葉を詰まらせた。
 由は、延年が戻って来るまでに金英の両腕を縛って、楽器保管庫の外に出なければならなかったため、かなり慌てていた筈だ。人を手に掛けたのが初めてなら、少なからず動揺もしていただろうし、金英の目を閉じさせることを忘れてしまったのだろう。
 どこかにある答えを探すように、落ち着きなく視線を彷徨わせる由に、私は追い打ちを掛けるべく言った。
「あなたが呼んだ宦官は『金英様の目が閉じられていた』と証言しましたが、私達が金英様のご遺体を確認したところ、閉じていた筈の金英様の目が開いていました。そして最後にあの楽器保管庫を出たのはあなただという証言が、茜門の門番から取れています。今朝、あなたが楽器保管庫に入った時に、金英様が既に亡くなっていたとしたら、あなたはわざわざ金英様の目を開けさせたことになりますよね? あなたが下手人でないのなら、何のためにそんな不可解なことをしたのか、その理由を答えて下さい。私は『亡くなっていなかった金英様が、ご自分で目を開けた』のだと考えていますが、その考えが誤りだったのだと断じるに足る答えが得られたなら、あなたの言い分を信じましょう。さあ、答えて下さい」
 私はそれだけ言うと、口を閉じて由の答えを待った。だがしばらく待っても、由の口からは何の言葉も出て来ない。
「ちょっと、いつまで待たせるの? 特に言い分はないようだから、もうその宦官が下手人ってことでいいでしょ」
 痺れを切らした玉環がそう言うと、私も口を開いた。
「このようなご意見が出ていますが、異論はありますか?」
 由は私の問いに答えを返すことなく体を浮かせると、そのまま私に突進してくる。私を見据えるその目は獣同然で、最早弁明などするつもりはないらしかった。
「あぁっ!」
 春燕が声を上げたが、私はその場を動かない。私を人質にするつもりなのか、自分だけ破滅するのが許せないから私を殺そうという腹なのかはわからないが、こういうことは時々あって、ある程度慣れていた。
 私は方術を使おうとしたが、その前に冏が素早く立ち上がる。私が驚いて冏を見ると同時に、冏は躊躇いもなく几を倒して、由に投げ付けた。正面から突っ込んで来ていた由が、几をまともに喰らって仰向けに倒れた時には、冏は由との間合いを詰めている。冏が几の下敷きになってもがく由を几ごと踏み付けると、由の口から濁った悲鳴が上がった。
 呆気に取られて見ていた私は、由の悲鳴で我に返る。冏の一連の動きには些かの迷いもなく、荒事に慣れていることが窺えたが、この美しく物静かな冏が、荒事に長けているとは思わなかった。
 冏は、今までどんな人生を送ってきたのだろう。
 私がまじまじと冏を見つめていると、控えていた宦官が縄を手に由へと近付き、その体を拘束し始めた。宦官が几の下でもがく由を、冏の手を借りて拘束していると、春燕が気遣わしげに私へ問いかけてくる。
「あの、お怪我はありませんでしたか?」
「ええ、大事ありません」
 私が春燕にそう答えると、玉環は口元を袖で隠して、由への嫌悪を隠さずに言った。
「全く、何て野蛮なのかしら」
「あー、びっくりしたあ」
 智蕭が胸を押さえてそんな感想を漏らし、奉仙がほっと安堵の溜め息を吐く間に、冏はひっくり返った几や硯を元の位置に戻した。そうしてその場に座って両手を床に付けると、平伏して詫びの言葉を口にする。
「大変失礼を致しました」
「いいのよ、よくやってくれたわね。おかげで助かったわ」
 私がそう言うと、冏は立ち上がって几を回り込み、私の隣に座り直した。すっかり縛り上げられて、ようやく観念したらしい由が項垂れたところで、私は縄を持つ宦官に言う。
「すみません。もう少しだけ訊きたいことがあるので、待って頂けますか?」
「畏まりました」
 そう返事をした宦官が由をその場に座らせたところで、私は手で春燕を示して由に言う。
「こちらの春燕様のことは、知っていますね? 春燕様は、金英様ととても親しかった方です。私はあなたの罪を暴くことはできますが、あなたが金英様を害した理由までは知り得ません。訳を話して下さい」
