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なんてことない春宵

「『人生は思った以上に大変だなぁ』と思っている人、手を挙げて!」

おおおお、なるほど。
ありがとうございます心強い結果です。

“人生山あり谷あり”と言いますが、その言葉を聞くたびに「山も谷もしんどうそうやな」と、ずっと思っています。できれば平地がいいのです。

その日はもうくたくたに疲れ果てていました。召される手前のネロとパトラッシュか、ナウシカの動かなくなった園丁用のロボット兵か。

夕方6時、お昼ご飯を食べていなかった身体からは空腹アラートが鳴り響いていますが、こんな時はキッチンに立つのも億劫なので、気分転換も兼ねて外食しようと重い腰をあげました。

ずいぶんと日が長くなった夕暮れ時、大通りに出るために、近道となる小さな公園に向かって歩きました。

公園には、砂場と鉄棒とブランコと築山が据え付けられていて、おおよそ公園のサイズに似合わない大きな桜の木が、その周りをぐるっと囲むようにたくさん植えられていています。もう今日が満開なのかもしれないと思わせる咲きぶりに意識を取られていると、ほんの数歩先にお母さんと思しき人が、小さな子どもに向かって今まさにシャボン玉を吹こうとしているところでした。

ふーっ。

それは一瞬の出来事でした。
勢いよく吹き出されたたくさんのシャボン玉が、沈みゆく太陽に照らされてきらきらに輝き、目の前の世界をファンタジーに変えました。

小さな子どもはとっても嬉しそうにわーっと両手を広げて、落ちてくるシャボン玉をなんとかつかまえようと、走り回っています。

私は大人ですので、歩みを止めずに毅然とした態度でそのファンタジーの世界をくぐり抜けました。

しかしながら、心は踊っていますした。

まるで世界に祝福されているよう。

これは何かの啓示かしら。

妄想力には定評があります。


向かった先は、昔一度だけ訪れた事のあるハンバーグを売りにしたチェーンレストランです。少し時間が早いせいか店内はずいぶんと空いていて、ゆったりとしたソファタイプの席に案内されました。

メニューを手に取ってあまり考えずに、名物のハンバーグとサラダ&スープバーセットに決めました。

「サラダ&スープバーセットにライスは付けますか?」

ライスあり、なしの選択肢があるようで、値段は100円しか違いません。

ライス付きでオーダーを済ませて自席を立ち、スープバーコーナーへ行くとカレーがありました。これはまさに”カレーは飲み物です”という主張を裏付ける証拠です。

カレーの横にあるライスは自由によそえるようになっていて、ライス付きって100円なのにおトクだな、なんて思いながら、空腹アラートに駆り立てられるようにめいっぱいよそいました。

これはメインディッシュのハンバーグが来る前にまんぷく太郎になっちゃうパターンねと、上機嫌でサラダも山盛りよそいました。

空っぽになったお腹に、やはり飲むようにカレーを流し込み、サラダを食べる。もはや美味しい美味しくないといった次元を超えて、失なわれかけた生命力が少しづつ担保されていくような感覚です。

やがて背後から何かが勢いよく焼かれる音が聞こえ、ワゴンに乗せられたハンバーグが厳かに運ばれてきました。
俵の形をしたハンバーグが熱々の鉄板の上で大きな音を立てています。

「こちらで半分にカットさせていただきます」

ハンバーグが真っ二つに割られました。

「あとは細かくカットしていただきながら、こちらの鉄板でよく焼いて召し上がってください」

ハンバーグが乗った鉄板とは別に、下部に固形燃料が据えられた直径10センチ程の小さな鉄板が目の前に置かれました。

確かにハンバーグを見ると赤いミンチが剥き出しの、超がつくほどレアな感じのレア物感が漂っています。

「今生焼けの状態なので、赤い部分がなくなる程度に、よく焼いてください」

言い方。
生焼けはあかん。

いえ、もはや正しすぎて好感が持てます。

そして正直思いました。

そのエンタメ、今日はいらんなぁ…。

本日もう料理を作る気力がなくここへ流れ着いたのに、外食先でハンバーグを自分で焼かねばならないという。遠い目で窓の外を見ると、今まさに目の前にある名物ハンバーグののぼりが目に止まりました。

【自分で焼くから美味しい!!】

大きな文字は自信の現れでしょうか、はっきりとそう書かれていました。

コトン。

「こちらがライスになります」

続いてお皿に盛られたライスがサーブされました。

これがセットのライスなら、あのサラダ&スープバーにあった食べ放題ライスは何だったのでしょうか。食べてよかったのでしょうか。テーブルの上には生焼けのハンバーグ、サラダ、カレーライス、ライスという、世にも不思議な光景が広がっていました。

ハンバーグを細かくカットし、小さな鉄板に乗せて焼いてみます。とにかく生焼けの部分を重点的に天板面に押し付けながら、これでもかというぐらいに焼いたあと、熱々のハンバーグを口に運んでみました。

ふと、2年前仕事で訪れたラスベガスで、仲間と共に頬張ったバーガーキングのハンバーガーが脳裏に浮かびました。
「このパテで口の中の水分全部持ってかれるぅ」と大して面白くもないコメントに、皆で大爆笑しながらビッグサイズのコカコーラで胃のなかに流し込んだ思い出。

このハンバーグは、「口の中の水分全部持ってかれるぅ」というか「口の中に、かつて水分があった記憶すら持ってかれるぅ」という感じです。伝わりますように。

その後もなかなか良い焼き加減に到達できずまま、夕食を終えました。
ライスを過剰摂取して、夕食を終えました。

パトラッシュ…疲れたろ…僕も疲れたんだ。

帰り道にあの公園を横切ると、ファンタジーから解き放たれたリアルな夜の世界の中で、それはそれは美しく夜桜が浮かび上がり、周りを力強く照らしていました。

ところでまんぷく太郎って誰だろう。


#日記  , #エッセイ , #日常 , #レストラン , #ハンバーグ , #晩御飯 , #桜 , #春











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