見出し画像

官僚方士と美しき宦官の事件簿 第8話

八 伯叔斉(はくしゅくせい)と杜延年(とえんねん)
 しばらくして、広は新しい板独座を小脇に抱えて、宦官二人を連れて来た。一人は不惑も半ばを過ぎたくらいの年で、もう一人は而立をいくつか過ぎたくらいの年に見える。二人共きちんと宦官服を身に着けて、髪も纏めていたが、まだ半分夢の中にいるような面持ちだった。夜間門番をしているなら、休んでいたところを叩き起こされたのだろうし、眠そうにしているのも道理というものだろう。
「お待たせ致しました。こちらが伯叔斉殿です」
 そう広が紹介したのは、不惑と思しき宦官の方だった。恰幅のいい叔斉の白い面には、皺と共に目立つ刀傷が刻まれ、ごろつきめいている。恐らく宦官になる前は、そういう手合いだったのだろう。なかなか整った造作をしていたが、近付けば怪我をしそうな、荒っぽい雰囲気を漂わせてもいた。
「そして、こちらが杜延年殿です」
 広が紹介したもう一人の宦官も白い肌で、冏程ではないにしろ、かなり端正な面立ちをしていた。女性的な線の細さはなく、むしろきりりとした男性らしさを感じさせる美しさだ。叔斉のように柄が悪いということはなかったが、その目はどこか油断ならないものを感じさせた。
 智蕭の証言からすると、昨夜玉環と共に過ごしていたのは延年のようだが、果たしてすんなり話してくれるだろうか。
 私は冏と共に立ち上がって簡単に自己紹介をすると、叔斉達と揖の挨拶を交わした。広が持って来た板独座を、元々置かれていたそれの横に置いたところで、私は再び腰を下ろしながら、叔斉達に座るように促す。二人が気怠そうに腰を下ろすと、冏も私の隣に座り直した。そうして几の端に置かれていた智蕭の茶杯を持って広が出て行くのを待って、私は切り出す。
「お休みのところ、申し訳ありません。私達は、金英様の死に鬼が絡んでいないか調べていて、あなた方から少々お話を伺いたいのです。すぐに終わりますので」
 私はそう前置きしてから、言葉を継いだ。
「お二人共、金英様とは以前から面識はありましたか?」
「あの楽器保管庫に閉じ込められるところを何度か見ましたが、話したことはありません」
 叔斉が外見から想起する声より幾分高いそれでそう答えると、延年も口を開いた。
「私もです」
 そう答えた延年の声は、叔斉のそれより更に高い。その話し方は特に知的でもなく、ごく平凡な市井の者のそれという印象を受けた。宦官になれば、高い教養がなくとも出世できる可能性があるため、中には自ら宦官となる者もいると聞くが、延年もそうした一人なのかも知れない。
 冏がさらさらと二人の証言を書き留める横で、私は次の質問を口にした。
「お二人共、金英様が楽器保管庫に閉じ込められてから翌朝発見されるまで、どう過ごされていましたか?」
「二人で、茜門の番をしていました」
 そう答えたのは、延年だった。
 嘘がすぐに顔に出る手合いではないようで、その表情にも声にも、些かの動揺も感じさせない。叔斉も、延年の証言を訂正することはなかった。延年の不在を証言すれば、それを見逃していた自分の首も締まるのだから、当然と言えば当然だが、正直に話してもらわなければ困る。
 私は、声を尖らせて言った。
「お二人共、正直に事実を話して下さい。ある方から、昨晩延年殿が玉環様と一緒にいらしたと伺いましたよ」
「私には何のことだか……どなたかとお間違えになっているのではありませんか? 私は夜の間、茜門の門番を務めていますので」
 そう答えた延年の声には、明らかな嘲りの響きがあった。若い女性というだけで、このように軽んじられることはよくある。協力してもらうためには、少々手段を講じる必要がありそうだった。
