#ネタバレ 映画「ALWAYS 三丁目の夕日」
「ALWAYS 三丁目の夕日」
2005年作品
進むためには
2005/12/17 10:06 by 未登録ユーザ さくらんぼ (修正あり)
( 引用している他の作品も含め、私のレビューはすべて「ネタバレ」のつもりでお読みください。)
ヒロイン・六子は口減らしのために集団就職したと思っていました、だから故郷には帰れないと。
また、少年・淳之介は帰る家が無く、知人宅をたらい回しにされていたようです。
その他にも「帰る」というモチーフが出てきました。
この映画は平成に生きる「私たちの帰るべき場所」として、昭和を提示していたのかもしれません。
単なるノスタルジーではなく、さらに前進する為に。
それは不可能かも知れません。でも、万人が心がければ、もしかしたら帰ることができるかも知れないのです。
それは、物質ではなく人間の心の領域の話ですから。
映画本編も最高ですが、あの歌も素晴らしい。
良い作品でした。
追記 ( 一体改革 )
2012/5/27 10:56 by さくらんぼ
> この映画は平成に生きる「私たちの帰るべき場所」として、昭和を提示していたようです。
> 単なるノスタルジーではなく、さらに前進する為に。
現在の国民年金制度が誕生したのは1961年です。それは、どんな時代かと言えば、だいたい、この映画「ALWAYS 三丁目の夕日」に描かれている時代(1958)なのですね。東京タワー(1958)、東海道新幹線と東京オリンピック(1964)ですから。私たちが映画で郷愁にひたっている、まだ人情にあふれた、あの古き良き時代なのです。
そして厚生労働省によると、その国民年金制度では、高齢者は持ち家や面倒を見てくれる子供と同居していることが制度の前提として作られているようです。
最近、生活保護の受給も問題になっています。でも、なにごとも机上の理屈通りには進みません。誤解を承知で究極の選択を言えば、審査が厳しすぎて餓死者がでるよりは、まだ不適切受給のほうが、後々取り返しがつくという点でベターだと思います。
さて、その取り返しをどうするかなのですが、返還はもちろんのこと、国は扶養の義務がある人たちには扶養の義務を厳格に求めていこうと考えているようです。つまりある意味、2012年の世相から、映画「ALWAYS 三丁目の夕日」にみられる1958年の世相に戻るよう、舵を切ろうとしているのです。
これがうまく行けば、国民年金の問題、生活保護の問題、孤独死の問題、子守の問題など、○○と△△の一体改革みたいに、いろんなものが、いくらか同時並行的に前進する!?のでしょうか。 しばらく見守りたいと思います。
★★★★
追記Ⅱ ( 余談ですが、映画「おゆきさん」 )
2016/5/15 9:16 by さくらんぼ
> 六子は口減らしのために集団就職したと思っていました、だから故郷には帰れないと。
> また、淳之介は帰る家が無く、知人宅をたらい回しにされていたようです。
和泉雅子さん主演、映画「おゆきさん」のレビューを余談としてここに記しておきます。同時代を生きた、親の無い子の物語として(ネタバレ)。
見出し「知識は経験するまで本当には理解できない」
主人公「おゆきさん」こと「祐紀子」が、新品のセーターを着たまま日本髪を結うシーンがありました。その時、後からではセーターが脱げないことに気づいた祐紀子は泣きだしてしまったのです。
「知識は経験するまで本当には理解できない」。似たような格言も有ったような記憶ですが、これが主題でしょう。
「祐紀子」は幼いころに両親を亡くし(たぶん戦争で)、おばさんに育てられました。このおばさんが、一見して品性卑しい曲者っぽいのです。
祐紀子はそんなおばさんからイジメられないよう「人に気を使う」人間に育ちました。頭の回転も速い子でしたが、中卒か、よくても高校までしか出してもらえなかった。そんな祐紀子は映画館を学校代わりに育ちました。それは様々な人生勉強をさせてくれました。
でも、いつしか祐紀子も、品性こそ良いですが、おばさんと似た者同士の「上から目線の人間」に育っていたのです。「しっかり者になろう」と言う気持ちがそうさせたのでしょう。
そんな男勝りの祐紀子も、新婚初夜には、どうしてよいかわからず泣きべそをかくことになります。映画の舞台となった1966年ごろ、親もいない若い女性が性教育をまともに受けることは無かったのでしょう。たとえ頭で知っていても、処女性が尊ばれていた時代には、未経験の娘が多かったと思われ、さらに「上から目線の人間」だった祐紀子は、もう泣くしかったのでしょう。
知識が役に立たないのは、奉公先の大学教授の父も同じでした。日ごろは「上から目線」でしたが、やっぱり祐紀子や実の娘の結婚話をめぐってのドタバタ時には、スマートには振る舞えなかったのです。
この映画はそんなお話。
