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ローストビーフ協奏曲

もう4月だというのに、ひんやりと冷たい風に吹かれながら大通りを歩いていました。

道端に植えられた薄いピンク色のツツジの花が強風に煽られて歩道を舞っているのを見ていると、桜の花が舞う幻想的な風景とは相反して現実世界のもの悲しさを感じるのは何故でしょうか。

もしかすると私の住むエリアではツツジは大通りに面した歩道といった、おそらく植物にとっても過酷だと思われる環境に植えられている事が多く、雨、風、排気、騒音に耐えながらそれでもなお花を咲かせるその姿を見て、思わず擬人化してしまうからかもしれません。

『置かれた場所で咲きなさい』というベストセラー本があったけど、言葉だけが軽々しくひとり歩きしては駄目なのだろう、そんな事を考えながら地下鉄に乗って百貨店へ向かったその日の目的は、美味しいパンとチーズを買う事でした。

数日前に同僚と食事に行ったバルがお昼に美味しいサンドイッチを提供しているという話を聞き、あら、サンドイッチいいじゃない、パンに挟めばいいじゃない、パンが無ければケーキを食べればいいじゃない、と思ったからです。

再掲、言葉だけが軽々しくひとり歩きしてはなりません。

どんなサンドイッチにしようかと考えて、せっかく自分で作るのだからその工程を少しでも楽しめるように手間をかけてみようと、ローストビーフを仕込む事にしました。

ローストビーフを独創楽器に見立てたサンドイッチ、スナワッチそれ、

『ローストビーフ協奏曲 第サンドイッチ番』
指揮者aoten。

この時点でスタンディングオベーションの予感です。

1人で。


私は頭に五線譜を描きながらまずはパン売り場へ行き、ローストビーフ用のカンパーニュと野菜とチーズ用の食パンを買いました。

チーズ売り場に行くと、平台型の冷蔵ショーケースが半分に区切られており、そのエリアにあるものは比較的賞味期限が近く、どれでも1個1200円というセール対象品である事がわかりました。

ショーケースを見ていると「元の単価が高いモノをお選びいただくとおトクですよ」とスタッフさんがにこやかに教えてくれました。

へぇ、じゃあこの1500円のチーズもこの1400円のチーズも、一律1200円って事なのか。

遠慮がちに上の方にあるチーズを1、2個手にとって価格ラベルを見比べていると、また声をかけてくれました。

「下の方に単価が高いチーズがあるかもしれないので、どうぞ色々探してみてくださいね!」

へぇ、下の方に。

積まれたチーズの下の方を探ってみると確かに1700円のチーズがありました。

へぇ。

そこからです。
私は血眼になって冷蔵ケースのチーズを漁り始めました。欲しかったチーズがどれかなど関係ありません、とにかく一番単価の高いチーズを掘り当てたかったのです。

何分ぐらい経ったでしょうか、全く買うつもりのなかった1850円のブルーチーズを左手に握りしめ、沸き起こる達成感で胸いっぱいになりながら「宝探しみたいですね!!」と言ってスタッフさんの顔を見上げました。

微笑むスタッフさんの瞳の奥に、5%ほどの哀れみを感じ取ったのは気のせいでしょうか。

私は恥ずかしくなってそっとブルーチーズを冷蔵庫へ戻し、欲しかった1650円のレッドチェダーチーズを購入しました。

その後スーパーで必要な肉と野菜を買って、サンドイッチ作りのスタートです。


ローストビーフは塩コショウをしてニンニクをすり込んだら常温で1時間置き、フライパンで全ての面に焼き色をつけていきます。

粗熱をとってラップに包み込み、ジップロックで密封したら約70度の湯せんで30分低温加熱します。

加熱が終わったら冷めるのを待ち、いざ、入刀です。


ペラっ



弱気です。

弱気なローストビーフが出来上がりました。

まるで道端の強風に煽られていたつつじを思わせるようなその優しいピンク色は、湯せんの温度が高すぎて中まで加熱しすぎたとしか思えません。
本来もっと赤くて艶のある見た目になるはずなのです。

肉の旨みがロストしちゃってるなんて、ロストビーフかよ!ってね。
おもんな。

中まで加熱出来ない事を恐れて湯せんの温度を高くし過ぎたなんて、チキン野郎だね!ビーフなのにね。
おもんな。

人生はおもんなくても前に進まねばなりません。

次は野菜のサンドイッチ用にキャロットラペとキャベツのマヨネーズ和えを作りました。

千切りの雑さで性格診断出来る


下準備を終えたら、それぞれパンに具材を乗せていきます。

カンパーニュはバター、マスタードの順で塗り、ローストビーフをギッシリ重ねたらサニーレタスとクレソンを乗せます。

牛牛
※ここは音読みでお願いしたい


食パンは、バター、マスタード、マヨネーズの順に塗り、ハムとチーズと野菜を重ねます。

先行き不安しかないビジュアル


それぞれパンで挟んだら軽く押さえ、食パンは半分にカットして完成です。
相棒にはじゃがいものポタージュを。

美しい断面の横に荒れ狂うクレソン
ローストビーフどこいった



まるでコンクリートの割れ目から生えてくる力強い雑草のようなクレソン。
本来パンからはみ出るべきはローストビーフなのに全力ではみ出るクレソン。


しかし一口食べると、しっかり主張してくるローストビーフが予想外に美味しく、更には野菜や調味料たちがしっかりとその美味しさを引き立てています。
間違いなく、ローストビーフが立派なソリストとして存在感を放っていました。

野菜のサンドイッチは、さながら交響曲。
それぞれが見事に調和して一つの美味しい味へと昇華させていました。

私の脳内には、拍手喝采が鳴り響いていました。


#日記 , #エッセイ , #料理 , #自炊 , #サンドイッチ , #ローストビーフ , #協奏曲



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