 私は静かに立ち上がると、目を閉じて手の平を高く掲げ、心の中で風の神に祈りを捧げる。その途端、房間に満ちる気がうねり、強い風が生まれた。私がかっと目を見開くと、風は私を中心にして、房間を壊しそうな勢いで吹き荒れる。すっかり目が覚めたらしい叔斉と延年が、揃って顔を強張らせる中、冏だけは平然としていた。筆や笏を飛ばされないように押さえるので手一杯で、怖いどころではないのかも知れないが。
 私は自分の茶杯を風の刃で切り刻むと、几を力一杯足蹴にして、吹き荒れる風に負けない大声で言う。
「よく聞きなさい! これからたった一つでも嘘を吐いたら、あんた達をこの茶杯と同じ目に遭わせてやるわよ!」
「ふざけるな! この小娘が!」
 負けずにそう怒鳴り返してきたのは、叔斉だった。延年は脅しが利いたようで大人しいものだったが、叔斉は気質が完全にごろつきらしい。こういう手合いは、動物と同じようなものだ。力関係がどちらか上か、教え込んでやればいい。
 私は叔斉に風をぶつけて、その体をひっくり返すと、叔斉を見下ろして凄んだ。
「今あんたが死ななかったのは、この私の温情よ! あんた達みたいな木っ端宦官なんて、殺しても大したお咎めなんてないんだから!」
 つい勢いでそう言ってしまってから、私は冏もこの場にいることを思い出した。遅まきながら失言だったことに気付いたが、謝罪は後にする。ここで冏に謝っては、叔斉達に舐められてしまうだろう。
 私は敢えて冏を見ないようにして、啖呵を切った。
「死にたくなければ、正直に答えなさい! あんた達、金英様が楽器保管庫に閉じ込められてから今朝発見されるまで、何をしてたの!?」
「俺は朝まで茜門で番をしてただけだ! でも延年は玉環様に呼ばれて、しばらく門を離れてた!」
 叔斉は、延年をあっさり売った。我が身可愛さに容易く口を割る辺りも、いかにもごろつきらしくて見下げ果てたが、義理や友情を重んじる手合いより扱い易いのは、都合がいい。
 私は延年を鋭い視線で突き刺すと、語気荒く質問を叩き付けた。
「あんた! 昨日の夜、玉環様と一緒にいたのは間違いないわね!? 茜門に戻ったのはいつ!?」
「鶏明です! 空はまだほとんど暗いままでした!」
 延年は観念したのか、そう白状した。
 時間の区切りはそれ程細かくないので、かなり幅があるが、空がほぼ真っ暗だったなら、鶏明の中でも夜に近い時間帯だったのだろう。私が金英の遺体を調べたのは、食時(しょくじ)と呼ばれる時間の後から正午の間だったので、金英が殺されたのが鶏明より前だとすると、遺体の硬直具合との辻褄が合わなくなる。
「空が暗かったのは、本当ね!? 後で嘘だってわかったら、二人まとめて細切れにするわよ!」
 私がそう脅すと、叔斉と延年は口々に訴えた。
「嘘じゃねえよ!」
「そうです! 夜の間は多少持ち場を離れても気付かれ難いけど、夜が明けるとそうも行かないから、いつもみんなが起き出してくる前に戻るようにしてるんです!」
 叔斉はともかく、延年の言葉にはある程度の説得力があった。私はとりあえず二人の言い分を信じることにして、術を解く。素直に質問に答えてもらえるなら、これ以上怖がらせる必要もなかった。
 荒れ狂っていた風が止んで、房間が静けさを取り戻すと、叔斉と延年が目に見えて安堵した面持ちになる。それがひどく痛快で、私は唇が緩むのを感じたが、どうにか笑い声が出る前に引き結んだ。そうして先程と同じように腰を下ろすと、何事もなかったかのように、次の質問を口にする。
「さっき、朝まで誰も楽器保管庫には近付かなかったって言ってたけど、叔斉はずっと楽器保管庫を見てたの?」
「ああ。門に誰もいなくなったら、流石に言い訳のしようがないし、何かあった時に不味いしな」
 そう答えた叔斉は、不貞腐れたような面持ちだったが、もう突っ掛かってくることはなかった。叔斉の答えに少々腑に落ちないものを感じて、私は訊く。
「自分だけが働くことに、不満はなかった訳?」
 叔斉はあまり命令に真面目に従うようには見えないし、延年が楽しんでいる時に自分だけが苦労することに対して、納得できないと思う方が自然な気がした。