 今回の私の仕事は、『金英を殺した下手人を突き止め、鬼の仕業でないならそれを人々に知らしめて、安心させること』だ。由は私の推測が正しいと肯定した訳ではないが、反論できなかった時点で肯定したようなもので、私の仕事は既に終わっている。だが、ここで終わりにしてしまっては、春燕は何故金英が殺されなかったのかわからないまま、ずっと苦しむことになるだろう。
 世の中には救いようのない人間もいるが、金英を気遣えた由は、きっとそういう手合いではなかった。罪を犯したからと言って、それまで持っていた人間性がすっかり反転して、善性が消えてなくなる訳ではないだろうし、情に訴えれば話してくれるかも知れない。
 私は俯いたままの由に、更に言葉を掛けようとしたが、私より早く春燕の唇が動いた。
「あなたは、姐様に親切でした。姐様はあなたに感謝していらっしゃいましたし、それは私も同様です。そんなあなたが、どうして姐様を手に掛けたのか、私にはわかりません。理由を聞いても、納得はできないでしょう。それでも私は、理由が知りたいのです。理由がわからなくては、私はあなたをどう憎めばいいのかわかりません。子供の頃、人を憎むことは醜いことだと教わりましたが、これも姐様を救えなかった私への罰と思って、私はこれからを醜く生きて行くつもりです。ですから、どうか正直に話して下さい」
 春燕は目に涙を溜めてはいたが、その涙を零すことなく、毅然と由を見据えてそう言った。
 恵まれた境遇に生まれ付いたと思われる春燕が、これまで誰かを本気で憎むことなどなかっただろう。それだけに、そうした感情を抱えて生きて行くことは、ひどく苦しいことに違いない。強い憎しみや恨みは、只でさえ人の心を磨り減らしていくものなのだから。
 望んで宦官になった訳ではないだろう由は、春燕よりずっとその苦しさを知っているに違いなかった。
 由はゆっくりと顔を上げると、春燕を見る。
 その眼差しには、憐みとも後悔とも付かない微かな感情が、確かに混じっていた。
 由は春燕から目を逸らすと、静かに語り始める。
「……しばらく前、玉環様の言い付けで、縛り上げた金英様を楽器保管庫に閉じ込める時、私は気の毒に思って縄を解きました。『暗い所が怖い』ということだったので、中に明かりを置いたら、金英様は『ありがとう』と言って下さったのです。宦官となった私に、そんな言葉を掛けて下さったのはあの方だけで、それから私は金英様を楽器保管庫に連れて行く度に、金英様とお話しするようになりました。ほんのわずかな時間でしたが、久しくそんな風に人と話していなかった私にとっては、ささやかな楽しみで、いつの間にかあの方を想うようになりました」
 多くの者に人間扱いされずに生きてきて、久方振りに感謝の言葉をもらったら、それはひどく嬉しいことだろう。由が金英に惹かれたのも、わかる気がする。
 私がそう思っていると、春燕は柳眉を逆立てて、由に問いを叩き付けた。
「姐様を想っていたのなら、どうして姐様を手に掛けたりしたのですか!? 姐様があなたに何をしたと言うのです!? あなたも姐様がお優しい方だと、知っていた筈でしょうに……っ」
 春燕がとうとう両手で顔を覆って泣き出すと、由は何かに耐えるように引き結んでいた唇を再び開いた。
「最初は、あんなことをするつもりはなかったのです。年が明けたある日、私は金英様に『後宮から逃げ出したいから、手を貸して欲しい』と言われました。『将来を約束した人と、一緒になりたい』と。私は辛かったですが、こんな場所で生きて行くより、外で自由に生きた方が幸せだろうと、金英様に手を貸すことにました。ですが、手筈が決まって決行の日が近付いてきた時、私一人がここに取り残されると思ったら、あの方を行かせたくないと……そう思うようになったのです。私はあの方に想いを伝えることはありませんでしたし、あの方の心が私の元にはないことはわかっていましたが、私にはどうしても、あの方をこの手で後宮から出すことができませんでした……っ」
