衝動サマーランチ
もう蝉が鳴き出した真夏日和の朝、じんわり額に汗をかきながら外を歩いていました。
以前、数えてみたら120歩で通り抜けられた近所の短い商店街には花屋があって、だいたいいつも空箱の上に黒猫が不機嫌そうに座っています。
お、今日はお店のお婆さんによしよしされてご機嫌さんだね。
チラっと視線を送りながらお店の前をゆっくり通り過ぎようとした時に、お婆さんから初めて声をかけられました。
「こんにちは。暑いなぁ」
「暑いですねぇ。猫ちゃんも暑そうですねぇ」
「黒猫やからなぁ、ははは。撫でてもろてもええで」
私は嬉しくなって、そっと黒猫の頭を撫でました。
「クロて名前やねん」
お婆さんは笑いながらそう教えてくれました。
クロ、お前はそのまんまの名前をもらったな。
私も全く捻りのない昭和の名前やから同志やな。
何事もシンプルイズベストじゃないかと思うのです。
さて、どこへ向かっていたのかと申しますと、最近楽しめていなかった料理を久しぶりにやりたくなって、候補のスーパーをどの順番で渡り歩こうかと考えながら駅へと向かっていたのです。
料理がしたくて、こんなウキウキする気持ちで買い物に出かけるのは久しぶりです。
その日は“気になる!“と思った食材があれば衝動的に買って、家にあるものと組み合わせながら即興で何か作ってみようという目論見を立てていました。
衝動が大切。
食は広州ではなく衝動にあり。
いつもは作りたいものを予め決めてからスーパーへ行き、必要な材料を1つ手に取ってはじっとり悩んでしまうのですが、その日はもう一瞬でも目に止まったら買うぞという勢いでした。
「右の棚から左の棚まで、置かれているもの全部下さる?」
そう言ってもいいぐらい。自己破産するけど。
まず1店舗目で入手したものは『いぶりがっこ』。
流木的なビジュアルとパッケージに印字された縄のデザインにまんまと気を取られました。
そして、次に手に取ったのはこちら。
『ソシソンセックサヴォワヘーゼルナッツ』。
病める時も健やかなる時も、一生名前が覚えられない事を自分自身に誓いました。
2店舗目では野菜たちを。
見たことない『極太ズッキーニ』と、『あまえぎみ』と名付けられたカラフルなトマト。
『あまえすぎ』じゃない事によって「それほどの甘味を期待するなよ」という裏メッセージを読み取りました。
3店舗目ではこちらを。
『釜揚げしらす』
〝これはうまい!”
誰がゆーたん?
ちょっと店長呼んでもらえます?
この後しらすといえば大葉でしょと連想ゲームのようにサササと買い物を済ませ、帰宅しました。
今日初めて買った物、家にある物、頭の中で新旧組み合わせながら美味しくて美しいものをイメージしてみます。
さあ、おまたせ!
スペクタクルキッチンショーの始まり始まり〜。
終わり終わり〜。
秒で終わった。始まってもないのに終わった。
薄々気付いていましたが、スペクタクルスペックが低すぎて何もイマジネーション出来ませんでした。
【いぶりがっこ 美味しい レシピ】【しらす 大葉 レシピ】といった具合に、1つ1つ地味にネットで検索しながら、他人様のレシピでコツコツとランチを完成させました。ありがたい時代です。
1品目はヴィシソワーズです。
父が作ったキタアカリと玉ねぎで作りました。
お気に入りのプレートには色々、食べたいものをぜんぶ乗せました。
ズッキーニ切って焼いて乗せた。
あまえぎみ洗って乗せた。
一生名前覚えられないサラミ切って載せた。
いぶりがっこ切ってクリームチーズ挟んで乗せた。
おーい、乗り遅れたものはいないかー。
ここまでは素材のまま乗せる以外何もしていませんが、しかしポテトサラダはひと味違います。キタアカリに、細かく刻んだいぶりがっこと、クリームチーズ、そら豆を混ぜて作った人生初チャレンジのポテサラなのです。
ご覧の通り、もちろんこちらも船に乗せました。
この航海は私に広大な景色を見せてくれるに違いありません。
船?
良からぬ方向にイマジネーション働いてきた。
メインはカッペリーニを使ったしらすと大葉の冷製パスタにしました。
こちらが『衝動(で食材買ってコツコツ作った)サマーランチ』の全体像です。
とにかくポテトサラダは絶品でした。
いぶりがっこの燻製の香りがサラダ全体を包みこみ、クリームチーズと柔らかいキタアカリの舌触りに、時折り感じるカリッとした歯ごたえが何とも素晴らしい。
カッペリーニは、大葉とすだちのグリーンが美しい一皿になりました。
すだちを全体に搾って食べてみたのですが、とても夏らしく爽やかです。
冷製パスタはいつもベタベタくっついてしまうのですが、今回はYoutubeを見ながらきちんと手順を踏んで作りましたので上手く行きました。
私はしらすを口にふくみ「これはうまい!」と言いました。言っちゃってる。
あまえぎみは、クロや私と同様で【名は体を表す】と言いますがその通りでした。
シンプルイズベストだと思うのです。
これさっき言った?
あまりにもこのメニューたちが気に入りすぎて、その日の夜、そして翌日の昼と夜、続けて4食全く同じものを食べたというのは夏の怪談などではなく、私の食に対する偏執的な愛の怪談です。
#日記 , #エッセイ , #料理 , #自炊 , #いぶりがっこ , #ズッキーニ , #カッペーリーニ , #ポテサラ
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