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文芸批評家としての後藤明生

『小説--いかに読み、いかに書くか』 後藤明生(電子書籍コレクション)

文学史の教科書では「内向の世代」と分類される作家・後藤明生。その作品は常に「笑い」を携え、私小説的色合いをもかもしつつ、常にフィクションのようなノンフィクションのような、生真面目と不真面目を自在に行き来するような、とぼけた、それなのに深い、という独特の世界を構築しています。没後14年、長らく待たれていた選集の刊行がついに、キンドルで実現しました。代表作をはじめとして、まさに後藤本人の人生をたどるような味わい深い中短編、更には未刊行の作品もまじえ、生前からのファンはもちろん、新たな読者にもきっと満足していただけることと自負しております。今回の企画は後藤明生の実子である長女・元子が独立レーベルを立ち上げて実現したという経緯もまた、エポックメイキン
グであることと感じています。
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いとうせいこう氏の小説『鼻に挟み撃ち』でも“名著”と絶賛された小説論!

なぜ小説を書きたいと思うのか? それは小説を読んだからだ——「読む」ことと「書く」ことの関係を結びつけながら、ドストエフスキーの名言「われわれは皆ゴーゴリの『外套』から出てきた」の深淵に迫る。田山花袋、志賀直哉、宇野浩二、芥川龍之介、永井荷風、横光利一、太宰治、椎名麟三の作品を俎上に載せ、明治、大正、昭和、戦後の日本近代小説の流れを「小説の方法」というコンテキストの中で組み立て直した小説論。1983年に講談社現代新書より刊行。

日本文学の作品を読みながら方法論として作者の書き方を学ぶ。書くことよりもまず読みの面白さを知ること。自然主義文学で私小説の始まりとされている田山花袋『蒲団』は先行する戯曲ハプトマン『寂しき人々』があること。必ずしも主人公=花袋ではない。主人公(旧世代)と女弟子(新世代)の三角関係(別の青年との情事)の断絶という戯画化された作品として読む。性的妄想は中年男性の喜劇的な要素だとする。西欧模倣=和魂洋才に始まった明治近代化40年後の産物としての『蒲団』としてどのように日本化されていたのか?日本現代文学の夜明け。

志賀直哉の小説を小林秀雄は慧眼とする絶対化の視点。それに対して「単純を求めるセンチメンタリズム」と書いた広津和郎読み。宇野浩二『蔵の中』とゴーゴリ『外套』と田山花袋『蒲団』の関係性の読み、芥川『藪の中』と永井荷風『濹東綺譚』の読み。横光利一『機械』、太宰治『懶惰の歌留多』、椎名麟三『深夜の酒宴』と続く。(2015/01/14)

5年前に読んでいたけど全然覚えてなくて初めて読む感じだった。後藤明生の文学評論はもしかして小説(失礼な!)よりも面白いかも。小説も面白いけど小説の読み方も目の付け所が違うというか読むことが自身の創作活動に繋がっていくスタイルだった。第一章「田山花袋『蒲団』」は私小説の走りとされるが作者自身の体験を赤裸々に書いたものではなくて、戯曲ハプトマン『寂しき人々』を読んで模倣した小説。『寂しき人々』は主人公がクリスチャンだが恋人が出来て親に反対されて自殺してしまう。内面の発見!

そんなナイーブすぎる主人公に対して、やることはやったんかい!と思ったという田山花袋。『蒲団』の主人公は中年作家。キリスト教系の大学に通う青年と愛弟子との三角関係を描いている。大学生は学校を辞めてまでも愛弟子との愛を突き通す(当然セックスもあった)。その情景を思いながら中年作家はメソメソ泣くのだ。『寂しき人々』のパロディとなった喜劇と言ってよい。田山花袋『蒲団』を私小説批判したのが文芸評論家中村光夫だった。言文一致の二葉亭四迷も批判していたのを作者の視点から反論したのが後藤明生『日本近代文学との戦い』だった。

後藤明生は「小説の神様」志賀直哉をdisっている。あまりにも神格化されすぎて(特に小林秀雄)、他の分析を拒否する文学。志賀直哉=「自分」にとって他者の目が切り捨てられている(上から目線)。それを小林秀雄は「彗眼」という。後藤明生は「複眼」というの反対だという。見る、見られるの関係性の排除。後藤明生の文学は「関係性の文学」が重要なのだ。他者(世界)との関係性。語り手が一人称を描いてもそれを見つめるもう一人の語り手がいる(第四人称というような)。

その関係性のなかで個人の「私」は他者(世界)に揺さぶられて毅然としていられなくなるのだ。それは先行する文学が導いてきた。宇野浩二『蔵の中』はゴーゴリ『外套』から、芥川龍之介『藪の中』は『今昔物語』から、その芥川龍之介の文学から太宰の小説が、そして「私小説」のパロディとして『道化の華』が、椎名麟三『深夜の酒宴』はドストエフスキーから。「私」の中心を失った関係性の文学の極北として横光利一『機械』が。(2020/01/29)



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