 私の問いかけは叔斉に向けてのものだったが、答えたのは延年だ。
「私達はこうやって、お互いに時間を融通し合っているんですよ。今回はたまたま私が持ち場を離れましたが、叔斉が持ち場を離れる時もあるんです。私達のような仕事だと、こういう手を使わなければ、なかなか逢引もできませんから」
「なるほど、お互い様な訳ね」
 決して褒められた行いではないものの、得心が行ったところで、私は延年に問いかけた。
「ねえ、玉環様は金英様のことを何か話してなかったかしら? 金英様への殺意を、仄めかすようなことはなかった?」
「『今日はこんな意地悪をしてやった』というような話は何度か聞きましたが、『殺してやりたい』と言われた覚えはありませんね。あの方のことですから、人を殺したいなら誰かにやらせると思いますが、私はそんな話を持ち掛けられたことはありません」
 玉環の人柄について把握している辺り、延年はただ玉環と肌を重ねていただけではないようだ。
 私は玉環について、もう少し深く訊いてみることにした。
「ちょっと酷な質問で悪いけど、玉環様にはあなたの他に関係を持ってる人はいたのかしら?」
 智蕭は玉環に複数の相手がいるとは言っていなかったが、念のためだ。延年を利用して金英を殺そうとはしなくても、別の誰かを利用して殺そうとはしたかも知れない。
 決して愉快な質問ではなかっただろうが、延年は特に気分を害した風もなく答えた。
「私が玉環様のお房間に出入りするようになってから、他の誰かの影を感じたことはありませんし、そういう噂も聞いたことがありません。ここは人に気付かれずに、誰かと関係を持つことは難しい場所ですから、多分今は私だけなのではないでしょうか?」
 私は延年から叔斉に視線を移すと、叔斉にも確認した。
「あなたも玉環様に他の恋人がいるって、聞いたことない?」
「ないな」
 叔斉は、短くそう答えた。
 玉環がどこかの宮女を使った可能性もあるが、人を殺そうと思ったら、力の弱い女性より、宦官を使おうと思う筈だ。茜門に戻った時間からして、延年に犯行は不可能であり、玉環が他の宦官と関係を持っていないなら、「玉環が宦官を使って、金英を殺した」という可能性は、ほぼ消えたと言っていいだろう。信用できるかわからない人間を使っては、自分の身が危うくなりかねない。
「亡くなった金英様が見付かった時、二人で様子を見に行ったの?」
 私の質問に答えたのは、延年だった。
「いえ、揃って持ち場を離れる訳には行かないので、私だけ見に行きました」
「その時、金英様のご遺体はどんな様子だったかしら?」
 私の問いかけに、延年は口元に手を当てて、記憶を辿るような素振りを見せた。
「胸に何か細長い物が刺さっていました。暗くてよく見えなかったのですが、髪が解けていたので、刺さっていたのは多分笄だと思います」
 延年が証言した金英の様子は、私が見たそれと変わらないようだったが、私は念のために重ねて訊いた。
「脈を取ったり、呼吸を確かめたりした?」
「いえ、胸に刺さっているのは確かでしたし、慌てていたので」
 由は金英の死を確認してはいなかったので、延年が確認していてくれたらと思ったのだが、やはり体の硬直具合から推測するしかなさそうだ。
 私はより詳しい状況を知ろうと、次の質問に移る。
「他に気付いたことはないかしら? 腕は縛られていた?」
「腕ですか? 先程も申し上げた通り、中は暗かったですし、よく覚えていませんが」
 あの楽器保管庫は窓がないため、すっかり日が昇った後でも、扉から差し込む日差しだけでは、中を十分に明るくすることはできていなかった。夜がまだ明け切らない時分なら、中は更に暗かったことだろう。よく見えなかったとしても、不思議はなかった。
「じゃあ、目は? 開いてた? 閉じてた?」
「閉じていました。おかしいところは、何もなかったと思います」