 由がそう語り終えると、春燕は顔を覆っていた手をそっと下ろした。その唇は、何か言いたそうに小さく震えたが、結局言葉を紡ぐことはない。房間の中を満たす、胸が苦しくなるような静寂の中、私は黙って涙に濡れた春燕を見つめていた。
 春燕は、今何を思っているのだろう。
 「愛していたからこそ、殺してしまった」とは、何ともやり切れない話だった。もしかしたら、「憎んでいたから殺した」と聞かされるより、ずっと残酷なことかも知れない。
 私は房間の中に満ちた静寂を静かに破って、由に問いかけた。
「……事情はわかりましたが、どうしてわざわざあんな偽装をしたのですか? 自殺ということにして、そのまま金英様のご遺体を運び出せば、誰もあなたの罪には気付かなかったかも知れないのに」
 人間には不可能と思われる状況で死人が出れば、太常から方士が調べに来ることくらい、由も知っていただろう。罪を逃れるなら、金英の死は自殺と思わせた方が良かった筈だ。
 由は春燕から私に視線を移すと、答えた。
「できるだけ、元の計画に気付かれないようにしたかったのです。後宮から女性を連れ出そうとしたことが知られたら、罰を受けることは避けられません。もし金英様の遺体を運んでいる最中に誰かに怪しまれたら、遺体を捨てた後で誰かが真実に気付いたらと思うと、気が気ではありませんでした。それなら人ではなく、鬼に殺されたことにしてしまえばいいと、そう思ったのです」
 罪を隠そうとして、逆に罪が露見してしまうというのは何とも皮肉な話ではあるが、これまでに由のような矛盾した行いをする人間は何人も見てきた。罪を暴かれることを恐れるあまり、合理的な判断ができなくなるらしい。
 私にはどうにも理解し難いし、理解したくもないが。
「もう十分です。連れて行って下さい」
 私が由を縛る縄を持つ宦官にそう言うと、由は引き立てられて行った。小さく音を立てて扉が閉まったところで、玉環が私に言う。
「これでもう、私達は用なしでしょ。帰るわ」
 玉環に続いて奉仙と智蕭も立ち上がり、揃って扉へと向かう。その途中で玉環は不意に足を止めて、私を振り返った。
「ねえ、どうして私までここに呼んだの? さっき宦官が呼びに来た時に理由は聞いたけど、私とあの女がどういう関係だったか知ってるでしょ? 私一人くらい、いてもいなくても頭数は大して変わらないのに、どうして私まで呼んだの?」
「玉環様にも、あの方を愛している人がいて、他の誰も肩代わりすることができない人生があることを、知って頂きたかったのです」
 とはいえ、玉環のように他者の痛みに関心を払わない手合いには、何を知ろうが、言葉を尽くして理を説こうが、意味がないことはわかっていた。
 しかし、この先玉環がのうのうと生きて行くのもどうにも癪で、私は続ける。
「僭越ながら、方士として一つご忠告申し上げておきますが、人の悪しき心は良くないものを呼び寄せます。この度金英様が亡くなられたのは、鬼の仕業ではありませんでしたが、玉環様が行いを改め、日々金英様のために祈りを捧げない限り、いつか本当に鬼が出ることでしょう」
「この私が、どうしてそんなことしないといけないのよ!」
 玉環は自分の行いを全く反省していないようで、そう私に言葉を叩き付けてきたが、私は怯まず言った。
「不本意かも知れませんが、鬼に喰われたら骨の一本も残りませんし、後宮から逃げ出したと思われて、ご自身や御家の名声に傷が付くかも知れません。どうぞお気を付けなさいませ」
 玉環は本当に鬼が出た時のことを考えて怖くなったのか、口惜しそうに唇を引き結ぶと、逃げるように出て行った。事の成り行きを見守っていた奉仙と智蕭も、後を追うように扉の向こうに消えたところで、春燕がおずおずと訊いてくる。
「……あの、玉環様が行いを改めないと鬼が出るという、今のお話は本当ですか?」
「勿論、口から出まかせです。あれくらい、いい薬でしょう」
 私がそう答えると、春燕はくすりと笑みを漏らした。

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