重鎮・笠智衆さんも出てくるモノクロ映画ですが、映画「東京物語」とは違い、肩の力を抜いて観ることができる作品です。DVDにもなっていないようですが、現代にあっては、もっと評価されても良いのでは。
主演の和泉雅子さんは、子どもの頃にTVで良く拝見していました。とても元気が良く、カラリと明るい雰囲気の方、とのイメージでした。
しかし、映画「おゆきさん」を観て、初めて彼女のファンになったような気がします。
たぶん、彼女がひんぱんにTVで活躍されていたときには、私はまだ幼すぎたのだと思います。今、おじさんになった目で、あらためて18歳の彼女を観ると、宝石のようにキラキラ輝き、AKBでセンターが取れそうな正統派アイドル、そんな雰囲気の女優さんだったのだ、と分かりました。
追記Ⅲ ( 起承転結レビュー、映画「おゆきさん」 )
2016/5/15 9:26 by さくらんぼ
ここまでが「起承」です。
これは2016年を生きる私の感性で書いたものです。おばさんに育てられた女の子は「可哀そう」という感性です。
ここからは「転結」に入ります。
でも、映画が公開されたのは50年も前の1966年(物語の舞台になったのも同じころ)です。今とは時代が違います。
参考に1958年当時を描いた傑作に、映画「ALWAYS 三丁目の夕日」がありました。あの作品には「縁もゆかりもない茶川親子」が描かれています。
すると1966年当時の世相でも、ホームレスにもならず、親戚のおばさんに育ててもらえたのは「不幸ではなく幸福だった」のかもしれないのです。
すると日本髪のシーンは単に技術的な問題で、「自分で結ったからいけないのです。だれか詳しい人に相談すれば失敗せずに済んだかもしれない」のです。
大学教授にも実の娘の縁談がありました。娘が独断専行するのが不満な教授でしたが、最初からいちいち親が口出ししなくとも、あるていど娘を信用してまかせても良いのです。
そして、祐紀子の新婚初夜のこと。泣き出した祐紀子に電話で「安心して彼にまかせない」と言う教授。
この「時には人に頼りなさい」の気持ちが、この映画の主題であり、貧しい時代に生きる庶民の知恵なのでしょう。「頼り下手の私」へのお説教のような映画でもありました。
このレビューは、偶然に「起承転結」になったものです。
追記Ⅴ ( 追記:一体改革 の続き )
2021/2/19 20:03 by さくらんぼ
2021年の現在、生活保護の申請でネックになっているのは「親族への扶養照会」のようです。
親族へ知られるのが嫌だから、生活苦でも生活保護の申請がしづらいわけです(私にもその心情は理解できるつもりです)。
ですからマスコミには「扶養照会はやめて欲しい」という論調がめだちます。
そのせいか、このような答弁もありました。
『 田村厚労相「生活保護は権利」 生活困窮者の対応めぐり 』
( 朝日新聞社 2021/01/28 21:25 )
つまり、制度の「弾力的な運用」で支援していただけるようです。
2012年ごろ、生活保護の不正受給が目立った時期がありました。
稼ぎの多そうな人が、別居の親を生活保護に付けていた事例もあったと記憶しています。
世論は「親族の扶養義務」を持ちだして怒りました。
それに対して時の政府は、「扶養義務者がいる場合は、審査の厳格化を検討する」という趣旨の答弁をしていたと記憶しています。現在とは正反対の構図ですね。
ちなみに「生活保護の不正受給問題」で、当時からの私の見解は、「締め付けを厳しくして餓死者が出るより、多少の不正受給が出るぐらいの方が救いがある。不正受給は取り返しがつくが、死者が出ては取り返しがつかない」というものです。
ですから政府の制度厳格化を少々警戒していました。
もし私のところにも、見知らぬ遠い親戚の扶養照会が舞い込んで、「義務だ」と言われたらどうしようと、半ば本気で心配していました。場合によっては同居させなければならない、かもしれません。
それらを受け入れれば確実に生活は苦しくなるでしょう。かと言って断れば、波風が立ちますし、自責の念を背負って生きていくことになるのです。
追記Ⅵ 2022.5.13 ( お借りした画像は )
「昭和」で検索してご縁がありました。ノスタルジーなイエローですね。昭和記念公園の紅葉とのこと。無加工です。ありがとうございました。
追記Ⅶ 2023.12.16 ( 映画「ゴジラ −1.0」との意外な共通点 )
映画「ゴジラ −1.0」の追記19には、映画「ALWAYS 三丁目の夕日」との意外な共通点について書いていますので、ぜひ、ご覧ください。
( 最後までお読みいただき、ありがとうございました。
更新されたときは「今週までのパレット」でお知らせします。)
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