 延年はそう答えたが、私が見た金英は間違いなく目を開けていた。そう言えば、由も「金英は目を閉じていた」と証言していたが、由が楽器保管庫を出た後、私達が入るまでにあそこを出入りした人物はいない筈だ。
 私は新しい謎について考えながら、再び唇を動かす。
「金英様が目を閉じていたのは、確かね?」
「はい、それははっきりと覚えています。少しして暗さに目が慣れてから、あの方の目を閉じた横顔を見た時、とても綺麗だと思ったので」
 延年はそう断言した。
 ここまで言うなら、見間違いということはなさそうだ。
「金英様を見付けた後は、どうしたの?」
「上の者に報告するために、楽器保管庫を出ました。鬼が出たのかも知れないと思ったので、私を呼んだあの宦官にもすぐに出るように言いましたが」
 この辺りの証言は、由から聞き取ったそれと矛盾はなかった。ということは、延年が出た後、楽器保管庫に残った由が金英の目を開けさせた可能性が高い。
 だが、わざわざそんなことをした理由は何だろう。
 私は叔斉にも訊いてみることにした。
「楽器保管庫に残った宦官が出て来るまで、どれくらい時間がかかったかしら?」
「どれくらいって言われてもな……割とすぐに出て来たぞ」
 叔斉が困惑した面持ちでそう答えると、私は質問を変えた。
「じゃあ、その宦官が出て来た後、交代の門番が来るまで、楽器保管庫に出入りした人はいなかった?」
「ああ、誰もいなかった」
 由が楽器保管庫を出た後、誰かが何らかの方法で楽器保管庫に入って、金英の目を開けさせた可能性も否定できないが、ここはやはり由の仕業と考えた方が自然だ。金英の死とは直接関係なかったとしても、敢えて黙っていたからには、後ろ暗いところがあると考えていいだろう。
 私は叔斉から冏に、そろそろと視線を移した。冏の美しい横顔には、表情というものがまるでなく、先程の私の侮蔑的な言葉をどう思っているのかはわからない。まだきちんと謝ってもいないのに、冏に話し掛けるのは気が引けたが、私は思い切って冏に尋ねた。
「他に訊いておきたいことはあるかしら?」
「いえ、特にはございません」
 そう答えた冏の声が、怒気で硬くなっていないことに安堵しつつ、私は叔斉と延年に言った。
「二人共、とても参考になったわ。ありがとう」
 苛立つこともあったが、二人の証言で助かったのは事実であるし、礼を言うのはそれ程難しくはなかった。
 私は続けて言う。
「このことは内密にしてね」
「承知しました」
 延年はそう返事をした後、ふと不安そうに眉を寄せて訊いてくる。
「あの、私達が仕事の手を抜いていたことも、報告されてしまうのでしょうか?」
 門番の職務怠慢の報告が上がってきたら、金英の死とは無関係だったとしても、太常丞も見て見ぬ振りをする訳には行かないだろう。延年達が「お咎めなし」で済むかどうかは、私の一存にかかっていた。
 私は少し考えてから、答える。
「本当は良くないことだけど、あなた達が事件とは無関係なら、伏せておいてあげるわ。でもこれに懲りたら、真面目に仕事をすることね。みんながみんな、手心を加えてくれるような人ばかりじゃないから」
「はい、肝に銘じます」
 延年は神妙な面持ちでそう言うと、拗ねたように唇を引き結んでいる叔斉と共に立ち上がった。

 叔斉達が出て行くと、私は早速冏に謝ることにした。もう手遅れかも知れないが、今ならまだ間に合うと、そう思いたい。
 私はおもむろに体ごと冏に向き直ると、同じように私に向き直った冏の目を、まじろぎもせずに見つめて言う。
「さっきはごめんなさい。別に冏に向かって言った訳じゃないけど、嫌な気持ちになったわよね」
 冏は私が何について謝っているのかわからなかったらしく、少し怪訝そうな面持ちになったが、すぐに腑に落ちた様子で言った。
「『あんた達みたいな木っ端宦官なんて、殺しても大したお咎めなんてない』という、あの言葉ですか」
「そう。冏だって宦官なのに、あんな言葉は聞きたくなかったわよね。何て言うか、あの二人を怖がらせたくて、つい口が滑っちゃって……本当にごめんなさい」
 私は心持ち顔を俯けると、素直にそう謝った。
 あんな言葉が出てしまったのは、私が宦官を下に見ていたからだろう。だから、「あんなことは思っていない」とは言えなかった。そんな欺瞞で誤魔化そうとしたら、きっともう冏とは一緒にやって行けない。
 私が冏の言葉を待っていると、冏は今まで聞いた冏の声の中で、一番柔らかい声で言った。
「謝罪して頂く必要はございません。月鈴様にお会いしてからまだ一日も経っていませんが、あれが只の脅し文句で、それ以上の意味がないことくらいは、察しが付いておりましたので」
 俯けていた顔を上げた私は、口元に自然と笑みが浮かぶのを感じた。
「ありがとう。まだ私を見放さないでくれるなら、もう二度とあんなことは言わないわ」
「見放すも何も、命令されれば私には拒むことができませんので、月鈴様次第です。尤も、できることなら私はもう掃除の仕事には戻りたくありませんから、この仕事を続けたいと思ってはいますが」
「私もできれば、これ以上書記官を代えたくないわ。私達、お互い利害は一致しているし、長く一緒にやって行けたらいいわね」
「はい」
 小さく頷いた冏に、私も頷き返した。
 性別も生い立ちも身分も違う者同士が、手を取り合っていくことは、私が思うよりずっと難しいのかも知れない。それでも冏が「一緒にやって行けたらいい」という言葉に頷いてくれたから、頑張ってみようと思えた。こんな気持ちは今だけで、これまでと同じようにすぐに消えてしまうのかも知れないが、きっと今度は違うと信じられる。
 私は話を仕事に戻して、冏に言った。
「さっき、延年は金英様の目は閉じてたって証言してたけど、閉じてた目を開けられたのはその場に残った由殿だけよね?」
「ええ、その可能性が高いでしょう。ご遺体の目を閉じるならまだしも、逆に目を開けさせるような真似は、普通はしませんが」
「どうして、由殿はそんなことをしたのかしら? さっきからずっと考えてるんだけど、どうしても合理的な説明が思い付かないのよね」
 そして謎は、これだけではなかった。
 下手人はどうやって延年達に姿を見られることなく、楽器保管庫を出入りしたのか。
 金英が胸に柘榴を忍ばせていたのは何故か。
 由が金英の目を開けさせたのは何故か。
 この三つの謎は、どれも金英に繋がっているが、この縺れた糸のような謎をどう解けばいいのだろう。私はしばらく考えてみたが、やはりどうしてもわからなかった。ここでこれ以上考えていても、埒が明かないだろう。
 それなら、やり方を変えてみるべきだった。
「楽器保管庫に戻りましょ」
「畏まりました。ですが、まだ何か調べ残したことがあったのでしょうか?」
「そうじゃないけど、金英様が亡くなっていたあの場所で、これまでに聞いた証言を再現したら、何か新しい発見があるかも知れないから」
「そういうもの、なのですか?」
 そう問い返してきた冏の口調は、紛れもない戸惑いの色を帯びていた。まだこの仕事に慣れていない冏にとっては、事件を再現する有用性は理解し難いのだろう。
「ごっこ遊びみたいに思うかも知れないけど、事件を再現するって、意外と馬鹿にできないものなのよ? 嘘を吐いてる人がいると、証言通りに動いてるのに、辻褄が合わなかったりするの。だから、これまでに得られた証言と同じように行動したら、由殿がああいう行動を取った理由がわかるかも知れないわ」
「そういうことでしたか。ようやく腑に落ちました」
 冏はそう言って耳に筆を挟むと、移動のために几の上を片付け始めた。

   第7話                   第9話

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?